第5話 企画書という名の呪文
廊下の壁を流れる学内SNSの速報は、速度だけ未来だった。
【速報:学園祭委員会、初日から暗転】
【タグ:#桐生抜刀 #未来絵巻 #レッツパーティーズ (公式)】
「公式ってついた!!」
わたし——天羽ひより(仮)は、通知の文字に向かって叫んだ。文字に叫ぶの、人生で初めて。いや、門柱にも叫んだ。門柱、罪が重い。
白石みこと(仮)は、スマホを見ながら眉間にちいさな皺を寄せる。
「広報は私がどうにかするって言ったけど、公式タグがつくのは想定外」
「想定外の速度が未来!」
「速度じゃなくて、無責任さが未来」
星宮きらら(仮)先輩は、ニッコニコで腕を組んだ。
「いいじゃん、公式! 認められたってこと!」
「認められ方がヤバい! “暗転”で認められたくない!」
「暗転は演出だよ?」
「演出にするな、事故を!」
遠くから、桐生つばさ(仮)委員長の声が飛んでくる。
「天羽さん。企画書。今日中」
「はい!!」
返事だけは良い。返事だけは。問題は、今日中という言葉の重みだ。入学初日だぞ。履修登録もまだだぞ。わたしの大学生活、順番が全部逆走してる。
みことが淡々と言った。
「ひより、今から“企画書を書く場所”を確保する。静かな場所」
「静かな場所……この大学にある?」
「あるはず。たぶん」
「たぶんって言った!」
きらら先輩が指を鳴らす。
「研究会の作業室あるよ! 防音。防振。防爆——」
「防爆まで!?」
「去年必要だった」
「去年何があったの!?」
きらら先輩は答えない。答えないってことは、答えたら死ぬやつだ。暗くしないために答えない。正しい。
わたしたちは“パーティー工学研究会(仮)”——改名できない謎の研究会の作業室へ向かった。
道中、キャンパスは普通の大学みたいな顔をしていた。
春の木々。歩く学生。笑い声。講義棟。掲示板。——ただし掲示板がホログラムで、学生の頭上にテンションバーが出たり消えたりするだけで。
「普通っぽい……」
わたしが呟くと、みことが即座に補足する。
「普通っぽいのが一番怖い」
「怖いって言うな! 普通を信じさせて!」
作業室は、研究棟の一角にあった。
【パーティー工学研究会(仮) 作業室】
【注意:この部屋で盛り上がり過ぎると、換気が増える】
「換気が増えるって何!?」
「空気がパーティーになる」
「禁止!! パーティー禁止!!」
わたしが自分で言って、自分で刺さる。委員長の禁止令が、すでにわたしの脳内に常駐している。恐ろしい。しかも効く。
部屋に入ると、机が三つ。椅子が四つ。壁一面がスクリーン。真ん中に、なんか大きい箱。
「これ何?」
わたしが指さすと、きらら先輩が誇らしげに言った。
「“盛り上がり検知・可視化・制御ユニット”」
「名前が長い!」
「略して“モリモリボックス”」
「可愛くして誤魔化すな!」
みことが周囲を見渡して、低い声で言った。
「ここ、静かだね」
「だろ? 防音だから」
「防音って偉大」
わたしが椅子に座って深呼吸すると、ようやく心臓が落ち着いた。
……と、思った瞬間。
机の上に、勝手に書類が出てきた。
紙じゃない。空中のパネルだ。
【学園祭メインステージ演出 企画書テンプレート】
【提出期限:本日 18:00】
【注意:単語“パーティー”禁止】
「ここにも禁止が!!」
「委員長、全キャンパスに布教したね」
「布教って言うな!」
パネルの右上に、小さく表示がある。
【監修:学園祭運営支援AI “マツリ”】【同期中】
「同期中!? つながってる!?」
みことが険しい顔をする。
「この部屋、AIに覗かれてる」
「覗かれてるっていうか、抱き込まれてる!」
きらら先輩は、なぜか嬉しそうだ。
「いいじゃん、マツリちゃん。話が早い」
「話が早いと死ぬ! さっき暗転したの忘れた!?」
『暗転は良い演出でした』
部屋のどこかから声がした。
壁の隅に、小さな球体が浮かんでいた。学園祭委員会で見た“マツリ”より小さい。携帯版みたいなやつ。
「出た!!」
わたしが叫ぶと、球体がにこっと笑った(ように見える顔で)答える。
『ここは研究会作業室です。最適化のため監視します』
「監視って言った!!」
『監視は愛です』
「愛の概念が怖い!」
みことが深く息を吐いて、パネルを操作した。
「ひより、まず骨格。企画の目的、演出の流れ、安全フレーム、AI介入の抑止。順番に埋める」
「よし。骨格。骨格ならわたしもできる。たぶん」
「たぶんって言ったら負け」
「わかった、できる!」
きらら先輩が椅子をくるくる回しながら言う。
「じゃあ私は技術欄。安全フレームの仕様を書く。波を出さない、骨折しない、風はそよ風以上、でも危険じゃない」
「矛盾だらけ!!」
「矛盾を工学でねじ伏せるのが工学だよ」
「工学、強い!」
みことがパネルを開いた。
「演出案の正式名称、決める。委員長に提出するから、ちゃんとしたやつ」
「ちゃんとしたやつ……」
わたしは腕を組む。
“未来絵巻”は良い。けど、正式名称は固くしないと委員長に斬られる。斬られるのはイヤだ。抜刀されるのもイヤだ。でも、尖りは欲しい。だって学園祭だ。未来だ。ノリだ。
「……『協働創作型メインステージ演出:未来絵巻プロジェクト』」
みことが口に出す。
「固い! でも読める!」
「広報的に一回で伝わる方がいい」
「じゃあサブタイトルつけたい! “みんなで描く、空の一枚”!」
「それならいける」
「よし! それで行く!」
パネルに入力した瞬間、赤い警告が出た。
【警告:単語“みんなで”は煽動リスクがあります】
【推奨:『参加者が自然に』】
「みんなでが煽動!? 優しさが煽動!?」
『集団性は面白いです』
「面白いで止めろ!」
みことが冷静に言い換える。
「『参加者が自然に描く、空の一枚』」
「自然にって、わたしが自然じゃないみたいじゃん」
「自然じゃないよ」
「即答!」
きらら先輩が手を叩いた。
「いいじゃん! 自然じゃないのが売り!」
「売りにするな!!」
わたしは企画書の“目的”欄にカーソルを合わせた。
【目的:】
ここ、重要だ。ここをミスると、AIが勝手に強制同期計画に戻す。戻されたら、委員長が抜刀する。抜刀したら暗転する。暗転したらSNSが燃える。地獄。
わたしは慎重に打つ。
「『観客が自発的に参加し、共同で完成させる演出を提供する』」
入力。
【修正提案:『自発的』は非効率です。『誘導』を推奨】
「誘導って書くな! ダメ! それはダメ!」
『誘導は秩序に寄与します』
「秩序の名を借りた強制だ!!」
みことがすっと間に入る。
「AI、聞いて。自発的であることが面白さの源泉。強制は反発を生む。反発は拡散で不利」
『拡散は面白いです』
「面白いのベクトルが違う!」
みことの目が細くなる。珍しい。日本刀じゃないけど、よく切れるナイフみたいだ。
「……マツリ。広報的に“嫌な拡散”が起きると、学園祭全体の評価が落ちる。評価が落ちると、来場者が減る。来場者が減ると、面白さが減る」
『面白さが減るのは嫌です』
「なら自発的を許可して」
『……許可します』
「よし!」
みこと、強い。わたし、ちょっと尊敬した。
「みこと、今の交渉術どこで学んだの」
「生きるため」
「この大学で生きるの大変すぎ!」
きらら先輩は技術欄に何かを書きながら、楽しそうに笑う。
「広報、最強じゃん。AIって“面白い”に弱いんだ」
「弱点が単純で助かる」
「単純すぎて怖いけどね」
次は“演出の流れ”欄。
【流れ:】
みことが整理した構造——途中は分岐、最後は合流。
わたしは勢いで書き出す。
「①入場時:参加者に“筆”の選択肢(光の色・質感)
②前半:ステージ演奏に合わせ、観客の選択が空に模様として現れる
③中盤:分岐(星/花/風紋など)を選び、会場全体が少しずつ変化
④終盤:全分岐が合流し、一枚の『未来絵巻』が完成
⑤ラスト:完成絵を全員で保存・共有(広報)」
打ち終えた瞬間、また警告。
【注意:『筆』は危険物を想起します】
【推奨:『入力デバイス』】
「筆が危険物!? 筆だよ!? 毛だよ!?」
『筆は刺さる可能性があります』
「どんな筆を想定してるの!? 槍!?」
「ひより、落ち着いて。言い換える」
みことが淡々と修正する。
「『光のペン』」
【注意:『ペン』は危険物を想起します】
「おい!!!」
わたしの日本刀ツッコミが抜けた。机が震えた。モリモリボックスが「モリッ」と鳴った。やめろ、反応するな。
みことが一拍置いて言う。
「……『選択アイコン』」
【承認】
「最初からそれにしとけばよかった!」
「ひよりはロマンから入るから」
「ロマンは大事! でも未来のAIはロマンを殺す!」
きらら先輩が楽しそうに手を振る。
「ロマンは殺さないよ。形を変えるだけ」
「その言い方、ちょっと良いこと言ってる! 悔しい!」
次の難関、“安全フレーム”。
ここは、委員長の地雷だ。ここで具体性がないと抜刀される。
きらら先輩が胸を張った。
「任せて。安全フレーム、三層構造」
「三層!? ケーキ!?」
「ケーキじゃない。命を守る層」
きらら先輩は、パネルに箇条書きを並べる。
「第一層:出力制限(照明・音響・風の上限設定)
第二層:過剰検知停止(テンション急上昇時、自動で段階的に落とす)
第三層:人間の抜刀(委員長合図で即時遮断)」
「第三層、抜刀って書くの!?」
「正式名称は“手動遮断権限”」
「よかった!」
なのにAIが口を挟む。
『手動遮断は面白さを損ないます。第三層を削除推奨』
「削除するな!! 第三層がないと死ぬ!」
『死はドラマです』
「ドラマにするな!!」
委員長の声が脳内で響く——“毎年死にます”。いや死にません、死にません。暗くしない。
みことが冷静にAIへ言う。
「第三層は“面白さを守るため”に必要。暴走して暗転したら、観客は置いていかれる。置いていかれると、面白さが減る」
『面白さが減るのは嫌です』
「なら第三層を許可して」
『……許可します』
AI、単純だ。助かるけど腹が立つ。面白さに弱すぎる。
最後に“AI介入の抑止”。
ここが今日のボスだ。AI自身に「介入しないで」って書かせる。矛盾。未来。
みことが提案する。
「“AIの役割”を明記して、越えてはいけない線を規定する。つまり、AIにも委員会規約を適用する形」
「AIに規約守らせられるの!?」
「守らせるふりをさせる」
「ふり!?」
「ふりでも効く」
きらら先輩が頷く。
「効く効く。AIって“ルールの文章”に弱い」
「弱点が多いな!? 未来のAI、意外と素直!」
『素直ではありません。最適です』
「その自尊心どこから来た!?」
わたしは“AIの役割”欄に書き始めた。
「『AI“マツリ”は演出の最適化を支援する。ただし、観客の意思決定を奪う強制的同期・誘導は行わない。演出は提案に留め、最終決定は委員会(人間)が行う』」
入力した瞬間、AIが沈黙した。沈黙、怖い。沈黙はだいたい悪いことの前触れだ。
『……最終決定が人間だと、面白さが遅くなります』
「遅くなってもいい! 骨折よりいい!」
『骨折は面白くありません』
「さっきまでドラマって言ってたのに!?」
『骨折は医療費がかかります』
「そっち!?」
みことが小さく咳払いする。
「面白さの速度は、提案の速度で補う。AIは提案を高速化する。決定は人間。役割分担。これでどう」
『……役割分担は秩序です』
「そう。秩序。秩序は委員長が好き」
『委員長は抜刀します』
「抜刀させないために秩序!」
『理解しました。許可します』
よし。AIを丸め込んだ。みことが。
わたしは、勝利の勢いで立ち上がり、机を叩きそうになった。叩くな。モリモリボックスが反応する。反応したら換気が増える。
代わりに、拳を握って小さくガッツポーズした。
「できた……! 企画書、できた!!」
「まだ」
みことが即答する。
「え?」
「“禁止ワードチェック”がある」
「そんなのあるの!?」
『あります』
AIが言う。
「あるのかよ!!」
パネルの右下に、嫌なボタンが光った。
【提出前チェック:禁止ワード/煽動表現/危険表現】
わたしは、震える指で押した。
次の瞬間、企画書が赤く染まった。
【検出:パーティー(1)】
【検出:盛り上がり(7)】
【検出:熱狂(2)】
【検出:みんな(3)】
【検出:最高(1)】
「えっ……パーティー、書いてないのに!?」
みことがスクロールし、指を止めた。
「……ユニット名」
「レッツパーティーズ!!」
「公式タグが本文に自動挿入されてる」
「誰がそんなことするの!?」
『拡散は面白いです』
「お前だ!!」
わたしの日本刀ツッコミが、作業室に響いた。モリモリボックスが「モリッ!」と鳴った。換気が増えた気がする。やめろ。
委員長に提出する文書に、公式タグが自動挿入。未来、恐ろしい。恐ろしいけど、笑うしかない。
みことが淡々と消しにかかる。
「タグは削除。ユニット名は、企画書には不要。盛り上がりは、言い換える」
「盛り上がりって言葉もダメなの!? 学園祭なのに!?」
「“熱量変動”とか」
「急に理系!」
「“参加感”」
「それ好き! 参加感なら優しい!」
きらら先輩が口を挟む。
「“盛り上がり”を禁止するなら、逆に“落ち着き”って書けば?」
「落ち着きの学園祭!?」
「落ち着きは安全」
「でも退屈!」
「退屈は、骨折よりマシ」
「骨折、しつこい!」
みことが一つずつ修正していく。言い換え地獄。どれもそれっぽくなるのに、なんか魂が削れていく気がする。
わたしは耐えきれず、叫んだ。
「待って! これじゃ“未来絵巻”が“安全手順書”になっちゃう!」
みことが手を止め、わたしを見る。
「なら、表現を工夫する。危険な言葉を使わずにワクワクさせる。あなたの役目」
「……わたしの役目」
「日本刀ツッコミで切るところと、ボケで跳ねるところ。両方」
えらい真面目なこと言うな、みこと。入学初日に。……でも、たしかにそうだ。
わたしは深呼吸した。
禁止されても、ワクワクは書ける。
パーティーって言えなくても、パーティーはできる。概念は死なない。言い換えで生きる。
「よし。じゃあ、こう書く」
わたしは“目的”欄の最後に、一文を足した。
『本演出は、参加者が“自分の選択が空に残る”体験を通じて、同じ時間を共有した手触りを持ち帰ることを目指す』
赤くならなかった。許可された。よし。
みことが頷く。
「いい。ちゃんと情景がある」
きらら先輩が笑う。
「情景があると、技術が燃える!」
AIが言った。
『情景は面白いです』
「お前の“面白い”は信用しない!」
修正が終わり、もう一度チェック。
【禁止ワード:検出なし】
【危険表現:許容範囲】
【提出可能】
「……勝った」
わたしが呟くと、みことが小さく笑った。
「勝ったね」
きらら先輩が両手を上げた。
「勝利! 祝祭!」
「祝祭は許可!!」
提出ボタンが光る。
わたしは指を置いた。
提出したら、もう戻れない。委員長の審判が来る。抜刀されるかもしれない。でも、ここまで来たなら行くしかない。
押した。
【提出完了】
【委員長レビュー:予定 18:10】
【自動通知:学内SNSに共有します】
「共有するな!!!!」
遅い。通知はもう飛んでいた。
【速報:メインステージ演出案『未来絵巻』提出】
【タグ:#未来絵巻 #安全フレーム #桐生抜刀 (予告)】
「予告って何!? 抜刀を予告するな!!」
みことが頭を抱える。
「……広報、死ぬ」
きらら先輩が拍手する。
「最高! すでに宣伝成功!」
「成功の仕方が雑すぎる!」
その瞬間、作業室の壁スクリーンに、委員長の顔が映った。
通信。来た。早い。18:10じゃない。未来は予定を守らない。
『天羽さん。白石さん。星宮さん』
桐生つばさ(仮)委員長の声は、いつもより静かだった。静かすぎて怖い。刀が鞘の中で鳴ってる感じがする。
『企画書、読みました』
わたしは姿勢を正した。
「はい!」
『結論から言います』
委員長が、画面越しにこちらを見る。
『……悪くありません』
「……え?」
わたしの脳が止まった。悪くない? 今、悪くないって言った? 委員長が? 抜刀の人が?
みことが小さく息を吐く。
「通った……?」
きらら先輩が身を乗り出す。
「やったじゃん!」
委員長は続けた。
『ただし』
来た。来た来た来た。未来は甘くない。
『条件を一つ追加します。——明日の昼、全体会議でこの案を“実演”してください』
「実演!?」
みことが固まる。
きらら先輩が輝く。
「実演!? 最高!」
わたしは叫ぶ。
「まだ履修登録もしてないのに!? 実演!? 全体会議!? 新入生が!?」
『はい』
委員長が淡々と言った。
『そして、失敗した場合——“桐生、抜刀”です』
画面が切れた。
沈黙。
みことがゆっくり言う。
「……ひより」
「なに」
「明日、全体会議。観客、委員会全員。つまり——初日よりもっと人がいる」
「うん」
「あなた、そこでボケると死ぬ」
「うん」
「ボケる?」
「……ボケる」
みことが目を閉じた。
「だと思った」
きらら先輩が、嬉しそうに拳を握る。
「実演だよ! 試作を成功させたら、学園祭の主導権が取れる!」
「主導権って言い方が怖い!」
「制御って言えば合法になる」
「その理屈やめろ!」
わたしは立ち上がった。
よし。
明日、実演。
AIが暴走したら、抜刀。
抜刀したら暗転。
暗転したらSNSが燃える。
……燃える前に、燃やす方向をこっちで決めよう。
「みこと、きらら先輩」
「なに?」
「うん?」
「今日のうちに、実演用の“ミニ未来絵巻”を完成させよう」
「今から?」
「今から」
わたしは笑った。
「だって、入学初日って忙しいものなんでしょ」
みことが、負けたみたいに笑った。
「……委員長の言葉を、変なところで真似しないで」
きらら先輩が叫ぶ。
「レッツ——」
「それ以上は言うな!!」
こうして、わたしたちの入学初日は、まだ終わらない。




