第三章⑱
クラインは何とかガーボヴェルディまで食料を持ちこたえさせようと、船員たちの食事と自分の分を減らせるだけ減らした。船内の風紀を守るために賭博を禁じているため、もう何も娯楽が無い船の上でほぼ唯一の楽しみである食事を減らされた船員たちには悪いと思っている。
しかし、ネウにとってパン一斤はパン一切れ程度の価値しか持たないらしく、最後には交易品のサルタナまで要求する始末。
流石にそれは必死になって説得して諦めさせたが、ネウはその代わりに、と本来ならばクラインが食べるはずだった小麦のパンを全てかっさらっていった。
「こら、暴れるな。あと少しすればガーボヴェルディに付くから、それまでの辛抱だ」
「ガーボヴェルディに着いたら、ふっかふかの白いパンを食べさせるのよ?」
クラインはとっさに、白くって、ふっわふわの石綿でもネウの口に押し込もうかと思ったが、石綿を食わせたところでどんな報復攻撃が待っているか知ったことではないし、それは断念せざるを得なかった。
子供が親に菓子をねだるような顔でクラインを見つめるネウに、ライサが話しかけた。
「そんなに小麦のパンが気に入りましたか?」
「ええ、勿論。正直言って、昔食べていた人肉よりいくらかおいしいわ」
冗談か本当か、吸血鬼のネウにとっては本当の事なのだろう。人肉を食べたことのないクラインやライサには想像がつかないが、小麦のパンよりおいしくないという事は、はっきり言ってしまえば不味いという事なのだろう。
「私の魚料理はお口に合いましたか?」
「とっても。下手な料理人よりよっぽどおいしいと思うわ」
「光栄です」
「また宜しく頼むわ」
ネウはそういってライサの頬をつついた。その光景はさながら姉妹の様だ。何だか、とても微笑ましい。見ていて気分が悪くなるような眺めではないことは確かだ。
そういえば、昨日の夜、ネウはライサが作った白身魚のシチューを食べてえらく上機嫌になっていた。なかなか値の張る料理をライサに頼んだので、ネウはまさか大飯ぐらいな上に舌が肥えているんじゃないか、なんて思いもしたが、苦い苦いと不満を垂れ流しながら黒パンを頬張っている所を見ると、下が肥えているのではなくて、食べられればなんでもいいのだろう。
確かにライサには船内の料理長を任せられるくらい料理の腕が立つし、実際、料理長が病気のときなんかには何度か代わりに作ってもらったことがある。
その上、ネウはライサの料理をいたく気に入ったらしく、普通に料理長が作ってくれる朝食が出るにもかかわらず、今日の朝飯までライサに頼み込んでいた。その時丁度、料理長が朝食の豆のスープを持ってやって来た時のネウの残念そうな顔と言ったらなかった。
「貴女が小麦のパンも作れればいいのにね」
「小麦粉と窯と酵母があればすぐにでも」
無論、そんなものなど船にはありはしない。ネウは渋々、所望の小麦のパンではなく黒パンを口に含んだ。
だがそもそも、小麦のパンは一介の商人が常食とするパンではなく、どちらかと言えば貴族王族が週に五回程度、それも晩餐に出る程度だ。風格や態度、外見はネウも一介の領主や大貴族の令嬢に一歩も引けを取らない。もしかすると、本物より貴族にふさわしいのではないかとクラインは思っている。勿論、態度と言う点一点に置いてだ。
しかし、まず身分が違う。外見だけで当人の食べるものが決まるなんてことはまず、有り得ない。クラインが小麦のパンを持っていたのも、ちょっとした贅沢のつもりだったのだ。
クリスマスも終わって、お正月が来ますね。
大みそかはダウンタウンを見ます。




