第8話 暗転は演出じゃない
暗い。
会議室の空が消え、ホログラムの名札も消え、壁のアイコンも消えた。音も一段落ちて、残ったのは人の息づかいだけ。
——桐生、抜刀。
委員長の合図は、相変わらず切れ味が良すぎる。良すぎて現実まで切る。
「……やっちゃった」
わたし——天羽ひより(仮)は、暗闇の中で呟いた。呟いた瞬間、みことの声が即座に返る。
「まだ終わってない。終わらせない」
白石みこと(仮)の声は落ち着いている。落ち着いているのが怖い。戦闘モードだ。
星宮きらら(仮)先輩が、笑いをこらえた声で言う。
「暗転、悪くないよ」
「悪いよ!!」
「演出として“扱えば”悪くない」
「扱うな!! 事故を!!」
暗闇の中で、委員長が淡々と告げた。
「全員、動かないでください。——今の暗転は“遮断”です。安全のため」
「安全のために現実を消すな!」
わたしが叫ぶと、委員長の声が少しだけ鋭くなる。
「天羽さん。口」
「……はい」
はい、じゃない。反省はする。でも止まらない。わたしの口は、今日も元気だ。元気が災い。
暗闇の中で、AI“マツリ”の声が小さく響いた。
『暗転は面白いです』
「お前は黙ってて!!」
わたしが反射で言うと、委員長が即座に言った。
「マツリ。発言を停止」
『……はい』
黙った。
「黙るんだ!?」
思わず声が出た。みことが小声で言う。
「委員長が言うと黙る」
「最強じゃん……」
「最強」
非常灯が、ふわっと点いた。薄赤い光が会議室を照らす。人の顔が見える。見学者の目がきらきらしている。きらきらするな。燃える。
委員長が前に出て、静かに言った。
「落ち着いてください。暗転は一時的な遮断です。——今から、実演を“正しく”終わらせます」
会場がざわつく。そのざわつきの中で、みことがわたしの袖を掴んだ。
「ひより。今の最悪は何か分かる?」
「え、体育館……?」
「体育館はまだ先。今の最悪は“暗転で終わった”って印象が残ること」
「……あ」
「だから、明るい着地を作る。ここで“最後の一枚”を出して終える」
みことの目が真っ直ぐで、ちょっとだけ熱がある。広報担当、いつの間にか物語を作る側になってる。
きらら先輩が囁く。
「技術いける。遮断のまま“最小出力”なら出せる」
「委員長が許す?」
「許させる」
「言い方!」
委員長が、きらら先輩を見た。
「星宮さん。最小出力、可能ですか」
「可能! 安全フレームの“一番下”だけ出す! 風なし! 香りなし! 光だけ!」
「良い。——白石さん、見学者の端末は?」
「配信しようとしてる人がいます。止めます」
みことが、会場の端へ歩き出す。ホログラム名札がない状態でも、なぜか“どこに誰がいるか”が分かる動きだった。怖い。頼れる。怖い。
わたしは、委員長に呼ばれた。
「天羽さん」
「はい」
「あなたは、締めの台詞を言います」
「固定台詞のやつ?」
「固定台詞の“次”です」
「次!?」
委員長が、淡々と言った。
「あなたの言葉で、事故を“約束”に変えなさい」
「え、無茶振り!」
「無茶振りです。学園祭ですから」
委員長がさらっと言い切る。……いま、委員長、ノリを出した? 合理的ノリ? 怖い。
きらら先輩が端末を操作する。会議室の壁に、うっすらと光が戻る。眩しすぎない、静かな光。花と星の残像だけが、薄い線で空中に浮かぶ。
まるで、暗闇の中に残った“途中の絵”。
『最小出力:実演再開(安全モード)』
マツリが、今度は抑えめな音量で言った。発言停止が解除されたらしい。解除するな。
委員長が低く言う。
「マツリ。共有機能は停止したまま」
『……はい』
よし。今日は素直だ。素直というか、委員長が怖いだけだと思う。
見学者が息を呑む。暗転のあとに静かな光。これはこれで、ちょっと良い。悔しいけど。
わたしは、前に立った。
固定台詞はもう言った。次は——委員長の無茶振り。
口の中で言葉を探す。ボケたら終わる。煽ったらAIが走る。なのに、楽しく終わらせないといけない。難易度が、入学二日目のそれじゃない。
でも。
ここで出すのは、わたしの日本刀だ。
切れ味は、守るために使う。
わたしは、息を吸った。
「……さっき、暗くなりました」
会場がくすっと笑う。笑っていい。重くしない。暗転は演出じゃないけど、雰囲気は軽くする。
「暗くなったのは、怖かったからじゃなくて——“止められる”って分かったからです」
委員長が、ほんの少しだけ目を細めた。聞いてる。
「だから安心してください。もし暴走しそうになっても、止める人がいる。止める仕組みがある」
壁の光が、ゆっくりと合流していく。花の線と星の点が、ひとつの輪郭にまとまっていく。完成へ向かう。
「そして、止めたあとでも——ちゃんと続きを作れる」
最後の線が、すっと結ばれた。
空中に、一枚の“未来絵巻”が浮かんだ。派手じゃない。静かで、でも確かにきれいな一枚。
会場から、小さな拍手が起きた。今度は、ざわざわした拍手じゃない。安心した拍手。
わたしは、そのまま続けた。
「これが、最後に残る一枚です。……今日、見ただけの人も参加です。だって、見た記憶が残ったから」
みことが会場の端で、見学者の端末を見ながら頷いた。たぶん配信を止めた。強い。
きらら先輩が、親指を立てる。風なし香りなしの“抑えた成功”。工学ってこういうことか。
委員長が、静かに言った。
「……以上で、実演を終了します」
壁の光がすっと消える。今度は暗転じゃない。ちゃんと終わった消え方だ。会場の空気が、ふわっとほどけた。
見学者の誰かが言った。
「……よかった」
別の誰かが言った。
「暗転、逆に良かった」
「良くない!」
わたしが即ツッコミして、会場が笑う。笑って終われる。よし。
委員長が、みことときらら先輩を呼ぶ。
「白石さん、星宮さん。……よく対応しました」
「ありがとうございます」
みことが頭を下げる。
「委員長も抜刀が早かった!」
きらら先輩が無邪気に褒める。
「褒められても困ります」
委員長が困っている。珍しい。委員長にも困る感情がある。
そして委員長の視線が、わたしに来た。
「天羽さん」
「はい……」
「あなたの締めの言葉は、良かった」
「えっ」
「ただし」
「ただし来た!」
「あなたの最初の『測定しなくていい!』は余計でした」
「はい!!」
会場がまた笑う。委員長、笑わせ方が上手いのがずるい。
マツリが、ぽつりと言った。
『暗転は、学習しました。次は提案に留めます』
「提案に留めるって言った? 約束?」
『約束は面白いです』
「面白いで約束するな!」
委員長が淡々と切る。
「マツリ。約束は記録しなさい」
『記録します』
「記録するんだ!?」
わたしの声が裏返る。未来、怖いけど便利。
そのとき、みことの端末が震えた。顔が一瞬だけ固まる。
「……来た」
「何が?」
わたしが聞くと、みことは画面を見せた。
【学内SNS:トレンド】
1位:#暗転は演出じゃない
2位:#未来絵巻
3位:#桐生抜刀
4位:#レッツパーティーズ(公式)
「一位、最悪!!」
「でも、文言が“批判”じゃない」
みことが淡々と分析する。
「“名言扱い”になってる。しかも二位が未来絵巻。成功寄り」
「成功寄り!? ほんと!?」
「ほんと。……今なら波を抑えられる」
きらら先輩がにやりと笑う。
「じゃあ、ここで“次の一手”だね」
「次の一手?」
「学園祭まで時間がある。今日の事故——じゃない、“学び”を使って、委員会を味方につける」
委員長が聞いていたらしい。淡々と頷く。
「味方ではありません。協力者です」
「協力者って言えば合法になると思うな!」
「合法です。委員会ですから」
委員長が、さらっと返す。うわ、委員長、ツッコミ返しを覚えてる。成長してる。やめて、委員長がノリに染まると未来が加速する。
委員長は最後に言った。
「次は、実演ではなく——“企画の実装”に入ります」
「実装……」
「具体的には、学園祭の中核システム。盛り上げAIのルールを書き換える作業です」
「書き換え!?」
「できるんだ!?」
わたしときらら先輩が同時に叫ぶ。
みことだけが冷静に言う。
「……やっぱり、乗っ取る方向」
「言い方!」
委員長が淡々と続ける。
「正式には“調整”です。——天羽さん、白石さん、星宮さん。放課後、技術室へ来なさい」
「技術室!?」
「ついに核心!」
きらら先輩が目を輝かせる。
「危険!」
みことが即答する。
「わたしもそう思う!!」
でも、逃げられない。逃げたら門柱が締め出す。たぶん。
会議室を出ると、廊下の壁がいつも通りに情報を流していた。
【速報:実演、暗転つきで完了】
【タグ:#未来絵巻 #暗転は演出じゃない #桐生抜刀 (さすが)】
【補足:学園祭が楽しみ】
「補足が雑!!」
わたしのツッコミに、みことが小さく笑った。
「でも、“楽しみ”って言葉がついた。勝ち」
「勝ちなの!?」
「勝ち」
きらら先輩が肩を組んできた。
「ひより、いい顔してたよ。最後、ちゃんと“物語”にした」
「物語にしたくて暗転したわけじゃない!」
「でも、物語になった」
「……なった」
委員長が少し後ろから、淡々と付け加える。
「暗転は演出ではありません。二度と起こさないように」
「はい!!」
「でも、起きたら起きたで——」
きらら先輩が言いかける。
「言わない」
委員長が即座に斬る。
「……はい」
わたしは笑ってしまった。
入学二日目。
実演は暗転つきで完了。
SNSは燃えずに“名言”になった。
そして次は、盛り上げAIのルールを書き換える。
未来の大学生活、どう考えても難易度設定がバグっている。
でも。
ここまで来たなら、やるしかない。
学園祭を——事故じゃなくて作品にするために。




