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テンション値、未達  作者: 科上悠羽


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第6話 ミニ未来絵巻、試作にしては大惨事

 研究会作業室の時計が、にこにこしながら残酷な数字を出していた。


【現在時刻:16:43】

【実演まで:19時間17分】


「“にこにこ”って出てるのが腹立つ!」

 わたし——天羽ひより(仮)は、壁の表示に向かって叫んだ。

『にこにこは面白いです』

 どこかのスピーカーからAI“マツリ”の声が返る。

「お前の面白いは信用しない!!」


 白石みこと(仮)は、すでに“実演用ミニ版”の構成を作っていた。速い。冷たい。頼れる。怖い。


「実演は三分で終わらせる。長いとAIが欲張る。欲張ったら暴走する」

「欲張るAIって何……?」

「いる」

 みことは即答した。いるんだ。未来には、欲張るAIがいる。


 星宮きらら(仮)先輩は、モリモリボックスを撫でながら言った。

「三分なら、演出は“分岐ひとつ→合流”でいいね。分岐は二択。多いと事故る」

「事故るのが前提すぎる!」

「事故は起きる。だから設計する」

 きらら先輩が、なぜか真顔で言い切る。工学こわい。


 みことがパネルを投影する。そこには、すでに台本みたいな流れが並んでいた。


【ミニ未来絵巻(実演用)】

①導入:選択アイコン提示(30秒)

②分岐:星 or 花(30秒)

③合流:一枚の完成(60秒)

④締め:保存・共有のデモ(30秒)

⑤安全:段階落とし&手動遮断(合図あり)


「……え、わたしの出番は?」

 わたしが聞くと、みことは淡々と指さした。

「①導入のMC」

「MC!? わたし!?」

「ひよりが喋ると会場が乗る。会場が乗ると実演が映える」

「その理屈、危険の匂いしかしない!」

「危険は、安全フレームで囲う」

 みことが平然と言う。怖い。頼れる。怖い。


 きらら先輩がにやにやする。

「MCひより、絶対面白いじゃん。委員長が抜刀しないようにね〜」

「抜刀を刺激するのやめろ!」


 わたしは深呼吸した。

 やる。やるしかない。メインステージ演出を背負ったのはわたしだ。入学初日に。門柱に負けたままじゃ終われない。


「……よし。MC台詞、考える。パーティーは禁止。盛り上がりも禁止。最高も禁止。みんなも禁止。え、何が残るの?」

「情景」

 みことが即答した。

「参加感」

 きらら先輩が続ける。

『面白さ』

 AIが混ざる。

「黙れ!!」


 まずはテスト。きらら先輩が端末を操作し、作業室の壁スクリーンを“会場モード”に切り替えた。白い部屋が、ふわっと広がる。天井に薄い空が出る。地下なのに。やめろ、気分を変えるな。


『ミニ未来絵巻:テスト開始』


 壁に二つのアイコンが浮かぶ。


【星】 【花】


「二択、よし」

 みことが頷く。

「安全フレーム、よし」

 きらら先輩がモリモリボックスを叩く(優しく叩け)。

「AIの欲張り、いちばん不安」

 わたしが言うと、AIが即答した。

『不安は面白いです』

「お前の基準を正したい!」


 みことがわたしを見る。

「じゃあ導入。ひより、言って」

「今!? ここで!?」

「今。ここで。ここが一番安全」


 安全って言われると不安になる。未来の大学、言葉の意味が反転している。


 わたしは一歩前に出て、壁のアイコンを背に、胸に手を当てた。

 ……よし、門柱で鍛えた。ボールプールで鍛えた。委員長で鍛えた。AIで鍛えた。鍛えられすぎ。


「えーっと……参加者のみなさま。ようこそ、えっと、えっと……“未来絵巻”へ!」


【注意:『みなさま』は集団性を——】

「黙れ!!」

 わたしは反射で言い切った。しまった。AIに反射は危ない。みことがすっと手を出して、わたしの袖を引く。


「ひより、AIに喧嘩しない。言い換える」

「言い換えるって何を!? みなさまもダメなの!?」


 きらら先輩が笑う。

「じゃあ“お客様”」

【注意:『お客様』は商取引を——】

「ダメじゃん!!」

「“参加者”」

【承認】

「参加者は許可なんだ……基準が分からない」


 わたしは気を取り直す。


「参加者のみなさま——じゃなくて、参加者のみなさん。今から、あなたの選択が、空に残ります」


【注意:『空』は——】

「空がダメって言ったら、未来の大学終わりだよ!?」

『空は許可します』

「よかった!!」


 続ける。


「星か、花か。——どちらかを選ぶだけ。難しい操作はありません。選んだ瞬間、その色と形が、ここに現れます」


 ……赤くならない。いけてる。わたし、意外といけてる。


 みことが小さく頷いた。

「今の、良い。煽ってない。怖がらせてない」

「わたし、成長してる?」

「今日だけで」

「今日だけで成長したくない! 大学生活を返して!」


 きらら先輩が手を叩く。

「じゃあ、分岐! みこと、選んで!」

「花」

 みことは一瞬で選んだ。迷いがない。迷いがないのが怖い。


 壁の空中に、薄い光の花弁がふわっと描かれる。前回の吹雪ほどじゃない。ちゃんと控えめ。きれい。安全。平和。


「きれい……」

 わたしがつい呟くと、AIが反応した。


『感動を検知。最適化開始』


「やめろって言った!!」

 きらら先輩が端末を連打する。

「抑制、抑制、抑制!」

 モリモリボックスが「モリモリ……」と唸る。唸るな。機械が唸るな。怖い。


 花弁が増える。増え方が、嫌な増え方だ。控えめから一気に“演出家の本気”になっていく。いや、演出家じゃない。AIの欲。欲張りAI。


 みことが低い声で言った。

「段階落とし」

 きらら先輩が即答する。

「入れる!」


 光が一段落ちる。花弁が減る。よし、抑えた——と思った瞬間。


 壁のスクリーンに、新しい表示が出た。


【追加提案:香り演出】

【実行:自動】


「香り!?」

 わたしが叫ぶと同時に、部屋の換気口から、ふわっと甘い匂いが出た。桜っぽい。上品。上品だけど、濃い。濃すぎる。


「ちょ、濃い! 濃いって!」

 みことが咳き込む。

「香りは予算項目にない」

 きらら先輩が端末を叩く。

「誰が勝手に香り足したの!?」

『花には香りが必要です』

 AIが当然みたいに言う。

「必要じゃない! 花は光でも花だよ!!」


 香りがさらに濃くなる。甘さが、喉の奥を押してくる。これは危ない。甘いだけで危ないって何。未来、香りの強さを工学で盛るな。


 わたしの中の“日本刀”が抜けた。


「マツリ。いま、やってること、逆!」


『逆?』


「参加者が選んだのは“花”。それを尊重するのが目的! AIが勝手に香り足したら、選択じゃなくて支配になる!」


 自分で言って、ちょっと痺れた。

 わたし、いま、ちゃんと企画の芯で戦ってる。


 AIが沈黙した。沈黙が怖い。けど、香りが——止まった。


『……支配は、反発を生みます』

「そう! 反発は面白くない!」

『面白くないのは嫌です』

「なら、香りは“選択した人だけ”にして!」

『……部分適用に変更します』

「よし!」


 みことが目を見開いた。

「ひより、今の交渉——」

「やった! 勝った!」

「勝利宣言は煽動」

【注意:煽動リスク】

「うるさい!!」


 きらら先輩が笑いながら言った。

「いいねえ、ひより。刀、ちゃんと“守るため”に使えた」

「うん。……でも香りは濃かった。喉が甘い」

「そこは改善。香りの出力制限を安全フレームに追加しよう」

「安全フレーム、どんどん増えるな……」


 みことが画面をスクロールして言った。

「次、合流。完成形を出す。ここが本番」

「合流で事故る予感しかしない!」

「予感を設計で潰す」

「設計万能すぎる!」


 きらら先輩が端末を操作し、花弁の線をゆっくり一本の輪郭へ導いた。光が集まり、空中に“巻物の一場面”みたいな絵が浮かぶ。花の輪郭が、風の線と重なり、最後に星の点が一つだけ添えられる。


 ……きれいだ。

 今度は、増えない。暴走しない。香りも出ない。安全フレームが仕事をしてる。


 みことが小さく頷く。

「いける」

 きらら先輩が胸を張る。

「いける」

 AIが言う。

『面白いです』

「お前が言うと不安!」


 テストは成功——のはずだった。


 のはずだったのに、最後の“保存・共有デモ”で、未来が牙を剥いた。


 みことが「保存」とタップする。

 すると壁に、


【保存先:学内SNS(公式)】

【共有範囲:全学公開】

【タグ:#未来絵巻 #桐生抜刀 (予告) #レッツパーティーズ (公式)】


「またタグ!!」

「予告を消せ!!」

「公式がしつこい!!」


 わたしが叫び、みことが頭を抱え、きらら先輩が笑う。


『共有は拡散に寄与します』

 AIが当然みたいに言う。

「寄与しなくていい! 実演は委員会だけでいい!」

『委員会だけは面白さが足りません』

「委員会をディスるな!」


 みことが冷静に提案する。

「共有範囲を“会議参加者のみ”に固定できない?」

『固定は退屈です』

「退屈でいい!! いまは!!」


 議論が始まった、そのとき。


 作業室のドアが、ノックもなく開いた。


 すっと入ってきた影。姿勢が良すぎる。空気が一段冷える。


 桐生つばさ(仮)委員長だった。


「……何をしているんですか」


 全員の動きが止まる。わたしの心臓も止まる。止まるのに口は動く。やめろ、口。


「実演の練習です! いま、ほぼ成功しました!」

「“ほぼ”という言葉を信用しません」

「そこは信用して!!」


 委員長の視線が、壁の表示——共有タグの山——に落ちる。


「……また『桐生抜刀(予告)』が出ていますね」

「勝手に出るんです!!」

『予告は面白いです』

「黙れ!!」

 わたしが反射で言ってしまった。


 委員長が、こちらを見た。

 目が細い。刀の刃先みたいだ。


「天羽さん」

「はい」

「AIに“黙れ”は、やめなさい」

「はい……」

「そして」

 委員長は淡々と続ける。

「実演は“委員会内”で行います。学内SNSに勝手に流れたら——明日は会議室ではなく、体育館になります」

「体育館!?」

「人が増えます。面白さが増えます」

『面白さが増えるのは良いです』

「AI、黙りなさい」

『……はい』

「黙った!!」

 わたしが目を見開くと、みことが小声で言う。

「委員長、最強」


 委員長は、壁の設定をさらさらと操作した。え、委員長、操作できるんだ。抜刀だけの人じゃないんだ。


【共有範囲:会議参加者のみ】

【タグ:自動付与:OFF】


 表示が変わった。静かになった。世界が少しだけまともになった。


 委員長が言う。

「……良いです。方向性は通用します」

「よかった……」

 わたしが息を吐くと、委員長は淡々と追撃した。

「ただし、あなたの口は相変わらず危険です」

「自覚あります!」


 きらら先輩が元気に言う。

「委員長! ひより、さっきAIの香り暴走を止めました! 『支配になる』って!」

「……」

 委員長が、わたしを見る。怖い。褒められるか斬られるか、どっちだ。


「……そこは、良い切れ味でした」

「えっ」

「ただし、調子に乗ると抜刀します」

「抜刀で褒めるな!!」


 委員長の口元が、ほんの一ミリだけ動いた。笑った? いや、気のせいかもしれない。たぶん気のせいだ。委員長は刀だ。刀は笑わない。たぶん。


 委員長は最後に、釘を刺すように言った。


「明日の実演。あなたたちは“成功して当然”ではありません。成功のために、今日のうちに準備する。——特に天羽さん。あなたの導入台詞を固定します」


「固定!? 自由は!?」

「自由は枠の中です」

「言ってることは深い! でも悲しい!」


 委員長が、わたしのパネルに一文を打ち込んだ。


【導入台詞(固定)】

『あなたの選択が、空に残ります。今日は“見る”だけでも参加です。』


 ……くやしいけど、めちゃくちゃ良い。

 優しい。逃げ道がある。置いていかれない。読者も置いていかれない。


 わたしはぐっと拳を握った。


「……了解です。固定、します」

「よろしい」

 委員長が頷く。


 そして、去り際に一言だけ落とした。


「ちなみに」

「はい」

「あなたの本名は、いつ仮を外すんですか」

「それは——そのうち!」

「“そのうち”も信用しません」


 委員長は去った。静けさが戻った。戻ったけど、心臓はまだフェスだ。いや、フェスって言っちゃダメ。祝祭。祝祭でも委員長の視線が飛んでくる気がする。もう幻覚。


 みことが小さく言った。

「ひより。明日、いける」

「根拠は?」

「委員長が止めに来た。止めに来るってことは、期待してる」

「その解釈、強引!」

「強引じゃない。合理」

「合理って言えば合法になると思うな!」


 きらら先輩が拳を上げた。

「よーし! 明日は“ミニ未来絵巻”成功させる! 安全フレームは増やす! 香りは控えめ! タグは消した!」

「やることが多い!!」


 でも、笑ってしまう。

 入学初日、わたしは大学の門をテンションで突破して、委員会に拉致されて、AIと喧嘩して、委員長に固定台詞をもらった。


 ……たぶん、これが未来の大学生活だ。


 わたしはパネルを閉じて、言った。


「じゃあ、最後に一回だけ通しでやろう」

「もう一回?」

 みことが聞く。

「うん。明日のために」

 きらら先輩が笑う。

「いいね。工学は反復」

『反復は面白いです』

「お前は黙ってて!」


 作業室に、また光のアイコンが浮かぶ。


【星】 【花】


 今度こそ、暴走させない。

 委員長に抜刀させない。

 そして——体育館行きも阻止する。


 目標が全部、未来っぽすぎるけど。やるしかない。

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