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赤色散華 ―金木犀、過去の匂い―  作者: 燕乃
第二章
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かくして、二つは語る



「で、あの馬鹿は結局、現れず、か」


 そう口にしたのは、六木だった。

 場所はシェンナと当麻のクラス。その出し物に、現れていた。

 あの一件以来、どうも当麻とシェンナの様子を心配して顏を出す。


 シェンナと当麻は高等部だが、六木は大学生だ。キャンパスも違う。だというのに、かなりの頻度でやってくる。

 乱雑そうな口調に、軽そうな服装と髪型。

 動きや仕草も荒く、一気に飲み干したハーブティーに、不味い、などと口にする。


「面倒見のいい先輩なのか、それとも不良に絡まれたのか解らないわね」

「知らないな。どっちも似たようなものだと俺は思うが」


 シェンナの言葉には、鼻で笑って六木は応えた。

 まあ、確かにそれも一理ある。ただし、それは体育会系部活のノリで、シェンナの知っているそれとは違うのだが。


「せめて香りぐらい楽しんで欲しいけれど。折角淹れたんだし、ね」

「悪い。女々しい匂いは好きじゃない」


「だったら、来るなと云って良いかしら?」

「そういう訳にもいかないだろう。流石に心配なのは変わらない」


 そう口にして笑うと、一番苦いのを頼むと口にする六木。


「全く、男ってどれもこんな感じなのかしら。自分勝手で自己中心的で、かつ、自覚がない」

「それは女もだろう。自分の理屈中心で、自分の視点が大好きで、かつ、自覚がない。何、つまる所、男も女も変わりない。人間ってのは多かれ少なかれ、そんなものだ」


 減らず口を、と言いたくなるが、妙に丸め込まれる気がしている。

 当麻とこの六木という先輩が決定的に違うのは、経験かもしれない。

 当麻の言葉には穴があって、そこを突く事で応酬が成り立つのだが、この六木は、こちらが突くのも見越して口にしている節がある。

 現に。


「だったら、身勝手なお節介は辞めたら? 先輩のご厚意は、感謝していますけれどね?」

「それを当麻に言われたら、シェンナ、お前、どう応える?」


「……張り手」

「女の武器だな。涙の後の張り手の方が男にはダメージになるが」


 くつくつと喉の奥で笑う六木。からかわれているのが、はっきりと解ってしまう。


「ただな、どうしてもなんだろうさ。あの当麻のアホは」


 ならばせめて飲み物で一矢報いようと、一番苦いものとハーブの調合を始めたシェンナに、六木が語りかける。

 勿論、他にも客はいる。こんな不良な先輩一人相手にするのは実に不愉快だが、自分が対応しなければいけない気はしている。早く帰って貰わないと、他のお客さんに迷惑だしと。

 だから、言うに任せる事にした。


「光が射す、明るい場所。楽しい場所。な、そのせいで失ったものがよりはっきりと見えているんだろうさ。今頃、この道はあの人と通ったな、とか思い出しているんじゃないか」

「…………」


 ああ、だろう。だからせめて、シェンナは自分の目の届く範囲に当麻を置いておきたかった。

 そうすれば、友達として何かしてあげられると、思ったから。誰かが笑顔でないと、シェンナも嬉しくない。誰かが苦しんでいると解っている時に、無邪気に笑えない。


「一つを失ったんじゃなくて、唯一無二を失った。掛け替えがないのさ、自分と一体化しているように感じる程。だから、繰り返す日々に、痛みを感じるじゃないのかね」

「まるで知ったような口を叩くのね」


「お前らより、歳は上だからな」

「チンピラの癖に説教とは。世も末、ね」


「天使と悪魔が来ているんだ。世も末さ」

「ただ、私に言わせれば男の癖に女々しいわよ。唯一無二、とかさ」


「チンピラでも、男だからそういうのは持つって解るんだけれどな。っと」

「ほら、それ飲んだらさっさとお勘定済ませて出て行きなさい。当麻には、ちゃんと伝言、伝えておくから」


 言葉で言い合っても勝てない。そう見るや、カップに並々と注いだモノを出すシェンナ。

 注文のレシピにはない。即興のものである。


「掛け替えがないって意味は解るけれど、それに囚われていたらどうするのよ」

「お前も囚われているけどな」


「良いから飲みなさい。そして出て行きない、このチンピラ先輩」


 はいはいと云って、六木の口に含まれる液体。

 茶色をしていた。深い茶色をしていた。ただ、解説を忘れていたと、シェンナは口にする。

 言葉で勝てないなら実力行使。ああ、うん。確かに女も自己中心的だ。張り手より酷いものを出した気がする。


「ターメリック、ナツメグ、シナモン、その他諸々の香辛料、つまりスパイスの大本を調合したもの。名前は、うん。日本では、こう言うでしょう。――カレーは飲み物だって」


 刺激臭と共に、噴出される茶色の液体。

 驚愕と悲鳴。それを冷たい目で見つつ。


「さて、掃除代として、御代はゼロを一つ付け加えさせて貰うわね。先輩だもの、心広いでしょう?」


 実力行使。ああ、なんて良い響きだろう。

 シェンナだって、そうだ。そもそも、言葉で何か、伝えられるほど、器用じゃない。

 そして、あれもまた、不器用で、そして一途だから。

 咽る六木を前に、別の存在が困る顏を思い浮かべて、シェンナは笑った。

 久しぶりに、何か、先が見えた気がする。明るいというのは、軽い、という事だろう。それが悪い筈がない。楽になれたのだから。








 それでも当麻は何処にも居なかった。此処には来なかった。

 どう対応すればいいのか、シェンナは解らない。何と言えばいいのか考え付かない。

 笑いながら文化祭を過ごして、時は過ぎる。時間は立って、クラスメイトとお客さんと談笑して、けれど、会話したい相手はいない。


 交わしたい、伝えたい想いは胸で(わだかま)った儘、(くすぶ)って、日はどんどん落ちて行く。

 今日という二度とない時間。文化祭の熱。喧騒。どうして、共有出来ないのだろう。


 みんなで笑っていたい。楽しいと感じたい。

 その為にシェンナがすべき事は。それが見つかない内に、日が暮れる。

 夕焼けの教室。赤く染まった地平線の向こう。何が、出来るだろうか。



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※この作品は出版デビューをかけたコンテスト
『エリュシオンライトノベルコンテスト』の最終選考作品です。
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