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赤色散華 ―金木犀、過去の匂い―  作者: 燕乃
第二章
9/33

月夜、祭りの、余韻



 開いたドアから、金色の髪が流れた。

 屋上の風は強い。髪が、衣服が、スカートがはためき、よく知る声が小さな悲鳴を上げた。


――全く。


「貴女、何時から僕のストーカーになったんですか。シェンナさん」


 逃げて来たのに。なんでこうも追いまわしてくるのだろう。

 顔を背け、キャンプファイヤーを見下ろしながら口にする当麻。まだ、どういう顔をして会えば良いか解らないから。

 いや、何時ものようにで、それでいいのかもしれないけれど。


「何が何でも、せめて後夜祭には参加させようという私の意地よ。クラスから不良を出す訳にはいかないわ」

「僕が、不良? あの六木先輩みたいな感じになると?」


「ああ、うん。前言撤回。それはないわね。でも、馬鹿なのは確定ね」


 さらりと取り消して、別の会話へと繋げようするシェンナ。

 こつ、と靴音が、一歩、近づいた。

 間に挟む話題も言葉も、当麻は見つけられなかった。


「それとも、頭の中、空っぽなのかもね。そういえばテストとかも最低ラインをギリギリ維持しているし、剣以外に取り柄がなくて、ボッチで屋上? 本当に頭悪そうだよね」

「そんなボッチにわざわざ声を掛けてくる時点で、シェンナさんも同類でしょうに」


 だからやり取りは何時もの暴言の応酬。憎まれ口に皮肉で返し、毒舌には更に鋭い言葉を乗せて。

 そんな、何時ものやり取り。それでいいの、だろうか。


「ボッチだって自覚はあるんだ。つまり、あれかな。孤独とか孤高がカッコいいとか、そんな風に感じているんだ。流石、男の子ね。自覚した上で更にするだなんて、馬鹿の中の馬鹿。出来が違うわ」

「……怒っています?」


「約束を破られて、怒らない女の子がいる?」

「シェンナさんは何時も、鋭い顔をしているので解りません。何時も怒っているのだと思っていました」


「なら、こっち向きなよ」

「…………」


「今、私がどれだけ怒っているか、見てみなさい」

 苛立ちのぶつけ合いだった。

 何時もこうなる。何時からこうなったのだろう。

 ああ、思い返したら。


「去年の文化祭の時には、もうこうでしたね。こんな会話を、あれから、今までずっと、繰り返している」


 振り返り、シェンナを見た。





ふわりと、風が舞う。





 柔らかな風は、長いシェンナの髪を巻き上げた。金色の糸が描く筋。

 月を背に、微笑むシェンナのそれは、ともすれば月光の注ぐ流れのようだった。

 とても、悲しい微笑みだった。

 よく知らない。こういう表情はみた事がない。


 笑っているようで、でも涙きそうな顔。眼は涙で濡れていない。口元は不器用に吊り上っている。

 優しくて、壊れそうな、笑顔。

 月の静けさ。

 耳を伝い、眼球から染みる。力が抜けて行く。

 ずるずると、フェンスを背に、当麻は崩れていった。

 なんで、だろう。怒っているようには見えないのに。


「――私がどれだけ怒っているか、わかった?」

「ええ……凄く」


 むしろ許されているような、そんな気分になるのは。

 此処にいて良い。此処にいたから、まだ続きがあるような気がしているのは。

 錯覚、だろうか。


「何て謝れば良いか、解らないですね。張り手でよければ、それで受ける気はあるんですけれど」

「それで済ます気はないよ?」


「ですよね。全く、困りましたよ。ようするに、これはあれでしょうか?」


 同じようにフェンスに背を預けて、座るシェンナ。スカートが汚れるなんて、気にする様子はなかった。


「明日も、いつものように馬鹿馬鹿しい言い合いをしたかったら、この場所で後夜祭を一緒に楽しめと」

「或いは、泣いたら許してあげるけれど?」


「泣く訳ないでしょう。天地が引っ繰り返っても、僕達は泣かないかと」

「それ、私を含めているの?」


「そういう性格でタイプなのだと、思っています。だから、こうして会話が通じていると」

「ふーん。馬鹿にさていれる気がするわ、私は」


「どちらの意味で?」

「一つの会話の中に二つも、えっと、この国で言うブジョク的? そんな意味を込めている辺りが凄いよね。当麻と私が同じ人種というのと、私が女の子なのに泣かないっていうのを入れるのは」


「泣くんですか? 本当に?」

「何よ、その反応は」


 そう、これは何時も通り。こんな二人。こんな関係。

 友達というよりは悪友。異性というよりは、姉弟じみている。

 そんな関係が、続いている。それこそ、あの紫の空が広がった時より前からずっと。

 変わっていない。失っていない。だというのに、どうしてだろう。


 椿の事を思い出して、胸が痛くならないのは。ひどく心地いい、会話のテンポは。

 失っていない、まだ、大切なもの。


挿絵(By みてみん)





「ね――一つを失っても、まだ大事なものはあるでしょう?」




「そう、ですね」

「全部が全部、終った訳じゃないわ。掛け替えのない大切なものは、一つじゃない。唯一無二はあっても、それが二つ以上違うものがあっても良いじゃない」


「日本語が可笑しいのは、イギリスの方だから仕方ないですね。でも、概ね賛同です」

「全部に賛同しなさい。今日の私は、結構疲れているの」


「だったら、黙れば良いじゃないですか。静かに、夜の中で火を見るのも綺麗ですよ」

「月が綺麗じゃない。一緒に見上げるのもありだと私は思うけれど」


「わざわざ後夜祭に見る必要、ありますか?」


 思わず笑い出してしまう二人。ああ、どうしようもない。

 シェンナが皮肉げに意味の通じない人は嫌ね、と口にしたけれど、気にしない。ああ、つまる所。


「では、僕も怒る事にしましょう」

「ん、どういう意味?」


 こういう日常をシェンナは欲している。

 それを一緒に過ごす事。無理ではなくとも、笑い合う事が最大の感謝になるだろうから。


「シェンナさんは怒っているので、無茶を言っても通ります。なら、僕が怒れば、それも通るというのが道理かなと」

「……あのね。女の子が怒るから、無茶とか無理は許されるの。当麻みたいな男が女々しく怒っても、それは見苦しいだけ」


「痛い言葉です。受け止めておきましょう」

「でも、綺麗な夜よね」


 そう口にするシェンナに、当麻はくちずさむように。


「金色の月に、黒い夜。橙の炎」


 それに応じるシェンナも、また似たように唇から旋律を。


「祭りに入れなくて屋上に。二人だけの後夜祭、でも、忘れない」


 美しいものも、どうしようもない今の状態も、全て忘れないのだと。

 浮雲が流れ、千切れてゆく。

 金色の色を薄め、ゆるゆると流れる様は何処にいくのだろう。

 形は川の流れに似て、夜空を往くその姿。どうしようもく、頼りない空。


「月も空も、星も落ちてきそう」

「そうですね、落ちてしまえば、良いのかもしれません」


「どうして?」

「近くにあれば、願掛けがし易いでしょう?」


「頭が悪いわね。いえ、頭の出来が残念かしら? 星や月に触れたいと寝物語を語る子供っぽい」

「ああ、言われてみれば。でも、そんな発想をするシェンナさんは、どうなんでしょう。ロマンがないですよ」


「じゃあ、そうね。きっと今も見えないだけで箒星流れていると思って、祈ろうかしら」

「シェンナさん、今度は無茶を言っていますよ、それ」


 笑う、笑う、笑って続ける。

 でも、そんなシェンナの声が澄んだ。透き通るように。歌うように。

 そんな少女の声を知っている。何処までも純粋に祈って、約束する声だ。

 震えているのも、解る。

 叶わないかもと、怖がっているのも。

 泣きそうな、その気配も。





「ね、椿さんを探すの、私も手伝うよ」





「…………」

「私も手伝うから。一人では見つけられなくても、きっと、二人なら大丈夫。それに、六木先輩も、色々調べてくれているって」


 それは、嬉しい事なのだろう。

 一人ではないと、シェンナという少女は約束してくれているのだ。

 それは無理かもしれない。不可能かもしれない。もう終わっているかもしれない。それでもやろうと。

 口にして、約束して、祈っている。どうして、と思う。友達なら、というのは解る。けれど、そこまでする必要はあるのだろうか。


「心の底で泣いている友達がいると、私は心の底から笑えないから。それをなんとかしたい、我儘よ」

「…………」


「世界は広いから。ずっと探せば、きっと、ね」

「きっと、ですか」


「絶対ね」

「絶対ですよ?」


 そして、二人して広い夜空を眺めて行く。今の祈りを、本当の流れ星に託したくて。

 けれど、当麻の目は月ばかりを見ていた。魅入られ、魅入ったかのように、その淡い金色を見ている。


「彼女も、この月を見ていますように」

「当麻に、ロマンチックな言葉は似合わないよね」


「思った事を口にしたら、それですか」

「仕方ないじゃない。当麻は、当麻なんだから」


 不器用で一途。飾らない人。

 何処か詠うように口にするシェンナ。


「飾る必要なんて、ないんだよね、当麻は。元が真っ直ぐだから、飾ると逆に不自然。ああ、でも、良いかな?」

「何でしょう?」


「ね、椿さんを、どうして好きになったか、教えてくれる?」

「…………」


「女の子は、そういうの、凄く興味あるから」

「流れ星を探しません?」


 誤魔化そうとするけれど、ニヤニヤと猫のように笑う気配が横にある。

 観念するしかないのだろう。此処まで友人として付きあってくれる彼女に感謝を捧げて、思い出を語るしかないのだろう。

 ただ、少しだけ。


「甘い話だけでは、ないですよ」


 その前置きを入れて、当麻は語り出す。

 むしろ、血生臭さも入っているかもしれない。

 そして、ひどく感傷的な、その話。


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