第七章⑱
ネウは人間に好意を抱いているのだろう。
千年間もの間、ネウは人間を見てきた。ネウの目に映る、「人間」は、自分達「化物」とは違い、命を尊いものと思い、様々な考え方を持っていた。同じ人間でありながら、思想や主義の違いから戦争を起こす人間、慈愛に満ち溢れ、自身が貧しくなっても食べ物を施し続ける人間。
ネウにはいったいどのように映ったのか。それは分からない。けれども、一つだけ言えることは、ネウはその間に、人間を好きになったことだ。
「ネウ自身が自分を好きになれなくて、いったい誰がお前のことを好きになれる?」
「……そうね、確かに。でも、私は自分自身が嫌いになってしまうほど、人間を殺してきた。今はもう、老いて、昔みたいに大虐殺はしない。いえ、できない」
ネウは、クラインの言葉を受けて、少しだけ笑った。だがそれも一瞬の出来事で、すぐに全てを諦めたような表情に戻った。
「そうか? お前は言ったな。「老いたから、人間を喰うのに抵抗が出てきた」と」
「……ええ、言ったわ」
「それは嘘なんじゃないか?」
ネウは、人間を喰うのを最小限にしたのは、「老いて、人間を喰うのに抵抗が出てきたからだ」と何度も言った。クラインはそれは間違いでは無いか、とネウに訊いた。
「俺が思うに、お前は人間に好意を抱いているんじゃないか? ……まあ、これは俺の推測だ。外れたなら否定してもらって構わない」
「…………くふ。貴方には解ってしまったのね」
ネウは悪戯がばれた子供の様に無邪気な笑顔を浮かべて、クラインに二歩ほど歩み寄ると、急に抱きついてきた。
「!」
「ええ、そうよ、そうよ。貴方の言う通り。私は、あんなにも脆くて、弱くて、儚げで、永遠の寿命も無く、争いばかりして、他人の感情に流されやすく、そんな脆弱な生き物が」
ネウはそこで一拍置くと、クラインの顔を見上げて、純粋な笑顔で笑いかけた。
「大好き」
思わずくらっと来るような、砂糖の様に甘ったるく、娼婦が客を呼び込むために話しかける甘言のようなその短い言葉を聞くと、一瞬、自分に言っているのではないかと錯覚してしまう。それに加えて、天使もかくやと言うほどの笑顔。
そこにはいくら銀を積んでも買えないものがあった。唯一、玉に傷なのは、その笑顔の中に、わずかな曇りがあるという事だけだ。
「だから、私の大好きな人間を殺す、奴らが許せない。大好きな人間を殺さないと生きていけない、私が大嫌い」
ネウは唇の端から鋭利な牙をのぞかせると、クラインから離れた。
「貴方は言ってくれたわよね? 自分が自分を好きになれなくて、誰が好きになれる? ……って」
「ああ、言った」
クラインとライサを交互に視界に収めてから、ネウはクラインに語りかけた。
「私は、クライン……貴方と出会って、変わった、いえ、変われるはずなの。大嫌いな私をもしかしたら好きになれる方法が見つかるって、私一人では決して成し得ないことが、出来ると思うの。……絶対。だから、私は貴方達と一緒に居たい」
「それが、お前の気持ちか」
クラインはゆっくりと手を伸ばし、ネウの頭をなでた。ネウの銀の髪はライサの滑らかな髪に比べるといささか固くはあったが、それでも触り心地の良い、さらさらとした髪質であった。
少なくとも、俺はネウの答えに胸を撫で下ろしている。いや、満足している、と言うべきだろうか。
大分投稿が遅れてしまいましたが、まだ続いていますよー




