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幻想見聞録  作者: 藤宮周水
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第一章③

 「奴隷」とはこの時代、当たり前のように「物」として別の大陸や島から連れてこられて売買され、富裕層が所有物として保有した「所有物としての人間」である。

奴隷の使用目的としては過酷な鉱山などの危険地帯で労働を行わせる他に、裁判で不祥事を起こした貴族の代わりに処刑されたり、王族の賭け事や賭博のサイコロの代わりにされたりもする。いずれにせよ、まともな生き方はできないと考えて間違いはない。

「……ったく、なんで売れ残っちまうんだよ!」

「! 痛い……」

「痛い、だと! 奴隷のクセして、口答えすんじゃねえ!」

 あれは、確か南方大陸の東側の大都市だったか。名前は忘れたが、それなりに名の知れた大都市だったはずだ。その頃はまだ馬車での行商をやっていたから、時間には余裕があった。

 一通りの商談を済ませ、たまたま立ち寄った、一説には蔵書数一万冊と噂される大図書館前の、賑わう広場の裏道を歩いていると、こんな会話が耳に入って来た。

「折角北方から仕入れてきた奴隷だってのに、こいつだけは女だっていう上に弱くて、買い手すらつかなかったぜ」

「本当にな。体が弱い、ってところがネックなんだろうなあ」

「しゃあねえ。このまま生かしておいても餌代がかかるだけだ」

 大規模な奴隷オークションの後で、二人の体格のいい黒人奴隷商人が何やら売れ残った奴隷の今後の処遇についてもめているようだった。

 奴隷商のうちの一人は、腕を組んで悩んだ末に、結論を出した。

「殺しちまうか」

「ああ、そうだな。だが、その前に一回、いただいてからにしようぜ」

「ヒッ……」

 普段なら、さっさと無視して次の場所に向かっただろう。だが、その時ばかりは無視など、出来るはずが無かった。理由は二つ。

 一つは、二人の奴隷商の、奴隷とはいえ、幼い少女に対しての態度と威圧的な外見が個人的に気に食わなかったこと。もう一つは、単なる下心だ。

 勿論、こいつを買えば丁度旅の荷物持ちくらいにはなるだろうし、俺が買って、むち打ちや強制労働といった事をしなければこの状況から救ってくれた礼として多少の無理も聞いてくれるようになるだろうという商人的で利益探究主義に満ちた下心であることは言うまでもない。

「おや、オークションはもう終わってしまいましたか?」

「! これはこれは、商人様。ようこそいらっしゃいました」

 クラインが作った笑顔で奴隷商の一人に話しかけた。奴隷商は、クラインが奴隷を買いに来た商人だとわかるや否やそれまでの憤怒に満ちた形相からごまをするような商売人の顔に変わった。

「ええ、大変申し訳ありません。オークションはもう終了していまして、完売御礼です。もう少しでも早く来ていただけたなら良い奴隷もまだいたんですけどね」

「そこの娘は?」

 初めから、オークションで売られるような奴に興味は無い。あんな筋肉を旅に同行させて何が楽しい。クラインは心の中で奴隷商を鼻で笑うと、背後に内股でうずくまる本命の奴隷を指さした。

「……あ、生憎、この売れ残りのコイツしかありませんので……ですから、買っていただければその分、お安くしておきますよ?」

 奴隷商人は奴隷の腕をつかみ、引っ張ってあるはずのない健康の良さをクラインに見せた。乱暴に扱ったせいか、その奴隷は痛がって、目をつむった。

「ああ、この人にする。で、いくら払えばいい?」

「へへ。ざっと、二十リモーネ銀貨程になります」

 奴隷は大抵、安いものは十リモーネから高いものはレニーア金貨五枚の間で取引されるため、百リモーネでも比較的安い部類に入る。が、安い方と言っても二十リモーネなんて、一般の行商人であってもそうそう簡単に出せるような金額ではない。だから、クラインは支払先を所属するアルベルト商業同盟に指定することにした。そう、借金をすることにしたのだ。最近、運が向いてきたため、この調子でいけばそれくらいは何の苦もなく支払えると踏んだのだ。

「よし、それで手を打とう。だが、生憎今はそんな大金は持ち合わせていない。……この紙をアルベルト商業同盟の商館に提示してくれ。そこで支払う」

「へい、……どうも。……えっ」

 奴隷商人はクラインからクラインのサインが入った借用書を受け取ると、その借用書が本物であるかどうか、まじまじと見つめた。そして最後に、本物だと確信すると金額の方を見て、間抜けな声を出した。

「え、あのう、これ……金貨十枚も支払ってくれるんで?」

「そうだ。だがな……これで奴隷商人を辞めて、もう二度と奴隷商売はするな」

 十レニーアもあれば、十年ぐらいは何もしなくても生きていけるだろうと見込んだのだ。「利よりも義」という、古く廃れた精神でいけば、金貨十枚で何百人もの人間を救えると思えば、安いものだろう。と、クラインは考えたのだ。

 今もう一度思えば、馬鹿馬鹿しい限りだ。この、騙し合いと化かし合いと嘘で作られているような商売の道で、「利よりも義」なんて考えが成り立つはずがないのだ。だが、それでもその考えに準じたのは、自分の下心を覆うための言い訳として利用し、自分で納得するためであった。

「もし、お前らが奴隷商売にもう一度手を出したら最後、こちらはお前らを裏切り者として教会に摘発する用意があるからな」

「え? は、はい。分かりやしたよ。では、これ、商品になります。可愛い娘なんでね。お客様みたいな高貴なお方にはペットにするもよし、使い走りに使うもいいですよ? ただ、力が弱いんで、肉体労働にゃあ向いてませんが……」

「そんなくだらない目的には使わないつもりだ」

「じゃあ、いったい何に使うおつもりで……?」

 奴隷商人は、不思議そうに首をかしげて奴隷の手錠に縛り付けた縄を奴隷が嫌がるのに対し、強引にクラインに手渡した。常識で言えば、奴隷はそういう人の嫌がる労働をさせるために存在するはずなのに、この人はこの奴隷を一体何に使うつもりなんだと奴隷商人はクラインに奴隷の縄を手渡しながら思った。

「最近の奴隷商はそんなことまで聞いてくるのか。サービスのつもりか? だとしたらいい迷惑だ」

「いえいえ、滅相もございませんよ。ご迷惑をおかけしました……」

「謝るのは良い。そんなことより、この娘の錠の鍵をくれないか?」

「へ……カギ、でございますか……」

 クラインライサの縄を受け取ると、手枷と足枷のカギをくれ、と奴隷商人に言った。普通、奴隷は逃げられないように手枷や足枷をさせて労働させるのが基本だ。それを外すとなると、たちまち逃げてしまうからだ。けれども、万が一逃げられたとしてもすぐに指名手配されて捕まるか、働き口がなくての垂れ死ぬだけだ。

「そう、鍵だ。物分かりがいいな」

「へ、へぇ……どうぞ」

 奴隷商人は仕方なく馬車の中から取り出したカギをクラインにカギを渡し、弱った馬が引く馬車に乗って、スタコラと市場から出て行った。

「全く、奇妙なお客だったぜ」

「そうだな。何をするをつもりなのか俺たちには知ったこたねぇが、誰だって、商品を買ってくれればカミサマだ」

 さっさと逃げていく奴隷商人たちを跡目に、クラインはその場で奴隷の手枷と足枷を鍵で外し始めた。その様子に驚きの表情を隠せなかったのか、奴隷はクラインに恐る恐る話しかけた。


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