第三章⑪
「おや、えーっと、どちらさまでしたかな?」
「アルベルト商業同盟保有艦、ソル・ブリージョ号を代表して、艦長のドラガーナ・クラインです。こちらは、副艦長のライサです」
「ご紹介にあずかりました、ライサ・クラインです。以後、お見知りおきを」
大きな眼鏡をかけた中年の商人は、目を大きく見開いてクラインとライサを出迎えた。出口まで出てきて出迎えてくれることは滅多にないし、礼儀としてもかなり言い待遇のされ方なので、悪い気はしない。だが、その裏にあるのは、この商人が相手にそう思わせるように仕組んだ作戦であることも承知だ。
しかしその声は声が曇っていて風邪をひいているようなのだから、あまり聞いていて気持ちの良いものではなかった。されどライサは、そんなことも気にかけないかのように、にこにことした表情を作っている。こういった基本対応に関しては、ライサも一人前の商人だ。誰であろうと、相手が国王であるかのようにふるまう。最上級の礼儀を尽くして悪い事など、一つもない。それは多分相手も同じなのだろう。
しかし流石、交易都市セウタともあって、アルベルト商業同盟の交易所も立派だ。表には行商人や旅商人が馬を泊めるような厩舎があり、馬車を停めるための用地も広かった。そして、さらに驚いたのは、同盟加盟商人専用の港まであったことだ。知っていたなら、そこに泊めていた。何故なら、そちらの方が交易所に断然近いし、何より、税金なんか払わなくて済んだのだ。全く、無駄な金を使った。
「おお、同じ同盟の商人さんでしたか。いやはや、これは失礼。何分、一日に何百人といろんな商人を相手にしているもので……すみませんねえ」
「ええ、セウタでも有数の規模を誇るこの交易所ですし。それも仕方ないですよ」
「そちらの御嬢さんは?」
予想通り、商人はネウのことを尋ねてきた。
「私の叔父の娘で、連れのネウと言います」
「ネウさんですか。いやあ、ライサさんに負けず劣らず、お若く美しい方ですねえ。肌の白さなんか、まるで真珠の様だ」
一瞬、ネウの名をそのまま出すか、偽名を作るか思案した。この商人が、「吸血鬼ネウ」を知っていた場合と、知っていなかった場合に備えてだ。だが、例えネウという名を出したとしても、珍しい名前ですね、と流されるだけかもしれない。ましてや、即刻教会に通報されることも無いと踏み、ネウの名をそのまま出した。
商人は、名前のことなど気にもせず、ただネウの姿ばかりを、貴族が奴隷を品定めするように見つめ、満足そうに笑った。ネウも褒められたことは嬉しかったらしく、笑顔で応じていた。
「いやあ、昔は私の妻もネウさんの様におしとやかでそれなりに可愛げがあったんですがねえ」
ネウがおしとやか。クラインはその言葉に危うく吹き出しそうになったが、そこは澄んでのところで我慢して、喉の奥に押し込んだ。今のところネウは機嫌がいいので、それをわざわざ崩す必要もない。
「そうですか。私にも貴方のような、こうして口に出せるような美しい妻が居ればいいのですが、なかなか見つかりません」
「美しいだなんてお世辞ですよ、クラインさん。今となってはあんな罵声を垂れ流す脂肪の塊、もはや人と呼んでいいものか。実のところ、暴言を吐く豚か牛に近い。おっと、こんなことを言っていては、妻に今夜の食卓に私が出されてしまいますね……」




