第三章㉖
海賊に襲われた街、と言うと、聞くだけでも心の中に悲壮感を漂わせるが、それは一部の富豪や土地の領主、地主の館が襲われて、そのあたりが破壊されているだけであることがほとんどで、普通の貧乏人の家は海賊一人来なかった、なんて話もあるくらいだ。
だがガーボヴェルディの惨状はクライン達の予想をはるかに超えていた。
ところどころに異臭を放つ血糊がこびりついている街道沿いには、海賊に家を襲われた人々が家も財産も家族も失った人々が助けてくれ、救ってくれ……そう三人に救済を訴えかけるように視線を向けている。無論、この哀れな被害者を救う気なんかは、クラインは微塵も持ち合わせていない。
ガーボヴェルディ貧民街のそこかしこで、クライン達が通ると、同じようにこちらをやつれて窪んだ無数の眼が睨んでいた。流石にこの人数がクライン達の所持金や物を狙って一斉に襲いかかってきたら、と考えてしまえばぞっとする。腕っ節の強い船員を何人か連れてこようか迷ったが、積み荷を降ろして運ぶ作業を優先したために、ライサ一人とネウしか連れてくることができなかった。
この人数ではネウやライサいえども対処できないのではないだろうか。クラインはやや不安感を覚えながら、ネウに訊いた。
「なあ、ネウ。もしこの人数が一斉に俺たちに襲いかかってきたら、太刀打ちできるか?」
「ええ、勿論。一人一人、丁寧に相手してあげるわ」
そういうとネウは街道の隅にうずくまる人々に刺すような視線を浴びせた。ネウにとっては単なる軽い脅し程度の事だったのだろうが、彼らにとってはまんざらでもなさそうだった。ネウの姿を捉えるなり、腰を抜かして逃げて行った。
「可愛いわね」
「その辺にしておけ」
「冗談よ。私はもう人間を襲ったりはしないわ」
クラインがため息交じりにネウを注意すると、ネウは珍しく素直に乞食を脅すことを止め、クラインの方に向き直った。
「ライサはどうだ?」
「全員、とはいきませんが、主人様には指一本として触れさせないくらいの自信はあります」
なんとも頼もしい限りだ。俺は、こんなそこらの傭兵よりも信用に足りる護衛を二人も持つことができている、と幸せに思うべきなのだろうか。
多分ここ、貧民街は海にも近いがために真っ先に海賊たちの標的とされてしまったのだろう。この時点で、先程の話は嘘だったことが証明される。
クラインが知る限り、海賊は貴族の屋敷や自分たちの仲間の海賊が捕まっている牢獄、沿岸の積荷倉庫、それに近い貧民街、寄付金が集まる教会と言った、ついでのような形で襲われた貧民街を除けば、金の集まる区画しか狙わず、それ以外の区画を襲うことはないという。尤も、それはあくまで「家屋を破壊されなかった」地域であり、一般人たちには容赦なく略奪や殺害を行う。
そして、クラインが今から行くところは、まさに金が集まる場所の代名詞とでもいうべきディオーネ商会の商館だ。襲われていないと良いのだが。




