第二章⑮
「ん? どうした」
「千二百年間、ずっと、たった独りで生きてきたのよ?」
「そうか、こっちは十二年間独身だ。八十三倍近いな」
「馬鹿にしないでくれるかしら?」
ネウは今にもクラインに噛みつかんとするくらいの迫力で迫った。
「いや、悪かった。別に、悪気があって行ったわけじゃあない」
「…………」
クラインはネウを傷つけているとも知らず、それでも余裕を構えた態度で応じた。自分が殺される心配がなくなったのだから、自然とネウに対する態度も大きくなる。が、そういう誤った態度は、ネウの古傷を素手で強引に開く結果となってしまった。
「誰も優しく、対等な立場で接し、話しかけてくれなかったのよ? 今考えてみれば当たり前かもしれないけれど、誰もがバケモノだ、異教の神だ、とか言って槍や剣を差し向けてくる……。初めのうちは、そんなことはどうでもよかったわ。まさに「バケモノ」その力を私は持っているんだもの。いくら胸に剣を突き立てられようと、十字架に照らされても、きつい香料を嗅がせられても矢の雨にさらされても、死なないんだもの」
ネウは、初めなかなか自分の本心を理解してくれないクラインに言い聞かせるようにして自分の過去を語り始めたが、それはクラインへ話しかけていると同時に、自らへも言い聞かせてしまう結果ともなった。
「歴戦の兵士も、古強者の傭兵も、高位な聖職者ですらも、私の力でさくりさくりと死んでいったわ。けれども一人殺すたびに、私の中の感情は高ぶっていたのも又、事実ねぇ。いつしか、人を殺さないととても我慢できなくなってしまったのよ。……まあ、一種の中毒としてとらえることもできるかもしれないわね」
「だが、それがお前の言う、「吸血鬼」なんだろう?」
「ええ、そう。……でもね、段々と、寂しくなってきたのよ。……私も歳なのかしらね、人を襲う回数も、次第に減って来たの」
そういうと、ネウは遠くを見るような眼でふと、窓の外を見つめた。しかし、それは先程の憎悪のこもった憎々しげな視線ではなく、どこか悲しげな、物寂しげな表情だった。しかしそれは、まるで自らの死を悟った老人の様に迷いのない覚悟を現してもいるようにも思えた。
「これ以上、一人で生きるのには飽きたの。……私は、この孤独から抜け出すために最後の旅に出ることにしたのよ」
「最後の旅……ですか」
「なら、別に一人でもいい、なんて思ってない?」
「! いえ、そんなことは……」
ネウは自分の言葉にうなずいてくれたライサに迫り、すべてお見通し、と思っているような殊勝な笑みを浮かべてライサに訊いた。ライサは、首を左右に振っていたが、実際はネウが質問した通り、別にそれなら一人でも、と思っていたに違いない。
「一人は寂しい。それでいて、虚しいの」
「……」
「だから、俺達と一緒に行きたい、って訳か」
クラインが結論を話し終えるなり、ネウはわずかにうなずいた。
「ええ、それも、「憎きコンラルトを殺す」というお題目でね。無理やりとってつけたような理由だけれども、それが本心よ」
「けれど、もしも仮にコンラルト様が既に死んでいたらどうするのですか? 吸血鬼とはいっても、貴女が殺されたように、コンラルト様も誰かに殺されていたら、貴女はコンラルト様に報復はできませんが……」
ライサがそこまで言いかけた時、ネウはくすりと微笑むと、自分の胸を力の限り引き裂いた。
「なんだ、それは……!」
「ヒッ……!」
「そんな怖がることないじゃないの」
ネウはその中身を見て怯える二人に対して笑って答えているが、実際、二人が見たものは笑って見られるようなものではない。
純白の白い肌の内側にあったのは、それこそまさしくネウが今まで吸ってきた血を容易に思わせるように真紅で、朱に染まった、「心臓」だった。ネウは、静かに脈打つそれをクラインが目に焼き付けたのを確認すると、すぐに胸を閉じた。不思議な事に傷口は瞬時に傷を埋めるようにして胸の内側に消えていった。
「そのときは、この心臓を白木の杭か、銀の釘で突き刺せばいいのよ。勿論、私の血はまだ幾万もの人間の命が流れているから、私が喰った人間の数だけ、私を殺さないといけないけど」
「しかし……」
ネウは何事もなかったかのようにライサに向かってにっこりと微笑んだ。
「けれども、今まで通り独りぼっちじゃつまらないでしょう? その旅に、同行者が必要だと思ってね……」
「それが、俺とライサか」
「ええ、そうよ。でも、最初は違ったのよ? 貴方達みたいな貧弱な商人じゃなくて、もっとこう、かっこよくて、私を守ってくれる、強い騎士みたいなのを想像していたわ」
「騎士じゃない上に貧弱で悪かったな」
クラインが表情を濁すと、ネウは可愛げのある顔で、からからと笑った。
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がんばります。




