第三章⑧
「あら、可愛いお腹の音ですね」
「う、うるさいわよ!」
ライサがくすりと笑うと、ネウはさらに頬を赤らめ、もじもじとし始めた。
こういうところはとても可愛げがあるのに。クラインは惜しいな、と心の中で思いつつも、案外ネウは恥ずかしがりなのかもしれない、と思案していた。
ライサは、その性格を一言で表すのなら瀟洒な性格だ。少し間の抜けている所もあるが、ほとんどミスをしない。だが、それだけに人間性に欠けるような気もする。強がりなだけではないだろうか。そう思うと、クラインの表情にふと笑みがこぼれた。
「素直に言えばいいものを」
「いいじゃない、別に」
クラインが半ば呆れたような声でネウに言葉を掛けると、ネウはむすっとして、クラインから視線をそむけた。
「じゃあ、あそこの売店で売ってる白魚のチリソース煮でいいか?」
「お願い」
クラインは道の真ん中で突っ立っているのも邪魔だと考え、道の端に寄り、交易所の隣に店を構える売店に立ち寄った。人間の血肉を糧とする吸血鬼でも、腹が減るのか、等と考えながら。
セウタは商業都市ではあるが、それと同時に巨大な内海の出口に面した、漁業都市でもある。だから、そこで取れる魚を工夫して作った魚料理は腐るほどあると言ってもいい。白魚のチリソース煮も、その一つに相当する。内容は、唐辛子や塩などで白魚をじっくりと煮たものだ。材料だけ見れば普通に食える代物だ。ただ、店によって当たりはずれがあるので、まんべんなくおいしいとは言い難い。
「はい兄さん! 一杯買ってくかい?」
「ああ、一つ頼む。あ、ライサ、お前もいるか?」
「いえ、私は先にパンをいただきましたから、大丈夫です」
陽気で性格のよさそうな女がレードルですくうチリソースは白い湯気を立てて、鼻の奥をピリリとつくような唐辛子の香りが食欲を誘った。さあ、この店のチリソース煮は美味しいだろうか。匂いだけ良くて、味が悪い店も多いので、まだ分からない。
「銅貨十二枚だよ」
「どうぞ」
クラインは財布代わりの皮袋の中から銅貨を十二枚差し出し、チリソース煮の入った木の器を受け取った。
そして、それをネウに持たせる。ネウは待ってましたと言わんばかりの表情で木の匙で魚をすくった。
真っ赤なソースと鼻を突くような辛い臭いが食欲をつき、そのソースの海に浮かぶ白身魚は見た感じ小骨もなさそうで実に軟らかそうだ。まさに見る者の食欲を誘う。それを、ネウは大きな口を開けて口いっぱいにほおばった。
「美味いですか?」
「辛いっ、……けど、おいしい!」
「そうか。良かったな」
これでもか、というほどの笑顔を見せつけられては、こちらもわずかでも笑顔にならざるを得ない。ネウがもし吸血鬼なんかでなかったなら。クラインはそんなことを考えずにはいられなかった。
よっぱど腹が空いていたのだろう。器一杯に盛られていた料理は瞬く間になくなってしまった。
「そんなに腹が減っていたのか」
「……ええ。でも、まさか成功するなんて思っていなかったわ」
「成功?」
思わず、クラインとライサは眉間にしわを寄せる。
器をネウから受け取り、やっと交易所に歩き出したその時、ふとネウが気にかかる一言を言った。
「商人で守銭奴の貴方に、どうやってご飯を御馳走してもらうか、よ。可愛くふるまって正解だったわね」
「お前、なあ……」
きっと、その時の自分は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていたのだろう。ネウはぷっ、と吹き出し、その可愛げのある声でからからと笑いだした。どうも、年下に笑われているような気がして気持ちが悪い。今回は事もあろうにライサも、そのクラインの顔を見て、小さく笑っていた。




