前
あるところに、とても可愛らしい女の子がいました。
あるとき、その女の子のおばあさんが赤いビロードの布で、頭巾をつくってくれました。
その頭巾が女の子によく似合っていたので、みんなは女の子のことを「赤ずきん」と呼ぶようになりました。
ある日のことです。赤ずきんのおばあさんが、病気で寝込んでしまいました。まあ大変。
「困ったわね。お義母様がご病気なのにお見舞いにも行けないなんて……。そうだわ。赤ずきんに頼みましょう」
お母さんがお庭からお家の中へ戻ると、お庭の草かげから、がさがさと音を立てて何かが現れました。狼です。
「へへへ。良いことを聞いたぜ。あの可愛いと評判の赤ずきんは、さぞかし美味しいんだろうな。せっかくの機会だ、美味しく頂くとしよう」
赤ずきんが一人になることを知った狼は、段取りを決めました。
赤ずきんのお母さんは、赤い頭巾を被る可愛いその子を呼びました。
「ねえ、赤ずきん。お見舞いに行ってちょうだい。あなたが行けば、きっと喜んでくれるから」
「……了承した」
赤ずきんは、ほんの少し低い声で答えました。
赤ずきんは、190センチという、ちょっぴり背丈が大きいのが悩みの種。
おまけに、赤ずきんは自分の可愛いお顔が、あまり好きじゃありませんでした。
目は獣のように鈍い光を湛えているし、口元は少し曲がっていて、お肌は日に焼けています。
まるで、後ろに人を立たせない凄腕暗殺者のような、彫りの深いお顔。
でも大丈夫。赤ずきんは優しいから、みんなの人気者です。
「それじゃあ、このケーキと、上等なワインを用意したから持っていってね。……少し重いかしら?」
「心配ない」
赤ずきんは丸太のような、ちょっぴり逞しい腕を持っているので、こんな荷物を運ぶくらい、わけないことです。これも赤ずきんの日頃の努力の賜物でしょう。
「道草はしないでね。それから、狼には気をつけてちょうだい。狼はどんな悪いことをするかわからないから、話しかけられても知らん顔をするのよ」
「了承した」
赤ずきんはお母さんを安心させるように元気良く、
「ふんっ!! 行って参る!!」
と言って出掛けました。
その日はとても天気のよい日で、赤ずきんはスキップしながら歩いていました。地面がドスンドスンと鳴っているのも、大地が赤ずきんを歓迎しているからでしょう。
けれど、そんな平穏を壊すように、赤ずきんを狙う狼が側に隠れています。
「草や木で、赤ずきんの姿がよく見えないな。まあ、あの赤い頭巾は赤ずきんに違いない」
狼は呟いてから、赤ずきんに接近しました。
「こんにちは! 赤いずきんが可愛い赤ず……きん、ちゃん……」
狼は驚いて、挨拶が後半から不自然に途切れてしまいました。
赤ずきんちゃんの姿が想像していたものと、ちょっぴり違うものだったので、狼はびっくりしてしまったのです。
――赤ずきんってのは、中年の男だったのか?
でも、狼は気を取り直して、にこにこ笑って赤ずきんに話し掛けました。
「こんにちは、赤ずきんちゃん」
「こんにちは。狼さん」
赤ずきんは返事をしました。
お母さんに言われたことを思い出しましたが、色々な意味で動物が大好きな赤ずきんには、にこにこ笑うこの狼が、自分に害をなす怖い動物には見えません。
「赤ずきんちゃん、今からどこへ行くの? たった一人で」
「……何?」
赤ずきんちゃんが、ほんのちょっとだけ低い声を出したので、狼はびっくりしてしまいました。
「ひいぃっ。あ、あ、赤ずきんさん、お一人で今からどこへ向かうのでございましょうか?」
「ふ。おばあちゃんの家へ見舞いだ」
「そ、そうなんですか。それは素晴らしいですね。……おや? そちらのバスケットは?」
少し調子を取り戻した狼は、話を進めます。
「ケーキと葡萄酒だ。もちろんこんなものじゃ酔えないがな。ジュースみたいなものさ。まあ、病人には丁度良い品だろう」
「なるほど。それで、どこにあるんですか? そのお家は」
「…………森のずっと奥の方だ。ここからなら、歩いて15分といったところか」
「15分……」
狼は考えました。
――ばあさんの家を探して、食べてしまうには、もう少し時間がいるな。よし。
「赤ずきんさん。おばあさんの家に行く前に、周りをご覧になるのも良いと思いますよ。こんなに美しい花が咲いているし、小鳥は歌っています。せっかくだから楽しみながら、行ったらどうでしょう。例えば、花を摘むとか」
「…………」
赤ずきんは少し考えた後に、頷きました。
「その通りだな。花を愛でながら向かうとしよう」
そう言って赤ずきんは、狼と別れました。
「……くくっ」
赤ずきんは、可愛らしい笑みを漏らしました。
「狼、何を企んでいるのやら。だいたい予想はつくが……。まあいい、狩りを楽しむとしよう」
赤ずきんは、そんな微笑ましい台詞を呟きながら、歩いていきました。