第三章⑯
ちょっと投稿が遅れました。
すみません。
「嬉しい。ありがとう」
ネウは満面の笑みをその可憐な顔いっぱいにたたえ、クラインに笑みを投げかけた。
たったそれだけの言葉であるのに、クラインにはそれがとても重く感じた。それでいて暖かく、柔らかい。目に見えない、言葉で表せない感情というのはこういうものなのだろう、とクラインは直感的に理解した。
「信じても、いいのね?」
「好きなだけ信じればいい」
「主人様を信じてください」
ライサの言葉にも後押しされ、ネウはライサにも笑顔を向けた。こんな話、人前ではとても話せないな。クラインはふと思った。幸い、偶然にも商館の中に居た商人たちは積み荷の整理やら確認やらで外に出払っていて、中に居るのはクライン達三人を除けば誰も居なかった。
先程まで俺を誘惑して食料を得ていたくせに、と考えたこともあったが、それはネウなりに考えた、作戦であったのだ。現に、甘い蜜を用意した方は勿論悪いが、それにつられて寄って来た方も気が緩んでいたという事。嘘で塗り固めた、提案という毒餌を使った化かし合いが当然の商人なのだから、それに引っかかって捕食されるのも自業自得だ。
ネウは、どちらかと言えば自分の感情や考えを素直に言えない性格なのだろう。その証拠に、ネウは飯を頼むときでさえ、嘘をついていた。
だから、こうしてネウが自分の感情をそのまま自分に打ち明けてくれることが嬉しかった。
クラインはその後、ネウにぎこちない笑みを向けた。その笑顔は商売用のものでも、表面上のものでもなく、自分の感情をそのままに表したものだった。
「はいはい、すみません、すみません。ありましたよ」
無言で机を囲んでいた二人に突如、ジョアンの甲高い声が響いた。それが合図でもあったかのように、クラインはとっさに表情を切り替えた。ネウは先程とは違い、小さく笑みを作り、ジョアンに向けた。
「え……と、金貨五十枚でしたね」
「はい」
ジョアンは丁度、腕の長さ程の木箱の中からまばゆく光るレニーア金貨を五十枚、きちんと十枚ずつ積んで机に置いた。
「どうぞ、お受け取り下さい」
「確かに。ありがとうございます」
クラインはそれを一塊ずつ掴み、腰に下げていた皮袋の中に入れた。なんの造作もないことだが、この動作でさえも気を付けてやらなければ突然すりが駆けてきて、盗んでいく、なんて場合もあるから、商売が終了した後でも休めない。
「それでは、以上で今回の取引は終了です。本日も、ありがとうございました。以後の航海に、神の御加護があらんことを」
「ありがとうございます」
クラインは商取引をいつもの様に終えると、足早に交易所を後にした。いつもならば、この後に世間話をしつつ情報集めをするのだが、今はそんな気分にはなれそうになかった。今は、とりあえず船に戻り、出航の準備を整える。
それが何よりも優先だ。サルタナの儲けを考えると、心が躍る。貿易は早さが重要なのだから、良い風が吹く日に船を進めなければより遠くに進めないのと同じように、美味い情報を掴んだのなら、いち早く向かわなければ他の商人に横取りされてしまう。




