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幻想見聞録  作者: 藤宮周水
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第三章⑫


 クラインも、酒場や宿屋などで、妻に尻を叩かれる店主を良く見かける。場所は変われど、それは変わらないようだ。やはり、母は強し、と言ったところなのだろう。そんなことを考えていると、商人が、有名な話では古代の哲学者がこんな言葉を残したほどです、と言った。


「確か、古代グラエキアの哲学者でしたかね。「ぜひ結婚しなさい。良い妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のように哲学者になれる」と」


「いえいえ、とんでもない。私は哲学者になる気など微塵もありませんよ。生涯、商人一筋でやっていくつもりです。何故なら、商人ならばいずれは椅子に座っているだけで銀が溜まってくる地位にありつけますからね」


 商人の流れるような話を聞きながら、クラインとライサは勿論、ネウも珍しく考えが一致した。


 よく喋る商人だ、と。話を持ちかけたのは確かにこちらでもあるのだが、堰を切ったように次から次へと話が出るので、少し驚いてもいた。


 こういう相手は、笑顔を装って世間話は適当に切って受け流すに限る。永遠とも思える時間にも、個人には限りがあるのだ。こんな長話をしにここへ来たわけでは無い。クラインは懐からサフランの証書を取り出すと、さっさと商売の話に移った。


「それで、今回の交易の事ですが」


「ああ、そうでした、そうでした。本日は、何を持ってきてくれたのですか?」


「ええ、サフランを五十箱程。証書がこちらになります」


「成程! サフランですか!」


 クラインが商人にサフランを持ってきたことを告げると、商人はええ、ええ、とさも満足そうな顔で、何度も頷いた。


「それで、その箱は今どこに?」


「はい、もう既に、こちらの荷物置き場にほとんど運び込まれているはずですが」


「ああ、はいはい! さっきの箱ですか。わかりました」


 ふと窓の外を見やれば、クラインの船の船員たちが次々に外の荷物置き場にサフランを運び込んでいた。商人はその箱を見るなり、大きくうなずいた。


「有難いことです。塩やサフランに代表される調味料、胡椒や肉桂などの香辛料はいつどこの都市でも常に不足していましてね……」


「そうですか。では、こちらも運んできたかいがあると言うものです」


「ええ。勿論有効に扱わせていただきます。……では、立ち話もなんですし、こちらの席へどうぞ」


 商人はクライン達の手前にあった円いテーブルに案内すると、四却あるうちの一脚を引き、座り込んだ。クラインがレモンバームとライムの入った袋を席の脇に置き、座る。とそれに続き、ライサが、最後にネウが椅子を引き、椅子の座面をさっと払って座った。


「ああ、申し遅れました。私、ジョアン・アルメイダと申します。以後、お見知りおきを」


「はい。よろしくお願いします」


 ジョアンは、部下らしき商人から手渡された何枚かの書類に目を通し、クラインの手前に置いた。


「現在、相場はサフラン一箱が銀貨二千枚、金貨にして四枚。それが五十箱ですから……ざっとこんなもんでしょう」


 羊皮紙に羽ペンでさらさらと数字を書き連ね、ジョアンはその総額をクラインの目の前に提示した。


 その総額、銀貨十万枚、王国内での金貨と銀貨の相場は銀貨五百枚に対し金貨一枚だから、金貨に換算すると二百枚。まあ、そこそこの儲けだ。税関で無駄に支払ってしまった税金と、食料品等の支出、次のサルタナを仕入れるための費用を引いても、儲けは出る。確か一箱銀貨千五百枚の計算であったから、五十三箱ぎりぎりまで積み込んでも、銀貨七万九千五百枚。

 

それを、ブレヌフの情報に基づいてガーボヴェルディに持って行けば、銀貨十八万五千五百枚になる。金貨にしておよそ三百七十一枚だ。


 しかし、こんなに儲けても上には上がいるもので都市の修道院の院長の退職後の年金が金貨二千枚ほどになる。それには半分も及ばないとはいえ、商会に属する商人が出す一回の貿易で出せる儲けと考えるのなら、十分すぎる程の儲けだ。

「金貨三百七十一枚。それで手を打ちましょう」


「ええ、分かりました。では、こちらの契約書にご署名を」


 クラインはジョアンが提示した金額で了承する旨を伝えると、ジョアンは先程別の商人に渡せられた書類の中から一枚を取出し、クラインの前に置いた。書類には、要約すれば「この金額でサフラン五十箱を売る」と書かれた内容のものが実に何十行にもわたって書き記してある。何故、一言で済む内容のものをこんなにも長く、難しく書く必要があるのか。だが、こういう難しい書面にも、しっかりと目を通しておかなければ、何処に罠があるか分かったものではない。だからこういった書類は厄介の一言に尽きる。


 目を通してみると、一応、罠と思えるような内容は書いてはいなかった。ライサにも確認を取ってみたが、にこりと微笑んで、大丈夫、という合図をくれた。なら安心、とまではいかないが、裏のある文章では無い事は分かったため、ペンを懐から取出し、自分の名前と所属する商会の名前を記入した。


「どうぞ」


「ええ、これで契約締結ですね。さて、何か仕入れになりますか?」


 ジョアンは満足そうな笑みを浮かべ、さっさと話を次に切り替えた。


 これで、クラインが保有していたサフランは正式にこの支店に売りさばかれたことになる。さて、次は別の港へ持って行くための商品を仕入れにかかる。


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