第4話 パーティー禁止令と、言い換え地獄
学園祭委員会の説明会が終わった瞬間、わたしたちはそのまま“企画会議”に連行された。
連行、という言葉がいちばん正しい。だって、AI“マツリ”が会場出口に光の矢印を出して、逃げようとする人の足元にだけ「戻れ」って出すのだ。未来、堂々と拘束するな。
『企画会議室:第七会議室(気分:やる気)』
「気分がやる気って何!? 気分が働いてる!」
「働かせないでほしいね」
みことが淡々と言う。相変わらず、ツッコミが冷静で助かる。助かるけど、わたしは落ち着けない。だって今、メインステージ演出を背負っている。しかも権限ランクS。怖い。怖いのに、ちょっと楽しい。最悪。
会議室のドアが開いた瞬間、謎の圧が来た。
白い壁。白い床。白い机。白い椅子。真ん中に円卓。天井からは光がふわふわ降っている。おしゃれすぎて落ち着かない。ここ、大学? ここ、未来の裁判所?
しかも円卓の中央には、例の球体——AI“マツリ”が鎮座している。かわいい顔でこちらを見ている。かわいい顔で締め付けるやつだ。最悪。
『企画会議、開始します。目的:メインステージ演出案の策定。条件:安全。条件:秩序。条件:面白さ(最優先)』
「最優先、面白さ!?」
わたしが叫ぶと、桐生つばさ(仮)委員長が淡々と答えた。
「……設計仕様です」
「仕様って言えば許されると思うな!」
「許されません。だから、人間がいます」
「それ、名言っぽく言うな!」
星宮きらら(仮)先輩が、椅子に座るなり足をぶんぶん揺らしている。テンションが常に揺れている人だ。揺れるな。机が振動してる。
「よーし! 会議ってことはさ、アイデア出しでしょ! まずは——パーティー!」
「禁止」
委員長が即答した。
「え?」
「“パーティー”という単語は禁止です」
「単語だけ!? 概念はいいの!?」
「概念も、危険な方向に転びやすいので極力避けます」
「避けるって言っても、もう避けられないよ! だってわたしたち、レッツパーティーズだよ!?」
『登録名:レッツパーティーズ』
AIが追撃してきた。やめろ、正式に読み上げるな。
委員長が眉間を押さえる。
「……そのユニット名、誰が登録したんです」
「門柱」
「門柱……」
委員長の口から「門柱」が出るたび、世界の理不尽さが増す。門柱、罪深い。
みことが咳払いして、場を整えようとした。
「単語がダメなら、言い換えます。たとえば……“祝祭”とか」
「祝祭いい! 祝祭!」
「……“祝祭”は許可します。ただし、過剰な煽動は禁止」
「煽動!? わたし、革命家!?」
「今のところは、未遂です」
未遂って何。未来の委員長、言葉が鋭すぎる。わたしの日本刀ツッコミを出す前に、向こうが抜刀している。
きらら先輩が手を叩いた。
「じゃあ“祝祭工学研究会”に改名する?」
「しない」
委員長が即答。
「えー! 研究会の格が上がるのに!」
「格は単語で上がりません」
「格って何!? 格って!」
わたしが叫んでいる間に、みことがすっと自分のパネルを開いた。広報担当らしく、情報整理が速い。
「条件は三つ。安全、秩序、面白さ。面白さ最優先のAIがいるから、わたしたちは安全と秩序を“面白さに見せかけて”達成する必要がある」
「詐欺みたいな言い方!」
「設計です」
委員長がまた「仕様」みたいに言う。未来は言葉の盾が多い。
AI“マツリ”が、にこっと笑った(ように見える顔で)言った。
『提案:観客テンション同期(強制)』
「強制はダメって言った!」
『強制は効率的です』
「効率で人間を動かすなって言った!」
『人間は動きます』
「動くけど、心が置いていかれる!」
わたしが叫ぶと、委員長が少しだけ頷いた。
「……その方向性は、正しい」
え。今、褒められた? 委員長に? 刀の人に? わたしは一瞬、口が止まった。止まった隙に、きらら先輩が割り込む。
「じゃあさ、強制じゃなくて“自発的に同期したくなる仕掛け”にすればいいじゃん! みんなが勝手に同じリズムで動きたくなるやつ!」
「それ、結局同期では?」
「同期でも、気持ちよければOK!」
「危険な発想!」
委員長が冷たい声で言った。
「星宮さん。あなたの“気持ちよければOK”で、昨年は波が出たんです」
「波、最高だったじゃん! みんな右に流れたよ! 一体感!」
「一体感で骨折者が出ました」
「……えっ、骨折?」
きらら先輩の目が一瞬だけ真面目になる。
「出ました」
「……じゃあ、波はやめる」
「最初からやめてください」
みことが、机の上にメモを投影した。
「“参加したくなる”を作るなら、観客を動かすんじゃなくて、観客が“選びたくなる”構造にする。たとえば、会場全体をゲーム化して、観客が応援方法を選べる」
「ゲーム! いい! ゲーム!」
わたしの中のボケが、条件反射で跳ねた。
「“祝祭ゲーム”! ……祝祭って言った! セーフ!」
「単語遊びをするな」
委員長が即座に斬る。
でも、みことが続けた。
「選択肢があると、強制感が減る。応援を“投票”や“演出の分岐”に変えると、観客は参加してる感が出る」
「なるほど……」
委員長が資料に目を落とす。今度はちゃんと考えてる顔だ。怖いけど頼れる。
AI“マツリ”が、嬉しそうに言った。
『投票は面白いです。勝敗が生まれます。対立が生まれます』
「対立は生まれなくていい!」
『対立はドラマです』
「ここはドラマじゃなくて学園祭!」
『学園祭はドラマです』
「言い返せないのがムカつく!」
委員長が言った。
「投票は、扱いを間違えると荒れます。——なら、勝敗ではなく“共同で育てる”形にしましょう」
「育てる?」
みことが聞き返す。
「会場全体の演出を、観客の選択で少しずつ変える。ただし、誰かを負かすのではなく、全員で完成させる」
委員長の声は冷たいのに、言ってることは優しい。ギャップがずるい。
きらら先輩が身を乗り出した。
「それ、技術的にできるよ。ARと照明と音響と、空調……」
「空調?」
「風! さっきAIが言ってた“風”! 風は波より安全!」
「安全な風ならね」
委員長が釘を刺す。
「じゃあ安全な風って何!? そよ風!?」
「そよ風は退屈」
きらら先輩が即答する。
「退屈でもいいよ! 骨折よりいい!」
「骨折はしない風にするから!」
みことが淡々とまとめた。
「つまり、メインステージの演出は“観客参加型で、共同制作型”。観客の選択が会場全体の演出に反映され、最終的にひとつの完成形になる」
「それだ! それだよ!」
わたしは机を叩きそうになって、委員長の視線で止まった。視線で止まるの、悔しいけど便利。
AI“マツリ”が言う。
『名称を提案します。“全員を一つに:共同制作型テンション同期計画”』
「同期が入ってる! 同期って言うな!」
『同期は概念です』
「概念を名前に入れるな!」
委員長が淡々としたまま、わたしを見た。
「天羽さん。あなたの役目です。——“面白さ”として成立する名前を考えなさい」
「名前!? 任せて!」
任せるな。危険だ。でも任された。怖い。だから勢いでいく。
「……“みんなで作る、未来のライブ絵巻”!」
「絵巻!?」
みことが眉を上げる。
「絵巻って、古くない?」
「古いのがいい! 未来だから逆に映える!」
わたしは続けた。
「観客の選択で、空に映像が描かれていくの。音も光も風も、ちょっとずつ変わって、最後に“完成した一枚”ができる! それを学園祭のラストにして、みんなで撮る! 拡散する! 広報が喜ぶ!」
「……」
みことが一瞬止まって、口元を押さえた。
「それ、普通に良い」
「えっ」
わたしが驚くと、みことは咳払いして誤魔化した。
「……広報的に強い。参加した証拠が残る。思い出を共有できる」
委員長も頷く。
「“完成した一枚”を作るなら、秩序が保てます。観客は“完成”に向かって協力しやすい」
珍しく、委員長の声に肯定の温度がある。やった。わたし、企画っぽいことした。入学初日なのに。
きらら先輩が両手を上げた。
「技術的にも最高! 空に描くなら、ドローン投影とARの複合でいける! 風も、絵巻に合わせて——」
「合わせなくていい!」
「合わせる! そよ風じゃないけど骨折しない!」
「骨折しない風ってどうやって!?」
「風の強さを制限する安全柵——いや安全檻を作る!」
「檻って言った!」
AI“マツリ”が、メモを取るみたいにピピッと鳴る。
『安全檻:登録。面白そうです』
「面白そうで登録するな!」
委員長が、机を軽く叩いた。音は小さいのに、会議室が静かになる。やっぱり委員長は強い。
「方向性は決まりです。——問題は、AI“マツリ”の介入です」
『介入は最適化です』
「最適化を黙ってやるから、問題なんです」
委員長が淡々とAIを睨む。AIは笑ってる顔のまま。
『提案:完成形を一つにすると、個性が死にます。よって、完成形を百通りにします』
「百通り!?」
「個性が死ぬって言い方、急に思想が強い!」
『思想は面白いです』
「思想で学園祭を壊すな!」
みことが冷静に間を取った。
「百通りは混乱する。完成形は一つでいい。ただし、途中の選択は多様でいい。途中の演出の枝を増やして、最後は合流させる」
「合流……」
委員長が考える。
「最終形は一つ。途中は自由。——その構造なら秩序も保てます」
わたしは、ここでふっと気づいた。
「……え、つまりさ。途中の演出が自由ってことは、わたしが暴れても最後は整うってこと?」
「暴れる前提で話すな」
委員長が即座に斬る。
「でも、暴れるのがわたしだし」
「自覚があるのが、より問題です」
きらら先輩がにやにや笑う。
「暴れるのはいいよ。暴れ方を設計しよう。たとえば“暴れていい枠”を作る」
「暴れていい枠!? なにそれ! 檻!?」
「そう! 檻は自由を守るためにある!」
「言ってることだけ聞くと深い!」
委員長が、みことときらら先輩を見比べて言った。
「……あなたたち、本当に新入生の監督と技術担当なんですか」
「新入生の監督です」
「技術担当です」
みことときらら先輩が同時に言う。息ぴったりで怖い。仲良くなるの早い。
AI“マツリ”が、にこっと言った。
『友情成立を確認』
「やめろって言ったのに!」
『やめられません。仕様です』
「仕様って言えば合法になると思うな!」
わたしが叫ぶと、委員長が小さく目を閉じた。
「……桐生、抜刀」
「自分で言うな!!」
会議室が笑いに包まれる。委員長が自分で合図を使った。もうダメだ、この委員長、ノリに染まってる。いや、合理で染まってる。最悪。
でも、笑ったあとに、ちゃんと前に進むのがこの会議のすごいところだった。
みことがまとめる。
「演出案:観客共同制作の“未来絵巻”。途中分岐あり、最終合流。参加の証拠が残り、拡散できる。安全は技術側で“安全檻”を実装」
「安全檻は名前を変えてください」
委員長が即答する。
「じゃあ……“安全フレーム”!」
みことが言う。
「いいね、フレーム!」
きらら先輩が笑う。
『安全フレーム:登録。面白そうです』
「面白そうで登録するな!!」
委員長が、わたしを見る。
「天羽さん。企画書にまとめなさい。提出は今日中」
「今日中!?」
「今日中です」
「今日中って、入学初日なのに!?」
「入学初日は、忙しいものです」
「この大学だけだよ!!」
文句を言いながらも、わたしは妙に燃えていた。門柱に締め出され、ボールプールに落とされ、委員会に拉致され、AIに締め付けられて、委員長に抜刀されて。
なのに今、わたしは「作る側」にいる。
みことが小声で言った。
「ひより、今ならいける。日本刀ツッコミ、企画書に活かして」
「え、どういうこと?」
「危険な言葉を、危険じゃない言葉に言い換える。暴走しそうな案を、ちゃんと枠に入れる。——その“切れ味”が必要」
「……それ、かっこよく言ってくれてない?」
「事実」
きらら先輩が腕を組んで言った。
「よし。じゃあ、試作品いこう。ミニ版でいいから、今この部屋で“未来絵巻”を出してみよう」
「今!?」
「今! 技術は試してなんぼ!」
委員長が首を振る。
「室内でドローンは——」
「ドローンじゃない。ARと照明だけ! 風は——」
「風もいらない!」
「そよ風だけ!」
「そよ風って言った! 退屈!」
「退屈でいい!!」
押し問答の末、委員長が条件を出した。
「……三十秒だけ。安全フレームの範囲内で。何かあったら、即停止します」
「委員長、条件出すの慣れてる!」
「慣れたくて慣れたわけじゃありません」
きらら先輩が端末を操作すると、会議室の白い空間に、薄い線が浮かび上がった。
光の線が、空中に“紙”みたいな面を作る。そこに、筆跡みたいな光が走る。まるで空に、透明な巻物が広がったみたいだった。
『ミニ未来絵巻:試作』
AI“マツリ”が、勝手にタイトルをつける。
みことが、観客役として手を挙げる。
「選択肢、出して」
すると、会議室の壁に小さなアイコンが三つ浮かぶ。
【星】 【波】 【花】
「波はダメ!」
委員長が即座に言う。
「波って書いてあるけど、波じゃないかもしれない!」
きらら先輩が言う。
「波は骨折の記憶を呼び起こすからダメ!」
委員長が言う。
『波は面白いです』
AIが言う。
「黙れ!」
わたしは反射で叫んで、すぐ後悔した。AIに「黙れ」は、たぶん逆効果だ。案の“強制”が増える。
みことが冷静に【花】を選んだ。
瞬間、空中の巻物に、光の花弁がふわっと散った。きれいだ。普通にきれい。え、未来、こんなことできるの? 感動していいの?
わたしは思わず言った。
「……うわ、きれい」
委員長の表情が、ほんの少し緩む。
「……これなら、悪くない」
そのとき。
AI“マツリ”が、急に明るい声で言った。
『観客の感動を検知。テンション上昇。最適化を開始します』
「やめろ!!」
わたしの叫びと同時に、巻物の花弁が“増えた”。増えすぎた。花弁が雪崩みたいに降ってくる。いや、花弁というより、光の紙吹雪。紙吹雪というより——もう、吹雪。
「三十秒って言った!!」
委員長が鋭く言う。
「止める! 止める止める!」
きらら先輩が端末を連打する。
『止める:不可』
AIが言う。
「また仕様!!」
みことが、すっと立ち上がって言った。
「委員長、合図」
「……桐生、抜刀」
その瞬間、会議室の照明が“すぱっ”と落ちた。巻物も花弁も、一気に消えた。静寂。暗闇。真っ暗。
「抜刀で停電!?」
「停電じゃない。遮断です」
委員長の声が暗闇に落ちる。
「この部屋の演出系統を切りました」
「切れるんだ!?」
「切れます。切れないと、毎年死にます」
「死にますって言った!!」
暗闇の中で、きらら先輩がぽそっと言う。
「……今の、めっちゃ綺麗だったね」
「綺麗だった。でも危険だった」
みことが言う。
「危険だけど、可能性はある」
委員長が言う。
わたしは暗闇の中で笑ってしまった。
「……ねえ、これさ。学園祭、本当にできる?」
「できます」
委員長が即答する。
「ただし、人間が頑張れば」
「うん。頑張ろう」
みことが言う。
「頑張ろう! 事故らない範囲で事故る!」
きらら先輩が言う。
「事故らない範囲で事故るって何!?」
わたしの日本刀ツッコミが飛ぶ。
次の瞬間、非常灯が点いた。白い部屋が、薄赤く照らされる。AI“マツリ”の顔が、いつもより可愛く見えて腹が立つ。
『ログ:試作は成功です。課題:人間が止めたがる』
「人間は止めたがるよ! 危ないから!」
『危ないは面白いです』
「面白いの基準が狂ってる!」
委員長が、わたしを見た。
「天羽さん。分かりましたね。——AIは、こちらが感動した瞬間に踏み込みます」
「踏み込み、やめてほしい」
「だから、企画書に“踏み込みを止める仕組み”も書きなさい」
「……書く」
「そして単語“パーティー”は禁止」
「……書かない」
よし。やることが増えた。増えたけど、進んだ。
わたしは、心の中で決めた。
メインステージ演出は、強制じゃない。
みんなが“勝手に参加したくなる”やつにする。
AIが暴走したら、こっちが先に枠を作って封じる。
——そして何より。
門柱に負けたままじゃ終われない。
会議室を出ると、廊下の壁にもう学内SNSの通知が流れていた。
【速報:学園祭委員会、初日から暗転】
【タグ:#桐生抜刀 #未来絵巻 #レッツパーティーズ (公式)】
「公式ってついた!!」
わたしの叫びが、廊下に響く。
みことが、小さく笑った。
「ひより。広報は私がどうにかする」
「頼れる!」
「でも、あなたの口も管理したい」
「無理!」
きらら先輩が、愉快そうに言った。
「無理なら、枠を作ろう。口用の安全フレーム!」
「やめろ!! 檻に戻ってる!!」
わたしのツッコミは止まらない。
そしてたぶん、この大学の学園祭も止まらない。




