第三章①
十月なのにまだ暑い日が続きますね。
第三章
「……というわけだ。サフランを売りさばき次第、次の積み荷にサルタナを積み込むから、俺が船に戻るまでに、食料と水の積み込みを終わらせるよう指示しておいてくれるか」
「へい。分かりやした。艦長」
朝のセウタの港の騒がしい喧騒の中、クラインは船員長にサフランを交易所に売った後の事を命令した。大型艦がその巨体を左右にゆっくりと揺れるたび、船倉から屈強な船員たちが二人一組でサルタナの箱を抱え、港にほど近い交易所の積み荷置き場に運んでいく。その数、三十箱程。リモーネ金貨に換算すれば、あくまで予想だが、利益はおよそ金貨百七十枚ほど。海を渡っての交易であれば、十分な利益である。そこから、船員たちへの給料や水や食料などの費用、次の仕入れのための費用を差し引くと、大体百枚が残る。大きな街から地方の村へ商品を売りに行く行商人が十年間で稼げる収入なのだから、やはり船を使った交易商は儲かる。勿論、交易商人になるためには、様々な面倒な手続きが嫌と言うほどある。しかし、それをこなしたとしても確実に交易商人になれるとは限らない。交易商人を一言で表すのなら、金と人脈だ。
「……んで、今日艦長と会った時から聞いておきたかったことが」
「……なんだ?」
船員長は、クラインの隣に立つネウを指さして、疑問を投げかけた。
勿論、その質問の意味が分からないとは言わせない。
「艦長の横にいるお嬢ちゃん」
「あら、私ですか?」
「いえ、副艦長じゃない方です。……そう、その可憐なお嬢ちゃん。何者ですかい?」
予測していた質問だ。クラインはあらかじめ用意していた回答で答えた。
「この娘は、私の叔父の娘だ。偶然セウタで知り合ってな。そして可哀想なことに、両親を病で亡くしてしまったらしい。このご時世だ。無理も無い」
自分でもあの後、船員達にどうやって嘘をつくか考えた末の嘘だ。大半は秘密にしておいてもライサが適当に嘘で誤魔化してくれるからいいものの、この説明ばかりは避けようがないというものだ。
大方、この船員長の勘ぐり深くない性格から考えて、これで騙しとおせるだろう。
ただし、嘘がばれたらたとえ上司と部下の関係でもクラインはすぐさま教会に連れて行かれ、弁護人のいない宗教裁判にかけられ、弁解の余地なく火あぶりになる。まさに、一世一代、一か八かの大嘘だ。
「ええ、まあ……」
「娘一人だけを町に置いたままにしておいたら、何をされるか、分かってるだろう?」
「夜に酔っ払いに襲われるか、金を目当てに娼館で働く羽目になるか……。末路は目に見えてますね」
船員長のネウを哀れむような目を見る限り、何とか、騙し通せたらしい。クラインの嘘をすっかり信じ込んだらしい船員長は時折ネウの方を視線に移しながら、クラインの話に答えた。
件のネウはというと。クラインの口から出る嘘に、口に手を当ててくすり、と小さく笑っていた。それだけ見ていれば、実に可愛げがある。
ライサは、クライン宜しく、嘘がばれないかを心配している様子がうかがえた。
「女とはいえ、血のつながりのある奴だ。放っては置けない。そこで、だ」
「ははあ。私は別にかまいませんが、艦長。貴方、こう言っておられましたぜ?」
すると、船員長はにやにやと顔の下半分を歪め、こう言い放った。
「『残念だが君。この船は家ではない。あくまで、移動手段であり、家族を乗せるなんて論外だ』って」
「ああ、確かにそうだ。俺は、確かにそう言った」
自分で行ったことを、まさか言った相手に言い返されるとは、思いもしなかった。ライサが小さく吹き出すのが合図でもあったかのように、クラインと船員長はその場で声をあげて笑った。




