第三章⑦
「それでは、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
クラインは買い取ったライムと中に入れたアブサンの入った袋を担ぎ、表通りへと歩いて行く。思いのほか重くは無かったが、長らく持ってはいたくない物だ。ライサは買いたかったものが買えて、ほくほくとした顔でレモンバームの袋を抱えていた。唯一手ぶらなネウだけが、身軽そうに歩いていた。
「…………」
「……?」
そういえば市場を離れ、交易所へつづく海沿いの道を歩きはじめたころから、ネウの調子がおかしくなってきた。表情からは笑顔が消え、かといって怒りや泣きの表情が映っているわけでもない。表情が消えた、と表現するのが一番今のネウの表情に近いだろう。頑なに、クラインに引かれている手を見て、にこりともしない。そして次第にひく手が重くなってきたような気さえもする。そして、交易所を目前に、遂にネウは一歩も動かなくなった。
一体どうしたのだろう。クラインは交易所を目前にしながら、足を止めてネウの方を振り返った。それと同時に、ライサが少し体をかがめ、ネウを心配した。
「どうしました?」
「……生きていくうえで必要なものって、なにかしら」
妙な問いだ。こんな質問は、普通聖職者が説法の時に問うものだろう。だが、その問題自体は真意ではなく、その問題の答えにこそ真意があると見たクラインは、答えを探すことに頭を悩ませているライサの代わりにその問いに答えてやった。
「……何でしょうか」
「衣料、食糧、住居。この三つだな」
「では、その三つのうち私には今、一つが欠けているわ。それが欲しい」
しっかりとした答えを用意してやったのだが、ネウはそれに続き、新たな問いを仕掛けてきた。
ますます訳が分からない。とりあえずクラインは、ネウに足りていないものは何か、と一つ一つ確認してみた。
衣料。これは見ればわかる。肩章の付いたコートの下には、木綿で出来たおさがりの安い服がある。冬にしてはいささかお粗末なような気もするが、南方へ航海するのに厚着は要らない。住居。ネウの今晩からの宿は、港に寄港した時以外は契約にのっとって一日中波に揺られ続ける船の中だ。となれば。
「…………腹が減ったのか」
「……うん」
ネウは、か細い声で頬を赤らめ、こくりとうなずいた。その直後に、ネウの腹から今まで堪えていた腹の虫が、細く出てきた。




