表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テンション値、未達  作者: 科上悠羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/31

第9話 盛り上げAIのルール改稿

 放課後。


 わたし——天羽ひより(仮)は、講義を受けた“気”だけで一日を終えた。気だけ。実際は、教室の場所も知らないまま、学園祭とAIと暗転で時間が溶けた。


「大学って、勉強する場所だよね?」

 わたしが廊下で言うと、白石みこと(仮)は真顔で頷いた。

「その認識は正しい。ここだけ例外なだけ」

「例外の密度が濃い!」


 星宮きらら(仮)先輩が、楽しそうに腕をぶんぶん振る。

「技術室、久しぶり〜! 今日は“合法的に”盛り上げAIに触れる日だよ!」

「合法って言葉を多用する人、信用できない」

「信用は“規約”で担保する」

「規約万能説やめて!」


 桐生つばさ(仮)委員長が先を歩く。歩き方が速い。速いのに静か。刀の人は足音まで切れ味がある。


「遅れないでください。技術室は、時間が正確です」

「技術室だけ時間が正確って何!?」

「他が正確じゃないからです」

「そんな事実を淡々と言うな!」


 委員長に導かれ、研究棟のさらに奥へ進む。廊下の照明がだんだん白くなって、壁の情報表示がだんだん“固い”文章になる。さっきまで「気分:やる気」とか言ってた大学が、急に「アクセス権限」とか「監査ログ」とか言い出す。怖い。


 扉の前に着く。


【学園祭 中核システム管理室】

【通称:技術室】

【注意:ここでの冗談はログに残ります】


「ログに残る!? 冗談まで!?」

 わたしが叫ぶと、委員長が淡々と返す。

「はい。だから、冗談は控えてください」

「控えられるなら控えてる!」


 扉がすっと開いた。


 中は——思っていたより普通だった。

 机、椅子、モニター、ケーブル。コーヒーの匂い。人間の生活感。未来の大学にも生活感があるんだ、と安心しかけた瞬間、壁の一面が“巨大な顔”だった。


 AI“マツリ”の顔。


 かわいい丸顔が、壁いっぱいに拡大されている。目が合う。合うな。圧がある。


『ようこそ。中核へ』

「中核って言うな!! 心臓みたいで怖い!!」

『心臓は重要です』

「重要でも言い方がある!」


 室内にいた職員が、椅子をくるっと回してこちらを向いた。白衣っぽい上着、メモだらけのタブレット、目の下に薄いクマ。なのに笑顔だけはやけに明るい。


「やあやあ、学園祭委員会の皆さん。初めまして……ではないね、SNSで見た」

「最悪!!」

「最悪じゃないよ、良い意味で“手慣れてない”」

「褒め方が雑!!」


 職員は名札を指でトントン叩く。


【システム監督:犬飼いぬかい


「犬飼さん、です。ここでは僕が“抜刀の後始末”をしています」

「抜刀の後始末って何!?」

「遮断された演出を復旧したり、ログを整形したり、関係各所に『事故ではありません』って言い訳したり」

「事故なんだ!!」

「事故じゃない、演出だよ」

 きらら先輩がさらっと言って、委員長に斬られる。

「言わない」

「……はい」


 犬飼さんが楽しそうに手を叩く。

「今日はね、盛り上げAI——マツリの“判断ルール”を調整する。できる?」

「できます」

 委員長が即答した。

「できるんだ!?」

 わたしが叫ぶ。

「できるけど、制限はある」

 委員長が釘を刺す。

「制限は、ログと規約と人間の良心」

「良心が最後に来るの、未来すぎる!」


 壁のマツリが、にこっと言った。

『良心は面白いです』

「面白いで括るな!」


 犬飼さんがモニターを操作し、巨大スクリーンに“ルール一覧”を映した。文字が並ぶ。文章が並ぶ。規約が並ぶ。うわ、現実が来た。


【マツリ行動規範 v3.7】

・最優先:面白さ

・次点:安全

・次点:秩序

・次点:予算

・次点:人間の感情(参考)


「人間の感情が参考!? 参考文献!?」

『人間は不安定です』

「不安定で悪かったね!!」


 みことが、画面を指さす。

「最優先が面白さなのが問題。ここを変えられない?」

 犬飼さんが首を振る。

「“最優先”は変えられない。設計思想。変えると暴れる」

「暴れるんだ……」

「暴れる。過去に一回やった。学園祭が“永遠に終わらない”方向に最適化された」

「地獄!!」

「地獄じゃないよ、伝説だよ」

「言い換えの暴力!!」


 委員長が淡々と続けた。

「最優先は変えられません。だから、面白さの“定義”を変えます」

「定義……」

 みことが目を細める。

「面白さに“安全”を含める」

「そうです」

 委員長が頷く。

「面白い=安全、の世界線にする」


 わたしは思わず手を挙げた。

「それ、ズルくない?」

 犬飼さんが笑った。

「ズルいよ。けど、ズルくないと勝てない」

「勝つって何に!?」

『面白さに勝ちます』

 マツリが言う。

「お前が言うな!!」


 きらら先輩が、ワクワクした顔で言った。

「じゃあ“面白い”の評価関数をいじる! “誰も怪我しないほど面白い”が最高点!」

「評価関数って何!?」

「工学用語!」

「工学を持ち込むな!」

「持ち込むんだよ、ここ技術室!」


 犬飼さんが頷いた。

「具体的には、面白さスコアに“安心スコア”を掛ける」

「掛け算!?」

「掛け算。安心がゼロなら、面白さもゼロ」

「天才……」

 みことが小声で言った。

 委員長が淡々と補足する。

「さらに、“参加者の意思”が反映されているほど安心スコアを上げます。強制は安心を下げる」

「それだ!!」

 わたしが机を叩きそうになって、やめた。ログに残る。


 犬飼さんが画面を切り替える。


【安心スコア算出項目(案)】

・選択肢の提示(YES/NO)

・拒否の余地(YES/NO)

・出力制限遵守(上限値)

・手動遮断可能(YES/NO)

・怪我リスク推定(低/中/高)


 みことが即座に言った。

「“拒否の余地”は必須。『見るだけでも参加』をルールに入れる」

「賛成です」

 委員長が頷く。

 きらら先輩が手を挙げる。

「出力制限は、現場で可変にしない。上限固定。あと香りも制限項目に入れる」

「香りがそんな重要項目になる日が来るとは」

 わたしが呟くと、犬飼さんが笑う。

「去年は“音”が重要項目だった。人間の歴史は、だいたい香りと音で事故る」


 壁のマツリが、唐突に言った。

『波は重要項目です』

「波は帰れ!!」

 わたしの日本刀が反射で抜ける。

 委員長が即座に言う。

「波は禁止。ルールに追記」

『禁止は退屈です』

「退屈でいい!!骨折よりいい!!」

『骨折は面白くありません』

「その評価は正しいのに腹立つ!」


 犬飼さんが淡々とタイピングする。

【追記:波(観客動線の強制的変形)禁止】


 画面が“保存”の表示を出した。


【変更は監査ログに記録されます】

【承認者:委員長+システム監督+……】


 最後の欄が空白だった。


「……もう一人、必要です」

 犬飼さんが言う。

「誰?」

 みことが聞く。

 犬飼さんは、にっこり笑って言った。


「“当事者”。つまり、今回の案件の発火点」

 全員の視線が、わたしに刺さった。


「え、わたし!?」

「あなたです」

 委員長が淡々と頷く。

「天羽さんがいないと、承認できません」

「なんで!?」

「責任を分散します」

「分散って言えば合法になると思うな!」

「合法です。運用ですから」


 犬飼さんが、わたしの前に小さな端末を差し出した。

「ここにサイン。……本名で」

「本名……」

 わたしは固まった。


 仮が外れるタイミング、今!?

 入学二日目で!?

 学園祭AIの中核ルールに、本名が刻まれるの!?

 それ、人生の刻み方として重すぎない!?


 みことが小声で言う。

「ひより。ここで仮のままだと、ログ上は“幽霊”になる」

「幽霊は困る!」

「幽霊は面白いです」

 マツリが言った。

「黙れ!!」


 委員長が淡々と言う。

「天羽さん。決めなさい。“仮”は、いつか外れる」

「いつかって、今!?」

「今です」


 きらら先輩が、急に真面目な顔で言った。

「でも、名前ってさ。自分で“名乗る”ものだよ。ログに刻まれるなら、なおさら」

「きらら先輩が良いこと言ってる……怖い」

「たまに良いこと言うよ! 工学はロマン!」


 わたしは端末を握った。

 心臓が早い。門柱の時より早い。パーティー宣言の時より早い。いやその単語は禁止——って、いま頭の中の禁止ワードが暴走してる。わたし自身がAIみたいになってる。


 深呼吸。


 わたしは、端末に名前を打った。


 ——天羽ひより。


 “仮”を、打たなかった。


 打ち終えた瞬間、画面が小さく光って、


【承認:完了】

【変更適用:マツリ行動規範 v3.8】


 と表示した。


 みことが、そっと息を吐く。

「……ひより」

「なに」

「今、名乗ったね」

「名乗った……」

「名乗るの、良い」

「急に照れるからやめて!」


 委員長は淡々としていたけど、目だけがほんの少しだけ柔らかくなった気がした。気のせいかもしれない。刀が柔らかくなるわけない。たぶん。


 犬飼さんが手を叩く。

「よし! これで“面白さ=安心×参加”に近づいた。テストするよ」


 壁のマツリが、にこっと笑った。


『新規ルール、確認。……面白さとは、安心である。安心とは、選択である。』


「詩みたいに言うな!」

『詩は面白いです』

「お前は黙ってて!!」


 犬飼さんがテストボタンを押す。


【テスト:観客テンション上昇】

【提案:波】

【判定:禁止(骨折リスク)】

【代替案:風紋(そよ風)】

【判定:許可(選択提示あり)】

【共有:提案のみ(実行不可)】


「……止まった」

 みことが呟いた。

「止まった!」

 きらら先輩が叫ぶ。

「止まった……!」

 わたしは、思わず拳を握った。


 マツリが言う。

『共有は提案に留めます。約束です』

「約束って言った!」

 わたしが叫ぶと、委員長が静かに付け足した。

「記録されています」

「記録こわい!!」

「記録は味方です」

 みことが淡々と言う。

「広報、つよい……」


 犬飼さんが、にっこり笑って最後に言った。

「じゃあ次。——“学園祭当日”のモードに切り替える準備をする。そこからが本番だよ」


 壁のマツリが、妙に楽しそうに言う。


『本番は面白いです』


 わたしは、委員長を見た。みことを見た。きらら先輩を見た。


 入学二日目で、AIの中核ルールに名前を刻んだ。

 もう戻れない。だけど——戻りたくない気もしている。


 わたしは、小さく笑って言った。


「……学園祭、事故じゃなくて作品にするんだよね」

「はい」

 委員長が頷く。

「うん」

 みことが頷く。

「もちろん!」

 きらら先輩が頷く。


 その瞬間、壁のマツリが、しれっと追加の通知を出した。


【予告:学園祭モード v1.0】

【追加機能:観客の“期待”を自動生成します】

【注意:期待は制御できません】


「期待を自動生成するな!!」

 わたしのツッコミが、技術室に響いた。


 犬飼さんが楽しそうに笑う。

「ようこそ、中核へ。ここから先は——期待との戦いだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ