かくして、二つは語る
「で、あの馬鹿は結局、現れず、か」
そう口にしたのは、六木だった。
場所はシェンナと当麻のクラス。その出し物に、現れていた。
あの一件以来、どうも当麻とシェンナの様子を心配して顏を出す。
シェンナと当麻は高等部だが、六木は大学生だ。キャンパスも違う。だというのに、かなりの頻度でやってくる。
乱雑そうな口調に、軽そうな服装と髪型。
動きや仕草も荒く、一気に飲み干したハーブティーに、不味い、などと口にする。
「面倒見のいい先輩なのか、それとも不良に絡まれたのか解らないわね」
「知らないな。どっちも似たようなものだと俺は思うが」
シェンナの言葉には、鼻で笑って六木は応えた。
まあ、確かにそれも一理ある。ただし、それは体育会系部活のノリで、シェンナの知っているそれとは違うのだが。
「せめて香りぐらい楽しんで欲しいけれど。折角淹れたんだし、ね」
「悪い。女々しい匂いは好きじゃない」
「だったら、来るなと云って良いかしら?」
「そういう訳にもいかないだろう。流石に心配なのは変わらない」
そう口にして笑うと、一番苦いのを頼むと口にする六木。
「全く、男ってどれもこんな感じなのかしら。自分勝手で自己中心的で、かつ、自覚がない」
「それは女もだろう。自分の理屈中心で、自分の視点が大好きで、かつ、自覚がない。何、つまる所、男も女も変わりない。人間ってのは多かれ少なかれ、そんなものだ」
減らず口を、と言いたくなるが、妙に丸め込まれる気がしている。
当麻とこの六木という先輩が決定的に違うのは、経験かもしれない。
当麻の言葉には穴があって、そこを突く事で応酬が成り立つのだが、この六木は、こちらが突くのも見越して口にしている節がある。
現に。
「だったら、身勝手なお節介は辞めたら? 先輩のご厚意は、感謝していますけれどね?」
「それを当麻に言われたら、シェンナ、お前、どう応える?」
「……張り手」
「女の武器だな。涙の後の張り手の方が男にはダメージになるが」
くつくつと喉の奥で笑う六木。からかわれているのが、はっきりと解ってしまう。
「ただな、どうしてもなんだろうさ。あの当麻のアホは」
ならばせめて飲み物で一矢報いようと、一番苦いものとハーブの調合を始めたシェンナに、六木が語りかける。
勿論、他にも客はいる。こんな不良な先輩一人相手にするのは実に不愉快だが、自分が対応しなければいけない気はしている。早く帰って貰わないと、他のお客さんに迷惑だしと。
だから、言うに任せる事にした。
「光が射す、明るい場所。楽しい場所。な、そのせいで失ったものがよりはっきりと見えているんだろうさ。今頃、この道はあの人と通ったな、とか思い出しているんじゃないか」
「…………」
ああ、だろう。だからせめて、シェンナは自分の目の届く範囲に当麻を置いておきたかった。
そうすれば、友達として何かしてあげられると、思ったから。誰かが笑顔でないと、シェンナも嬉しくない。誰かが苦しんでいると解っている時に、無邪気に笑えない。
「一つを失ったんじゃなくて、唯一無二を失った。掛け替えがないのさ、自分と一体化しているように感じる程。だから、繰り返す日々に、痛みを感じるじゃないのかね」
「まるで知ったような口を叩くのね」
「お前らより、歳は上だからな」
「チンピラの癖に説教とは。世も末、ね」
「天使と悪魔が来ているんだ。世も末さ」
「ただ、私に言わせれば男の癖に女々しいわよ。唯一無二、とかさ」
「チンピラでも、男だからそういうのは持つって解るんだけれどな。っと」
「ほら、それ飲んだらさっさとお勘定済ませて出て行きなさい。当麻には、ちゃんと伝言、伝えておくから」
言葉で言い合っても勝てない。そう見るや、カップに並々と注いだモノを出すシェンナ。
注文のレシピにはない。即興のものである。
「掛け替えがないって意味は解るけれど、それに囚われていたらどうするのよ」
「お前も囚われているけどな」
「良いから飲みなさい。そして出て行きない、このチンピラ先輩」
はいはいと云って、六木の口に含まれる液体。
茶色をしていた。深い茶色をしていた。ただ、解説を忘れていたと、シェンナは口にする。
言葉で勝てないなら実力行使。ああ、うん。確かに女も自己中心的だ。張り手より酷いものを出した気がする。
「ターメリック、ナツメグ、シナモン、その他諸々の香辛料、つまりスパイスの大本を調合したもの。名前は、うん。日本では、こう言うでしょう。――カレーは飲み物だって」
刺激臭と共に、噴出される茶色の液体。
驚愕と悲鳴。それを冷たい目で見つつ。
「さて、掃除代として、御代はゼロを一つ付け加えさせて貰うわね。先輩だもの、心広いでしょう?」
実力行使。ああ、なんて良い響きだろう。
シェンナだって、そうだ。そもそも、言葉で何か、伝えられるほど、器用じゃない。
そして、あれもまた、不器用で、そして一途だから。
咽る六木を前に、別の存在が困る顏を思い浮かべて、シェンナは笑った。
久しぶりに、何か、先が見えた気がする。明るいというのは、軽い、という事だろう。それが悪い筈がない。楽になれたのだから。
それでも当麻は何処にも居なかった。此処には来なかった。
どう対応すればいいのか、シェンナは解らない。何と言えばいいのか考え付かない。
笑いながら文化祭を過ごして、時は過ぎる。時間は立って、クラスメイトとお客さんと談笑して、けれど、会話したい相手はいない。
交わしたい、伝えたい想いは胸で蟠った儘、燻って、日はどんどん落ちて行く。
今日という二度とない時間。文化祭の熱。喧騒。どうして、共有出来ないのだろう。
みんなで笑っていたい。楽しいと感じたい。
その為にシェンナがすべき事は。それが見つかない内に、日が暮れる。
夕焼けの教室。赤く染まった地平線の向こう。何が、出来るだろうか。




