中
さて、赤ずきんと別れた狼は、そのまま、おばあさんの家へ行きました。
戸を叩くと。
「はい、どなたかね?」
と言う、おばあさんの声が聞こえました。
「赤ずきんだ。ケーキと葡萄酒を持って来た。開けてくれないか」
狼は、先程に話した赤ずきんの声と口調を真似して言いました。
「……鍵は掛かってないから、そのまま戸を押して入ってきておくれ」
「そうかい。じゃあ遠慮なく」
狼は戸を押し開けると、ベッドに寝ているおばあさんに飛び掛かりました。
そして、おばあさんは気を失ってしまいました。
「困ったな。ばあさんを食べている間に、赤ずきんが来るかもしれない」
狼は辺りを見回して、クローゼットに目をつけました。
「仕方ない。ひとまず、ここにしまっておこう」
狼はおばあさんをクローゼットに閉じ込めました。更におばあさんの頭巾を被り、服を身に着けました。
「あとは赤ずきんを待つだけだ」
ベッドに潜り込んだ狼は、そう呟いたのでした。
その頃、赤ずきんは花を愛でるのも終えて、おばあさんのお家へ向かっていました。
おばあさんの家に辿り着くと、扉が開いていたので、赤ずきんは不思議に思いました。
「ボケたか……」
赤ずきんが中へ入ると、いつもとは違う、おかしな匂いがするような気がしました。それこそが狼の匂いだったのです。
部屋の奥のベッドにおばあさんが寝ています。赤ずきんは大きな声で挨拶をしました。
「こんにちは、おばあちゃん」
おばあさんから返事はありません。
赤ずきんはベッドに近付きました。
何だか、おばあさんの様子が変です。赤ずきんは思い切って尋ねてみました。
「おばあちゃん。おばあちゃんの耳は、随分と大きくて醜いのだな」
すると、おばあさんに扮した狼が言いました。
「そうとも。お前の声がよく聞こえるように――え? 醜い?」
「ああ、不格好だ」
「…………」
赤ずきんは続け様に尋ねました。
「それに目が大きくて光ってる。何だか醜い」
「こ、怖がることはないよ。可愛いお前を、よく見るためだから」
「それから手も大きいし醜い」
「お、大きくなくてはお前を抱けないからね」
「それから……」
――よし来た、最後の質問だ。
狼はにんまり笑いました。
「それから、顔も大きい」
「えっ?」
「こんな不細工な骨格は見たことがない。何故そんなに大きい?」
「そっ、それは……」
「ついでに言うと態度も大きい」
予想していた話の展開と、大きくずれてしまい、狼は困惑しました。
赤ずきんは更に続けます。
「それから何と言っても、口が大きい。あと醜い。おばあちゃんの口は、こんなに大きかったか?」
待ちわびていた質問に、狼は喜々として答えました。
「そうとも! 大きくなくてはお前を……」
「お前を?」
「食べられないからさ!!」
狼がそう言って、大きく口を開けて飛び掛かろうとしました。
ですが、次の瞬間には狼は硬直してしまいました。
「ふごご?」
狼の大きな口には、何か硬いものが差し込まれています。
差し込まれているものは、赤ずきんの握る、小さくて可愛いもの――そう、拳銃です。
「ふがごごご!?」
「殺傷能力の低いハンドガンだが、この距離なら問題ない。銃弾を味わってみるか?」
なんとまあ、赤ずきんは意外にもグルメなことを言います。
狼は必死に首を振りました。
「かあ――っと、おばあちゃんをどこにやった?」
狼はクローゼットを指差しました。
赤ずきんはクローゼットを確認すると、狼に振り向きました。
狼は恐ろしさのあまり、ぶるりと震えました。
そのときでした。
「ごめん下さい。狩人の会の者です。おばあさん、いらっしゃいますか?」
猟師がトントンと扉を叩くので、赤ずきんは扉を開けました。
「ひっ」
赤ずきんのあまりの可愛さに、猟師は息を呑んだようでした。
「おばあちゃんは今休んでいる。用事なら身内の私が引き受けるが」
「そ、そうですか――あっ、狼!?」
部屋の中にいる狼を見つけた猟師は、腰にある銃に手を掛けます。赤ずきんはそれを止めました。
「いい、あれは私の獲物だ。手を出さないでいただきたい」
心優しい赤ずきんは、狼を庇いました。
「いいんですか?」
「ああ。こんなところまで、わざわざご苦労だった」
「いえ……それじゃあ失礼します」
猟師はそのまま帰っていきました。
「さて、駄犬」
同じイヌ科でも、狼と犬の差は歴然としている筈ですが、動物が大好きな赤ずきんにはどちらも大した差は感じられませんでした。
「私は、狩りは楽しむべきものだと思っている。動かぬ獲物ほど、つまらないものはない」
そう言って、狼は開いた扉を指差しました。
「行け。ただし、次見つけたときは必ず仕留める」
「それでは私めの命を……?」
「ふん、勘違いをするな。私は狩りを楽しむために、お前に動いてもらうだけだ。わかったなら早く行け」
「ありがとうございますっ!!」
狼はそそくさと退出していきました。
悪い狼がいなくなり、ひと安心です。