第七章⑰
「はい。そうです」
クラインは二人を邪魔しまいと静かにたたずんでいたライサに呼びかけた。ライサも、にっこりと優しい笑みをネウに向けた。
「私は、今……」
ネウは自分の両手を見つめ、静止している。ネウは恐らく、自分の心の内にある意思と初めて真剣に向き合っているのだろう。
ネウの行動がほとんど無意識か、本能で動いていることは元から承知の上だ。だからこそ、ネウは自分の意志と向き合うのは今までにはなかったはずだ。
はたしてネウはどんな結論を下すのか。ネウは目いっぱいに涙をたたえて言葉を絞り出すように答えた。
「貴方達が、たまらなく好き。今まで、こんな気持ちになったことは無かったわ。だから嫌われたくなかった。……嘘や脅しを使わずに自分の気持ちを言えたのは、口に出せたのは、頼みごとを言えたのは。こんなにも楽しい時間が過ごせたのは、初めてよ」
やっとのことで言葉を絞り出すと、ネウの双眼から透明な涙がぽろぽろと流れ落ちた。
「だから、この「今」を私は大切にしたいの。二千年の血みどろの孤独な乾いた過去よりも、貴方達といられる鮮やかな未来の方が、私は好き」
そこでネウは言葉を切るかと思ったが、ネウは矢継ぎ早に次の言葉を発した。
「でも……私は人間を殺してしまった。数えきれないほどたくさん。私は、吸血鬼である私自身が、嫌い。人間を殺して血を吸わないと生きていけないこの体が、人間を躊躇わずに殺せるこの血が」
そういうと、ネウは震える両手を見つめた。その様子はまるで、いったいなぜこんなことをしてしまったのかと言う罪悪感にさいなまれた囚人のような様子だ。
もしかするとだが、ネウはウルバーノを殺したことに罪悪感を抱いているのではないだろうか。確かに、ウルバーノはネウによって殺された。だがウルバーノは、殺されるべくして殺されたのだ。あのまま放っておいても、いずれは誰かがウルバーノを殺していただろう。
今回はたまたまその役目がネウにあっただけで、殺される時期にしても早い遅いの違いしかない。普通の人間なら、何度もウルバーノが命乞いをしているのを聞くだけで、そういった意識が芽生えるだろう。
しかし恐ろしいことに、吸血鬼の血と言うものは人間の感情だとか、理性とかいうものを全て否定しているようだ。
命を尊いものと思う心、人間を賛歌する心が、吸血鬼にはない。だから吸血鬼は人間を何とも思わずに、微塵の躊躇も無く殺せるのではないだろうか。
それでもネウは、自らの内にある吸血鬼と戦っている。
どうしてそこまで、涙を流し、自分の、「人間を殺したくない」という気持ちをかき消されても、吸血鬼であらねばならず、コンラルトの支配下に入った吸血鬼を殺して回らねばならないのか。
始めてあった時、ネウは、「このまま生かしておいたらコンラルトは無意味に人間を多く殺すことになる」と言った理由から、コンラルトを殺さないといけないと言っていた。
もはや吸血鬼であるのに、人間を庇う必要などないだろうとその時は考えていたが、これでようやく分かった。
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