第三章⑰
セウタを発ってから南に、退屈な、特筆すべきことはこれと言って見つからなかった船旅が三日の間続いた。どれくらい退屈だったと言うと、陸地がどんどん見えなくなっていくことに胸を膨らませていたネウが、一生眺めているのではないかと思うくらい目を輝かせて水平線を見ていたのが、たちまち水平線など見向きもしなくなり、食欲にひた走るようになるくらい退屈だった、といえば理解できるかもしれない。
暦上では少しずつ暖かい春が訪れているそうだが、年がら年中、乾いた熱風が吹き荒れるこの地方では季節などお構いなしに不快な、暑苦しい日々が続く。加えて、夕方になると決まってすさまじい音を放つ、天をも砕かんとする雷を伴った大きな嵐に揺さぶられ、机に置いたペンやら燭台やらがこすれ合い、でたらめな協奏曲を作り出す。
何とか屋根と壁のおかげで、日中、身を焦がす太陽の光や肌を撫でる湿った熱風を遮れているものの、セウタを出港してから、確実に室温は上がっている。常に昼間、日が照りつける甲板ではきっと、もっと暑苦しく、空気そのものが不快に感じるのだろうと察しが付く。
現世の地獄と言われても納得する程のこの気候では、人間であれば一週間と生きていられないと昔、ある探検家があまりの暑さに耐え切れず書に記したほどだ。
そのため、この一帯において陸地の植物は一見枯れた様にしか見えない草しか生えておらず、動物は行き倒れた旅人を食う、痩せて肉に飢えた獣ぐらいしか見当たらない。
百年前まではここの不毛で乾燥した土地にも細々と畜産と漁業で暮らしていた小さな村落がいくつかあったそうだが、度重なる天候不順と異常気象で住民は皆、クラインたちがこれから向かう海港都市ガーボヴェルディへと旅立ったのだという。
この通り、ここではかなり離れた港に着くまで食料調達さえままならないのを知っているのかいないのか。
「んぐ……やっぱりパンは小麦に限るわねぇ。ライ麦のパンなんて、食えたものじゃないわぁ」
「あらまあ、良い食べっぷりですね」
艦長室を掃除していたライサがふと、足を止めてネウに話しかけた。
そのネウは本日二斤目のパンにありついていた。暑さで不機嫌になり、子供のような態度を取られるよりかはいくらかましだが、流石に量が量だ。食欲がいいのは元気な証拠、と古今東西言われているが、不健康になっても死なないネウにはそれは当てはまりそうにもない。
多少の暑さや寒さなんかは微塵も表情に出さないライサですらも衣服の隙間から汗が流れる程で、クラインも確かにこの暑さは堪える。まだ赤道にも達していないのにこの暑さなのだから、赤道付近の海域ならばきっと海水が煮えたぎっているのだろう。古代人がそう考えていたのも、なるほどとうなずける暑さだ。
「もう一枚くれる?」
「どうぞ」
ネウはライサに向かって手を伸ばすと、ライサは快くネウの手のひらの上にパンを置いた。
しかし、これ以上パンを食われてはなるまいと、クラインは書類一枚一枚にサインをしながらネウに言い聞かせるようにして注意した。
「もう、小麦のパンは無いぞ。俺やライサ、乗組員がせっかくの高い小麦のパンを我慢して毎日ライ麦だったんだからな。次からお前もライ麦だ」
「嫌よ! 小麦が良いの! ふっかふかの、白いのが良いのよぉ!」
クラインが注意するなり、ネウはまるで子供が駄々をこねるかのように、薄いなめし皮を張ったソファの上で足をじたばたさせた。すると、ソファがそれに反応したようにギギ、と小さくいなないた。ソファでさえも、ネウの我がままにうんざりしているように見えてしまう。
実際、そのライ麦のパンでさえ、船全員であと数回の食事で底を突きそうなのだ。なぜなら、もともとクラインはブレヌフの様に大皿に山のごとく盛られた食事を食べきれる腹を持っておらず、厚切りのパン五切れと太いベーコンが三枚でもあれば、ある程度の満腹感は保障されたのだ。ライサに至ってはパン四切れと野菜で済むそうだ。
だがネウはパン三切れに収まらず、小麦のパンを丸ごと一斤、ハムを一つぺろりと平らげてしまったのだ。それでもまだ、「足りない」と不満を漏らした。
甲板で汗水流して働いてくれている船員たちに優先して多く食料を配分しているため、自分たちに回ってくる分は相対的に少なくなるとはいえ、最低でも三か月は持つ。今回は近場の港に停泊する予定であるために一週間分くらいしか積んでいなかった。だがなんと、それをネウはなんと三日でほとんどを喰い尽くした。




