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赤色散華 ―金木犀、過去の匂い―  作者: 燕乃
第一章
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想い揺らして、言葉並べて

 

 ただ本当に――シェンナは当麻みたいに不器用で真っ直ぐなヒト、見た事なかったから。

 助けたいし応援したいというのは、偽らざる本音。

 淹れた珈琲の熱さで、紛らわしている何かを、知ってはいるけれども。


「良いの、シェンナ」

「ん、何が?」


「んん、いや、シェンナがそれでいいなら良いんだけれど」

「言いたい事は、はっきり言うものよ。全く、これだから。……それは、当麻にも言える事だけれど、ね」


 声を掛けてきたクライメストの女子に、溜息と共にシェンナは零した。

 私はそれで構わない。むしろ、それでいいと思っている。


 当麻の在り方は、なんというか実の所、ああ、成程と思ってしまうのだ。

 見ていて、どうしても応援したくなる部分がある。少年らしくて、なんというか、結局の所、男の子なのだ。


 あの緩んだ思考回路や天然さも含めて。子供の儘だと言い換えても良いだろう。

 やれやれね、と肩に掛かった髪を手で払いながら呟く。


 大方、あの不器用な少年は自分の感情を持て余しているのだろう。

 しかも、理由を解っていない。ちょっと側面を見て、物の視方を変えればすぐに解る事だろうに。

 あれはシェンナを真面目だとか融通がきかないと思っている節がある。が、シェンナに言わせれば、それはお互い様なのだ。


「当麻がどうして、今日、あんなに浮き足立っていたと思う?」

「え、何時もと変わらないと思っていたけれど。何考えているか、ちょっと解らないような」


「割と単純よ、当麻って。顔に出にくいっていうか、出さないようにしているだけで、よくよく見ると解るしね」

「……良く見ているしね、シェンナは当麻君の事」


「当たり前よ、友達だもの。そうね、結局の所、当麻の中って約束が大事なんでしょうね」

「約束?」


「そ。この学園に来る事になった、約束。んー、言って良いのかな」


 当麻にとっての理由。心情。大切なもの。

 それは信頼されているから口にしてくれたものかもしれない。だから、僅かに言葉が鈍った。

 けれど、声は無意識の内に続く。


「女の子をね。幼馴染の。守るって約束してこの学園に来たんだって。今度は絶対に守れるようになるから、その為の力を付けるからって」

「…………」


「それで離れ離れになって、好きなのに、そんなやり方でどうするのよって私も思うけれど、なんでなのかな。当麻にとっては、それが凄く当たり前だったみたい」


 今の自分では出来ないと思ったのかもしれない。

 だから、自分の力を磨き上げる。絶対に守れる男になりたいとか、きっとそんな感じで。

 そしてそれを目標にしている。自分の追い求めるものとして。理想の姿として。

 だからこそ、今日はあんな風だったのだろう。自分に苛立っていたように、シェンナには見えていた。


「約束って、そんなに大事かな?」


 漏れた独白。クラスメイトが、何か言う前に続けてしまう。


「それは、大事だよね。でも、なんとか約束を果たそうとしている姿って、カッコいいとは私は思う訳だけれど。男って、そういう姿を恥ずかしいと思うのかな。求道的で、私は好きだけれど」


 よく解らない。

 見ていて、応援したくなる。そんな不器用な当麻の姿を知っているシェンナは。

 そもそもそういう一途さが、当麻らしいのだから。だから、今日位は約束の事を忘れて欲しいと思うのだ。

 一種の内罰的で、自戒なのかもしれない。けれど、そんなものはいらいない筈だ。


 笑って欲しい。シェンナの周りにいる友人達には。そうあると、シェンナも笑えるから。

 それはごく自然で当たり前の事だと思う。横にいる人が笑っていないのに、どうして自分だけが笑っていられるだろう?

 隣人が苦しんでいて、どうして楽が出来るのだろう?

 幸せな日々を、少しで長く、長く維持したい。辛い日々の続いた後なら、せめてこの祭りの中で二人には笑って欲しい。


「でも、なんていうか、シェンナって、本当に日本の言葉上手いよね。求道、とか、普通は使わないもの」

「まあ、日本が好きだから、留学先に選んだ訳よ。でも、悲しいわね、割と日本のオリジナルティ溢れる文化も言語も、使う人少ない」


「それは、なんていうか、外国の人がカッコいいもん」

「隣の芝生は青い、ね。実際には、隣の柿は渋いかもしれないというのに」


 ようするに、手の届かないものほど綺麗に見える。隣の柿を見て、手が届かないから余計に甘いのではと、ついつい想像してしまうのかもしれない。それは、なんだか子供っぽい。

 あるが儘に、今あるものを受け止めればいいのに。

 素敵だと思う。全てがとは言わないけれど、自分達の傍にあるものは。


「……そういう所が、本当に外国育ちなのかなって思う訳だけれど」

「イギリス人は言葉から、つまり舌から産まれるのよ。……ま、そういう意味では当麻は私の思っていた日本人らしいんだけれどね」


「じゃあ、イギリスの恋愛観は?」

「さあ、それは知らない。人それぞれ、じゃない?」


 そして当麻の好きな椿という少女の事を良く知らないのだけれども。知りたいとも、思うのだけれど。


「私は、どうなんだろうね」


 珈琲を口に含む。熱と、香りと、苦さ。それらで、浮かび上がる何かを誤魔化す。

 オーダーが入る。珈琲のようだ。豆の欠片が入っていると、クレームが逆に評判になったのだろうか。

 文化祭は、まだまだこれからだった。

 流れるダーツが、的を射抜く。










 送り出した少女の想いと揺れを知らないかのように、その瞬間は余りにも静かだった。

 動きださなかったのだから、何も変化は起きない。ただ、ゆるゆると二人にとっての時間を迎えようとしていた。

 言葉があれば揺れたのだろうか。

 掛ける声があれば、少しは違ったのだろうか。


 ただ何の誤魔化しもなく、二人は出逢う。一人の少女は珈琲で揺れる気持ちを誤魔化している儘に。

 それでも、それは幸せな時だったのだろう。

 二人にとっては、どうしようもなく満ちた時間。足りない、足りないと、つい笑ってしまうような。

 求めるからこそ、微笑んでしまう。優しい、ひととき。


 誰にも、奪わせたくない。誰にも、邪魔されたくない。

 二人だけの、時間を。

 そうして、中庭へと動く。人の波に逆らい、気付けば速足になる程に、胸を高鳴らせて。





――もうすぐ、逢えるのだと。静かな期待と高揚があった。 





 そして待ち合わせの時間より、十分ほど前。

 先に携帯のメールで打ち合わせて知らせていた校庭。様々の音が飛び交うその場で、逆に目立ってしまう程に物静かな佇まいで、一人の少女が佇んでいた。

 この学園の生徒ではない。制服ではなく私服。この学園に慣れても馴染めてもいない。

 周囲と異なる一点の色彩として、ひとり居た。樹木の横で、走るように流れる人達から距離を取って立ち続けている。


 橙色のワンピースを着たその少女は、空ばかりを見ていた。

 釣られて見上げれば、壊れた硝子玉のような月があった。真っ二つに割れてしまった半円。淡い白は砕けた円盤の跡を晒している。

 満ちる気配は、遠く。むしろ、今から消えてしまいそうな程だ。


 けれど、それを見つめる少女の茶色の瞳には温もりがある。何かを待っているような。

 何処か繊細な少女だった。華やかさはないが、綺麗な人だった。落ち着いた雰囲気のせいかもしれない。

 そして、また見ない間に綺麗になったんだと、当麻の胸が抉られた気がした。


 嬉しさと、ナニカで。嫉妬のような、後悔のような。綺麗になっていく日々を、見れなかったのだと。

 けれど、抉られた穴から湧き上ってくるのは安堵と嬉しさだった。

 彼女を見れたというだけで、笑みが零れていた。


「椿さん、お待たせしました」


 だから、名を呼ぶ。それに、首を傾げるように視線を送り、くすりと椿は笑った。 

 黒い髪と、そこに結わえた鈴を鳴らして。


「待っていたよ。もう少し、早く来てくれるかなって思ったけれど、それは我儘だったかな」

「ええ。だって、まだ十分前ですよ。何時からいたんですか?」


「教えません。教えたら、きっと君は、私より早く来るようになるから。待つのは、私の特権にさせて欲しいの」

「相変わらず、ですね」


「だね。お互い相変わらずだね――久しぶりなのに、全然そんな気がしない」


 くすくすと笑い、肩に欠けていたショールを右手だけで羽織りなおす椿。

 故郷の幼馴染で、二つ年上の先輩。憧れの人で、今は、互いに想いを寄せる人。


 椿の容姿と雰囲気は物静かで繊細だった。

 整った顔立ちは人形のように綺麗。なにの何処となく優しさを感じる。


 けれど瞳の奥には凛とした意志がある。美しさではなく、その意志と心に惹かれたのだと、当麻も今も理解していた。

 憧れて、背を追いかけて。そして、多分、似てしまった二人。交じり合うように。


「歩こうか。折角の文化祭だもの、君の通う学校、紹介して?」

「良いですけれど、きっと面白くないですよ? ただ騒がしいだけで、雑音も酷い。……それを楽しいというのかもしれませんけれど」


「そうやって皮肉や理屈を付けるのも変わらないね。背は私より伸びたのに、ずっと変わらない」


 そう口にしながら、椿は当麻の横に並ぶ。それがごく自然のように伸びた手は、結ばれる寸前で躊躇って空を泳いだ。けれど一瞬触れれば、指を絡めるように握られた。

 堅い感触だった。二人の掌と指は、剣を振るい続けた者特有の堅い皮膚で覆われていた。

 椿のは少し柔らかいけれど。それは、もう今は振っていないという証でもあったから。


「じゃあ、君が楽しいと思える場所だけを案内してくれるかな。君の友達とか、会ってみたいかも」

「僕が楽しいと思える場所だけじゃなくて、ちゃんと椿さんの行きたい場所は全て連れて案内しますよ」


「うん。そうして。だから、パンフレット、貰ったけれど捨てちゃった」

「捨てたって……地図も乗っているんですよ? この学園、馬鹿みたいに大きいんですから、帰る時、迷いますよ?」


 ううん、と首を振る椿。憂いなどなく、それが当然であるかのように。

 ちりん、と鈴が音を立てる。


「君が、帰りを送ってくれるように、って地図ごと捨てたんですよ?」

「それはまた、相変わらず……」


 見た目とは裏腹の決断力。逆らえない状況を作られてしまう。

 それが可笑しくて、他愛のない、あの頃の儘なのだと感じてしまう。だから、二人してくすくすと笑ってしまった。

 回りから見て可笑しい二人に見えただろうか。いや、もう構わない。


 この日だけは、良い。そう当麻は思う事にした。全て、構わない。椿と一緒にいて、傍にいれるなら。

 当麻の手を握る、椿の左指の力は、相変わらず弱い儘だった。もう強引に引っ張られる事を、椿は出来ないのだろう。それだけが、悲しかったけれど。

 もう二度と、まともに動かない手。その弱さを渡してくれた。当麻になら見せて、預けて、大丈夫だと。


――守って、くれるんだよね。


 そう、視線が囁いていた。

 寄せられるその感情が、嬉しかった。


「変わらない二人ですね、本当に。いえ、少しは変わりたい部分もあるんですけれど」

「どうして?」


「どうしてだと、思います?」


 妙に暖かな鼓動。言葉は、するりと出る。

 一年ぶりの再会だったから、照れなどなかった。ただ思いを声にして、伝えたかった。


「約束しましたから。まだ、それには届きません。二度と泣かせない位に、強くなりたい」

「…………」


「好きだから――迎えにいけるぐらいには、強くなりたいですよ」


 ずっと待たせている。だから、少しでも早く、早く。強くなりたいと思うのだ。

 時は無限ではないと、もう知っているから。


「そうですね。私の方が剣の腕はまだまだ上でしょうし」

「言いますね。でも、だからこそ、追いかけさせて貰いますよ……好きですから」


「うん、私も好き。泣かせないんでしょう?」

「ええ、泣かせません。もう二度と、貴女の顔を曇らせたくない」


「――さらりとそんな事を云っていて、恥ずかしくならないのかな。君は」

「……? どうしてですか?」


 くすくすと笑う。

 昔から椿は自分論理を貫く人だ。だから、一度言えば聞かないし、こちらの都合はお構いなしになる。

 それで振り回された事も一度や二度ではない。儚い外見に似合わず、お茶目で行動力があるのだから。


「けれど、まだ、待っているから。約束はずっと信じているから」


 だから、今は。


「ね、君の日常を見せて。君がどうやって過ごしているかとか、色々、教えて」

「勿論です」


「信じているから。ただ、今日は笑おう。ずっと、日が落ちるまで」


 それまではずっと傍にいたい。せめて、この太陽が見守っている間だけは。


「ええ。だから、そうですね。まずはうちのクラスを紹介しますよ。色々と面倒を見てくれる人が、会いたいって言っていましたしね。後は、お気に入りの場所とか」

「どうせ静かな場所、でしょう?」


「でも、椿さんも気に入りますよ」


 貴女の事は知っている。変わってないのも、感じているから。

 揺れる秋風。空は青く、高く、澄み渡っている。

 何処までも続いていそうな空。できれば、太陽が地平の向こうに沈むのを遅らせて欲しいと、そんな願いを掛けてしまった。


 だからと歩き出す。

 時間は待ってくれないのだから。

 この道は、ずっと繋がっていると、疑う事なんてなかった。続いていて当然なのだと。

 何が楽しいのか。口ずさむ椿の顔を見ているだけで、全身の力で抜けてしまったような、不思議な安心感を覚えてしまう。


 太陽は降り注いでいた。

 月も薄い白さで浮かんでいた。

 そして、愛している人もいた。

 それをまだ幼いとか、子供のそれだと、言わせたくはない。


「ね、何時か。待つのは未だに私の特権だけれど、それも全て奪ってくれるかな?」

 そう口にする椿の鈴が、ちりんと音を立てる。

――好きですよ。

 何度、そう言っても仕方ない。キリがない。

 だから、その手を握り締める。

 それだけで伝わるし、それ以外では伝わらないものもあるから。

 彼女の髪から、金木犀の香りがした。

 瞼を閉じる。



 幸せなこの瞬間は忘れないし、忘れられる訳がない。

 泡沫の夢と、決してさせない記憶だった。

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