第三章⑤
「いらっしゃい」
色とりどりに並べられた瓶の棚の奥から出てきたのは意外にも気の良さそうな、ふくよかな店主だった。店主だと断言できたのは、彼のほかには店員はおろか客が一人もいなかったからである。
てっきり、魔法使いのような様相をした老人が出てくるのかと思っていたが、それは見込み違いだったようだ。
「長い髭を蓄えて、修道士の様に絶食でもすれば良かったですかね?」
「いえ、そんなことは」
店主がライサにそう話しかけると、ライサはたちまち顔を赤らめて、首を振った。恐らく、ライサもクラインと同じことを考えていたのだろう。
「冗談ですよ。すみませんね、皆、薬酒を売っている店の店主というと、そんな人間を思い浮かべるもので」
「確かに、傷や病を治してしまう薬や酒は魔法のように見えなくもないですから」
「私は魔法使いではありませんよ」
そう言って店主は、ははは、と大きく笑った。見た目の年齢は決して年寄りではないが、どこか中年太りを感じさせるような笑い方だった。
「さて、何をお買い求めで?」
店主はその笑いをすぐに収めると、早速商売の話をライサに振った。ふくよかな見た目とは反対に、意外ときっちりした性格なのかもしれない。
しかし、店主に答えたのは、ライサを押しのけて、ネウだった。
「ねえ、お酒、ない?」
「馬鹿っ、ネウ!」
開口一番、ネウは店主に酒があるか尋ねた。それに対しクラインは反射的に、ネウを叱った。だが、店主は笑みを崩さず、ネウの方を向いてこくりとうなずいた。
「勿論ありますとも。葡萄酒から果実酒、基本的なものなら何でも」
「じゃあ、一番高いの……」
「いえ、結構です、大丈夫ですよ」
クラインはとっさにネウの口を抑え、言葉を遮った。口を開けば酒のことを話しだすなど、ネウはいったい何を考えているのだろう。
まさか、ネウはもしや、かなりの酒好きだったのか。いや、そうに違いない。酒好き、しかもかなりたちの悪い部類の酒好きでないと、こんなことはするまい。
このまま押さえつけていてもよかったのだが、周りの人間から見ればどう見ても大の男が幼い少女を力ずくで押さえつけているようにしか見えない。
クラインは仕方なくネウの口を封じるよりも世間の目を優先し、おとなしくネウを放してやった。
ネウはあらかじめクラインが解放してくれることを予想していたのだろう。いきなりクラインに口を抑えられた時も、ほとんど動揺しなていなかった。それどころか、目を爛々と輝かせて、棚に陳列された酒の瓶に見入っていたのだ。
そして、クラインの方に向き直って、こう言う。
「お酒、買ってくれるわよね?」
「駄目だ」
「買ってくれるわよね?」
「駄目だ」
「よね?」
ネウはこれでもかとばかりに可愛げたっぷりの顔でねだってくる。普通のおねだりなら、何の感慨も無く一蹴していたが、こればかりはどうもすっぱりと断りきれない。なぜなら、自分が可愛いという事を自覚している上でのおねだり程、その特徴を最大限に生かしておねだりをしてくるからだ。
事実として、ネウは間違いなく美少女に分類されるべき顔立ちと容姿をしている。体格だって、とても齢千年の吸血鬼だとは誰にだって思わせない程に華奢で可愛らしい。こんな少女に何か頼みごとをされて、断れる人間など、そういないだろう。つまり、クラインもその例に漏れず、無理に断ることができないでいた。
クラインは思い切りため息をついて、ネウを諭そうとする。




