表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤色散華 ―金木犀、過去の匂い―  作者: 燕乃
第二章
8/33

後夜祭、どうしようもない日々。



 ちらちらと、火の粉が舞いあがっていく。

 赤というべきか。それともオレンジ色というべきか。複雑に変化して消えていく、炎の色。

 灯かりを落した夜の中、巨大なキャンプファイヤーは、焚き木を燃やし、ごうごうとその火を上げている。

 それは、当麻の昇った校舎の屋上からでもはっきりと解る程、巨大な篝火(かがりび)


 巻き上がり、空へ登っていく火。夜闇の黒と競うよう、炎は踊る。風にその身を任せ、流れるように。

 それは一瞬一瞬で形を変えていくものだった。一秒たりとも、同じ瞬間はない。


「本当に」


 屋上のフェンス越しに、それを眺める当麻は、呟いた。


「……これじゃあ、結局、逃げているみたいですね」


 上から見れば、奇妙な紋様を描くような炎の動きをしているそれ。

 だが、人の心程には複雑で奇妙でもないだろう。結局、当麻は逃げて此処にいた。

 逃げないと言ったのに。

 ただ、色々と歩く内、いろんな出店を見る度に、あの時繋いでいた手が、冷たくなっていったのだ。

 温もりがない。繋がっていない


 苦しかった。息が出来なかった。ああ、確かにこれはシェンナの言う通り、彼女の手伝いをしていればまだ楽だったかもしれない。何か作業に没頭していれば、違っただろう。 

 予定がないと、ずっと空白と戦わなければいけなかった。何もないのは軽くて、薄くて、確かに気楽ではあるけれど、いろんなものに触れて痛みを感じる事もない。

 当麻は単純だった。不器用だった。だから、何かしていれば、きっと違っただろう。

 彼女と軽口を叩いている間は、やはり心が軽くなっていたのは確かだ。それで、この学園生活を助けられてもいる。


「英語のテストも、そういえば付きっきりで教えてくれましたっけ」


 逆に現国は教えていた気もするが。そこは仕方ない。というよりは、そう。助けられてばかりだ。

 だから、申し訳なかった。


 何と謝れば良いのか解らず、結局、今度はシェンナから逃げてこの屋上へ。

 キャンプファイヤーに誘われてはいたけれど、それに参加する気にはなれなくて。どんな顔をすればいいか、解らなかったから。

 だから、結局、逃げた。言われていた通りに。


「みっとも無いですね。本当に」


 沈んだ当麻の声に反応するように、炎が揺れる。盛大に、明るく、夜を赤々と照らせとばかりに。

 けれど、金色の月は、静かにそれを見下ろしている。揺れず、震えず、ただ月光を滑らせる、秋の名月。

 薄雲を纏って、浮かぶ姿。その色は、何処かシェンナの髪の色に似ていた。


「しかし、明日は何と云って会えばいいのか」


 だから、そんな事を思うのだ。今日はもう会えない。代わりに、明日、張り手の三つくらいは受け止めて、その後、何と言おうかと、そう悩む。





 そんなものは――表面の悩みだけれども。





「…………」


 掌を見つめた。竹刀や木刀を握り締め続けた、堅くて、荒い指と掌。豆は出来た所から破けて、重なった分厚い肌になっている。

 そして、もう片方の手に持っているのは、刀だった。

 対天魔用に作られた、ヒヒイロノカネという物体から収納自在な一振り。現代技術と、解っている限り、アウルの覚醒者に恩恵を与えるように作られたものだ。


 陳腐(ちんぷ)な言い方をすれば、霊剣や妖刀と言った所か。

 すらりと抜いたそれは、白い。白刃も含めて、全て真っ白に染まっている。鍔も柄も、刀身も。


 使い慣れた物だった。少なくとも、二年近く。

 すらりと鞘から抜き放つ。雪のような純白さを誇るそれ。白い刀身が、すぅ、と闇夜に浮かび上がる。

 この剣で、護ると約束した。誓った。

 そして、捧げた。でも、その捧げた相手が消えてしまったのなら、この剣は何を導にすればいいのだろう?

 当麻の剣は、当麻のもの。だから、それを決めるのは己自身だ。それは深く理解している。


 でも、剣を執った理由が、椿を護りたかったからだ。まるで子供のような、本当に子供じみた理由だったけれど、当麻にとってはそれが絶対だったのだ。

 誇るし、誇りたい。あの日、思った願いは、それだけのものがあったと。動機は単純。好きだから。好きな人の笑顔を護りたい。ただそれだけの事。

 天魔に脅かされた世界。いや、そうじゃなくても、きっと守りたいと思っただろう。

 何より大切だから、何より大事なものを捧げた。


 でも、この剣を、どうすれば良いのだろう。時々、そう考えてしまう事がある。

 あの時、もしも久遠ヶ原に行かず、故郷の街に留まっていたら?

 守るといいながら、けれど、その場に居る事が出来なかった。自惚れる気はない。でも、何も出来なかったのは事実。




――捧げた? 





 何も出来なかった癖に。





――好きだから、泣かせない?





 今は、そのコエさえ聞こえないのに。


「……っ…」


 何処に。何処にいるのだろう。

 逢いたい。もう一度言葉を交わしたい。これでよかったのかと、あの時、ああしていればという後悔は止めどなく流れて行く。

 その為にこの剣は捨てられない。あれが天魔の事件というのなら、この天魔を斬る刀は必要だから。

 決して何もしない選択なんて、もうしたくないのだから。


 けれど、一つだけ問いたい。誰かに、応えて欲しい。

 護る為に磨いてきた剣。なのに、護れなかった。

 そんな自分に、意味はあるのだろうか。


「御免なさい……」


 鞘に、するりと滑って収まる刀。するりと落ちた言葉。

 そんな自問自答が、もう椿は死んだのだと自分に言い聞かせているようで、余計に自己嫌悪に陥る。

 そういう当麻は、自分で自分を許せなくなる。




――楽しむのが、許せない?




 ああ、許せない。

 安穏とあの日、事件が起きたと知るまで授業を受けていた自分を。

 今、こうして揺れに揺れる、自分さえ。だって、これからどうすれば良いのか、解らなくなってしまったから。

 探す。探し続ける。でも、その具体的な手段がないのだ。

 あの鈴の音を、もう一度、聞きたい。


 呼んで欲しい。当麻を。絶対、今度こそ駆けつけるから。

 貴女の元に。何を置いても。何を失っても。

 けれど、響いたのは、錆鉄(さびてつ)の軋む音。  

 鉄のドアが、開く。この屋上に。














 先の読めない展開に、人は興奮するのだという。

 ワクワクとかドキドキとか。そんなものは、解らないから実感するのだと。

 それにシェンナは同意する。でも、興奮すると同時に、怖いとも思う筈だ。


 先が解らない。どうすれば良いのかも、どうなるのかさえも、当事者でなければ心躍らせるシチュエーション。

 だから、御免なさいと、扉を開きながら思った。きっと、此処からは先の読めてしまう展開だけで、ベタな事しか出来ないだろうからと。

 こんな屋上に一人でいる当麻の方が悪いのだ。 


 もっと解り難い場所にいれば、シェンナとて諦めが付いた。どうにでもなれ。明日、張り手と共に、幾らでも罵ってやると。

 でも、こんな場所、誰かに見つかるでしょう。誰かに当麻が見つかったら、シェンナの所へと話が流れてくる。

 今日一日、当麻が周った場所は知っている。話として聞こえてしまった。

 当麻の面倒見役になってしまったから、仕方ないのだ。


――海岸にいって、結局、そこも椿さんと一緒にいたって思い出したんだろうね。


 何処もかしこも、一緒に歩いたのだろう。

 そして、泣きそうな顔をしていたと、皆心配するから、シェンナもやはり、心配するのだ。

 泣いているなら、それで良い。でも、それを堪える顔は、見ていて、もっと辛い。


 どうせなら目の前で泣き叫んで欲しいと、そう願うのは、ね、やっぱり我儘?

 胸に響くのだ。泣かない声は。泣きそうな言葉は。

 今もなお、ずっと。


 シェンナがシェンナとして、明日も笑っていたいから。

――御免ね。


 この先は、余りにもベタな展開になる。急激な展開など、何もない。

 ただ、長い雑談があるだけだ。

 そう謝って、ドアを開く。


 誰に謝ったのかも分からない。ただ、そう。

 強いて言うなら。


「御免ね、椿さん」


 貴女を理由付けに使って、シェンナは当麻を笑顔にしたい。

 それは、多分、悪い事なのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※この作品は出版デビューをかけたコンテスト
『エリュシオンライトノベルコンテスト』の最終選考作品です。
コンテスト詳細、そのほかの候補作品は 公式特設ページをご閲覧ください
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ