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幻想見聞録  作者: 藤宮周水
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第二章⑬

「その路地にやって来た奴は、普通の人間じゃなかったわ。夜でも月明かりを受けて日のように輝く長剣を持ち、左手には銀の杭を構え、腰には誰だかの聖人の骨を砕いた灰を入れた袋を下げた、コンラルトだった」

「そうなると、その剣も銀製だったのでしょうね」

 化物を倒すには、悪魔を打ち倒す聖なる金属、即ち銀で出来た剣が最も有効とされている。銀の杭は、吸血鬼の動きを封じるのに役だつとされている。殉教した聖者の灰は、強大な力を持った化物を弱らせることができるという。恐らく、聖者の遺灰を持っていたという事はわざわざ聖地まで足を運んで手に入れたものだったのだろう。

「だろうな」

「確かに、銀製の武器は少なからず、私にダメージを与えられる武器よ。それは知っているわ。コンラルトは、私が奴の首にとびかかるよりも速く、私の心臓をその剣で貫いた。勿論、それだけでは死なないのは、向こうも承知だったんでしょうね。私がすぐに体勢を整えると、また襲いかかって来たのよ」

 少し息を継いで、「それも、何度も」とネウは継ぎ足した。クラインは頷く傍ら、ネウに問いを発した。

「まあ、それはお前がコンラルトの倒すべき標的だったからじゃないのか? 現にお前は、その村の人間を喰おうとその路地で待ち構えていたんだろ?」

「……ええ。でも、あいつは聖人と言われるような崇高な奴じゃないわよ……」

「どういう事でしょうか」

 ネウはベッドに座っているクラインの隣に腰掛け、話を続けた。ライサも、クラインを挟み、続いてベッドに腰掛けた。

「私を倒した後の話よ。私の血の血糊でべとべとになった剣をふいているコンラルトを、街警視の村人が目撃したのよ。考えるに、私の退治は、依頼されて行ったものじゃないみたいね。その時よ。

 コンラルトは、とっさにその村人の方に向かい、剣を村人に向かって振り下ろしたの。当然、村人は大きな断末魔の叫びとともに死んだわ。…………覚えている所はそれまでね。私はそれ以上、起きていることはできなかった」

「……聖人と呼ばれているコンラルトがただの村人を殺した、だと?」

「ええ。「聖人」なら、そんなことはしないでしょう? そのあとに村ごと焼き払っていたのなら、決定的ね」

 クラインは初め、ネウがコンラルトに負けたことを憎み、わざとコンラートの悪評をクラインに話しているのかと思った。けれどもそれは、ネウの得にはならないことは聞いて分かる。

 とすれば、コンラルトの武勇伝はかなりの美化、いや、改変されたことになる。何のためだろうか。英雄譚も、武勇伝も、人の口を伝わって広がる。最終的に編纂するのが教皇庁であると言うのを踏まえて考えてみても、何故、聖人と言うよりは悪魔に近い所業を成したコンラルトを聖人と認定したのだろうか。

 が、それよりもクラインは一つ、頭の中に引っかかることがあった。

「……だが、コンラルトはもう六百年も前の人間だ。仮に聖人じゃないとしても、生きているのか? 復讐も何も、生きていなければ話にならないだろう」

「生きているわよ」

ネウはそれがさも当然の真理であるかのようにきっぱりと言い切った。

「まさか、そんなわけがないだろう」

「本当よ」

 そんな馬鹿な。六百年前に生きていた人間が今も生きているはずがない。人間は、せいぜい健康に長生きして六十年も生きられれば大往生である。

「何を根拠にそんなことが言えるのですか?」

「人間は、何をすれば吸血鬼になれるのかしら?」

「それは決まっています。生き血を飲む……」

 ライサは、そこで息をのんだ。

 人間が吸血鬼になる方法は、一つだけだ。それは人間が血を飲むこと。教会の教えでは、人間が人間の血を飲むことは最も罪深いこととされていて、血を飲んだだけで聖職者なら破門されて火刑になり、王族貴族なら弁護人無しの宗教裁判にかけられ、平民なら文句なしに絞首刑となる。まさか、コンラルトは。

「そう。コンラルトは私の血を飲んだ。そして、私と同じように吸血鬼になり、不死になった。だったら、生きていても不思議ではないでしょう?」

「……」

 おそらく、この話だけを聞いたなら、敬虔な修道士なら仰天して飛び上がり、旧教の聖職者なら今すぐにでも聖書を引いてそれが間違いだ、と話の元も確認せずに指摘するだろう。

 だが、商人ならどうか。現に商人であるクラインとライサは黙ってネウの話の続きを聞くしかなかった。

「奴が生きていれば、また多くの人間が犠牲になる。私は、奴を倒せなかった。だから、私はコンラルトを追い続けるの。奴を、この手で葬る」

「……それが、お前の目的だというのか」

 これは、単にネウが子供の様にやられたらやり返す、と言う理由を正当化したのだろうか。けれども、コンラルトの話が真実であれ、嘘であれとても納得できない。

「目には目を。歯には歯を。貴方達が信ずる書にはそう書かれているらしいわね」

「あれはそういう意味じゃないぞ」

 ネウが言っているのは、法典と言う古代の法律の一節だ。要約すればネウの言うとおり、「やられたらやり返せ」と言う内容だが、実際は若干の意味のずれがあり、実際は「被害を被った者には加害者に同じことをしてもよい、またはその権利が与えられる」という意味である。しかし、率直に言ってしまえば、単なる解釈の違いだ。

「知っているわよ。でも、そういうこと」

 ネウは、小さく笑った。

 自分はコンラルトに倒されたのだから、自分はコンラルトを倒す権利がある、と言うことだろうか。

「しかしだな……」


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