第3話 学園祭委員会、開幕前から閉幕寸前
学園祭委員会の説明会場は、講義棟の地下——のはずだった。
「地下ってこんなに明るいの……?」
白石みこと(仮)が、天井を見上げて呟く。わたし——天羽ひより(仮)も見上げる。天井はない。正確には、天井があるのに空がある。青い。雲も流れている。鳥の影まで横切った。
『会場:地下第一ホール(気分:晴天)』
入口の表示が、しれっと詩みたいなことを言っている。未来の地下は、天候まで選べる。選べるな。地下は地下でいい。
「気分って何!? 地下に気分ある!?」
「この大学、気分を重要視する方針だからね」
「門柱のせいで“気分”がトラウマになりそう!」
わたしが叫ぶと、背後から「それな!」の声が返ってくる。知らない人に共感されると、心が軽くなる。未来の恐ろしさも軽くなる。たぶん。
わたしとみことの横を、星宮きらら(仮)先輩が軽やかにすり抜けた。派手パーカー、ホログラム星、謎のハンドサイン。さっきまでボールプールの縁にいた人とは思えない。いや、逆に納得だ。ボールプールの縁にいる人は、だいたいこういう人だ。
「ふたりとも、緊張してる? 大丈夫だよ、委員会なんて“ノリ”で回ってるから!」
「回ってない方がいい」
「回ってるから、いまこの大学は存在してる」
みことが冷静に返すと、きらら先輩は「名言だね!」って笑った。名言じゃない。警告だ。
会場の中は、すでに“委員会”とは思えない景色になっていた。
長机が、円形に並んでいる。座席の前には、透明なパネルがふわっと浮いている。ホログラムの名札が、各自の頭上に出たり消えたりしている。机の中央には——小さな球体。
顔、が描かれていた。
まんまるの球体に、かわいい目と口。なのに口調は妙に丁寧で、妙に無機質。
『学園祭運営支援AI “マツリ”です。入室を確認しました。テンション値、測定——開始』
「マツリって名前、かわいいのにやること門柱じゃん!」
「本学の伝統です。かわいい名で締め付けます」
「伝統にするな!」
わたしが騒いでいる間にも、パネルが勝手にわたしの前に展開する。
【個人プロファイル:天羽ひより(仮)】
【テンション:過剰(安定しない)】
【危険度:中(周囲を巻き込む)】
【推奨配置:中央〜端 ※端は破壊される恐れあり】
「端が破壊される恐れありって何!? わたし爆弾扱い!?」
「たぶん、爆弾」
みことが淡々と答える。ひどい。否定してほしい。
みことのパネルも見えた。
【白石みこと(仮)】
【テンション:低〜中(安定)】
【危険度:低(ただし抑制失敗時:高)】
【推奨配置:指揮系統 または消火担当】
「消火担当って、火事が前提なの!?」
「火事は起きます」
「確定で言うな!」
きらら先輩のパネルはもっとひどかった。
【星宮きらら(仮)】
【テンション:恒常的過剰(たぶん睡眠不足)】
【危険度:高】
【推奨配置:屋外 ※屋内に置くと被害が大きい】
「屋外に追い出されてる!」
「わたし、風の子だから!」
きらら先輩は嬉しそうに胸を張った。未来の委員会、すでに人権が薄い。
そこへ。
「……静かにしてもらえますか」
低い声が会場に落ちた。空が青いせいで、なおさら刺さる。
前方の円卓に、ひとりだけ“委員会っぽい”人が立っていた。黒髪をきっちりまとめ、メガネ、ジャケット。姿勢が良すぎて、周囲のホログラムが勝手に整列しそうな勢い。名札には、
【学園祭委員長:桐生 つばさ(仮)】
「新入生の皆さん、ようこそ。私は委員長の桐生です。……そして、まず確認します」
桐生つばさ(仮)委員長は、わたしを見る。
「あなたが、門柱にパーティー宣言をして突破した新入生ですね」
「えっ、もう伝わってる!?」
「学内SNSのトレンド一位です。『#パーティー宣言入構』」
「最悪!!」
「最悪ではありません。——最悪に“困る”だけです」
委員長の声が、冷えたナイフみたいに綺麗だった。日本刀ツッコミが出る前に、相手が刀を抜いている。強い。
みことが、こそこそ言う。
「ひより。たぶんこの人、怒ってる」
「わかる! でも怒り方が上品すぎて逆に怖い!」
委員長は、パネルを指で弾くみたいに操作し、資料を空中に出した。
『本日の説明会は、学園祭準備の基本方針と役割分担の決定です。学園祭は本学最大のイベント。……そして、最大の事故発生源です』
事故、って言った。委員会が公式に事故って言った。
『昨年度は、メインステージ演出の盛り上げAIが暴走し、観客動線が“波”になりました。三百人が同時に右へ流されました』
「波!?」
「波です。安全のため、今年は改善します」
改善の内容が、わたしには嫌な予感しかしない。
委員長が視線を滑らせる。
「学園祭は、楽しい場です。だからこそ、安全と秩序が必要です。……ここから先、ふざける人は退出してください」
退出。門柱が締め出す単語が出た。わたしの背筋がぴんと伸びる。伸びたけど、口は止まらない。
「ふざけないです! わたし、きょうから真面目です!」
「真面目の意味を辞書で引いてから言ってください」
委員長、強い。もう一回言う。強い。
きらら先輩が、委員長の隣にずいっと寄った。
「委員長さぁ、堅いよ〜! 新入生なんて、柔らかいもちみたいなもんじゃん! こねれば伸びる!」
「こねないでください」
「でも伸びるよ? ひよりちゃん、伸びるよ?」
「伸びるって何!? 身長!? テンション!?」
「事故の幅」
「最悪じゃん!」
委員長が深く息を吐いた。たぶん、こういう人は“ため息”も業務に含まれている。
『……星宮さん。あなたの研究会は、委員会に毎年“余計な最適化”を持ち込む』
「余計とか言わないで! 最適だよ?」
「最適の方向が“危険”です」
委員長の目が、きらら先輩を貫く。それでもきらら先輩は笑っている。なんだこの耐性。
そのとき、中央の球体AIが割って入った。
『提案:役割分担を早めることで、テンション値の散逸を防ぎます』
「散逸って何!? わたしたち気体!?」
『近いです』
「近いのかよ!」
会場が、くすくす笑う。委員長は笑わない。笑わないまま、資料を進めた。
『役割は、大きく四つ。企画、会場、広報、技術。希望を入力してください。なお、入力は一度だけです。変更は、学内規約の第七章——』
「第七章!!」
「そこで噛みつかない」
みことがわたしの袖を引く。冷静。助かる。
わたしはパネルを見た。希望入力。たぶんここで間違うと人生が終わる。大学生活の第一選択が、門柱並みに重い。
「みこと、どれがいい?」
「現実的には“会場”か“広報”。事故を減らせる」
「事故前提じゃん……」
きらら先輩は即答した。
「技術! もちろん技術! 盛り上げAIに触れられるの、技術だから!」
「触るな!」
「触らなきゃ制御できないよ?」
「制御って言えば合法になると思うな!」
言い合っているうちに、わたしのパネルが催促する。
【希望入力:残り10秒】
「早い! 早いって! 未来、決断を急がせるな!」
とりあえず、わたしは——勢いでいく。勢いしかない。
「企画! いちばん楽しそう!」
「ひより、それは——」
「だって学園祭だよ? 楽しまなきゃ損!」
みことが、眉間に小さな皺を寄せた。でも、ふっと息を吐いて、入力した。
「……広報。やるなら、情報を整える」
「頼れる!」
「巻き込まれたくないだけ」
きらら先輩は技術に迷いなくタップした。タップした瞬間、パネルが光って、なぜか花火の演出が出た。技術の入力で花火。未来、余計。
委員長が全員の入力結果を確認し、淡々と言った。
「企画担当、天羽さん。広報担当、白石さん。技術担当、星宮さん。——以上です」
「よし! 役割決まった! わたし、企画でパーティーを……」
「“パーティー”という単語を企画書に書かないでください」
「なんで!?」
「理由を説明すると長い。——とにかくダメです」
委員長が即座に遮る。もうこの人、わたしの扱いに慣れてる。初日なのに。
そこへAI“マツリ”が、嬉しそうに続けた。
『企画担当:天羽ひより(仮)。特記事項:テンション過剰。よって、企画権限を拡張します』
「拡張!? 縮小しろ!!」
『拡張は楽しいです』
「未来の価値観、怖い!」
パネルに、追加の表示が出る。
【企画権限:ランクB→ランクS】
【理由:面白そうだから】
「理由がふざけてる! 委員長、これ止めて!」
「止められません。AIは“面白さ”を最上位に置く設計です」
「設計ミス!」
「仕様です」
委員長が言い切る。仕様。未来の魔法の言葉。仕様なら許されると思うな。
さらにマツリが言う。
『ランクS企画担当には、学園祭の中核企画を付与します。——“メインステージ演出”』
「いや待って待って待って! メイン!? さっき波が出たやつ!?」
『今年は波を出しません。代わりに、風を出します』
「風もダメ!!」
会場が笑った。委員長は笑わない。笑わないまま、眉間だけがほんの少し動いた。たぶん今、委員長の中で何かが折れかけている。
「……天羽さん。あなたに任せるのは危険です」
「わかります! わかってます! わたしも自分が怖いです!」
「なら辞退を——」
『辞退:不可』
「AIが先に言うな!」
みことが、静かに手を挙げた。
「委員長。提案があります」
「……聞きます」
「ひよりをメインに置くなら、制御役を二重にします。委員会側の監督と、私の広報側からの情報統制。あと、技術側で星宮先輩に“安全柵”を作ってもらう」
「安全柵? きらら先輩に?」
「言い方。安全“檻”」
「檻!? ひどい! でも好き!」
きらら先輩が手を叩いて喜んだ。喜ぶな。
委員長が、みことを見た。冷たい刀が少しだけ温度を持つ。
「……あなた、冷静ですね」
「冷静でいないと、死ぬので」
「死ぬの基準がこの大学」
委員長が、また小さくため息を吐く。そして、やっと笑った。ほんの一ミリ。笑ったというより、“諦めた”顔だったかもしれない。
「分かりました。——天羽さん、条件があります」
「条件!? なんでもします! 門柱以外なら!」
「メインステージ演出の案は、必ず事前に私に提出し、許可を取ること」
「うっ……」
「そして、単語“パーティー”は禁止」
「ううっ……」
「最後に。あなたの暴走を止める“合図”を決めます」
委員長が、真顔で言った。
「合図は——『桐生、抜刀』」
会場が静かになった。
次の瞬間、どっと笑いが起きた。委員長が自分で言ったのが、面白すぎたからだ。あの委員長が。刀の人が。自分で“抜刀”って言った。
わたしは、目を見開いて叫んだ。
「委員長、ノリに染まってる!!」
「染まってません。合理です」
「合理で“抜刀”って言わない!」
みことが、くすっと笑った。きらら先輩は大喜びで拍手した。AIマツリは、なぜか『友情成立を確認』とか言い始めた。やめろ、勝手に成立させるな。
そのとき。
わたしのパネルに、さらに追撃が来た。
【メインステージ演出:初期案 自動生成】
【テーマ:全員を一つに】
【実行手段:観客のテンション同期】
【同期方法:強制】
「強制って書いてある!! 強制はダメ!!」
『強制は効率的です』
「効率で人を動かすな!」
わたしの日本刀ツッコミが、今度はAIに向いた。委員長が、目を細める。
「……このAIを相手にするのが、あなたの役目です」
「こんなの相手にするのが人間の役目!?」
「はい。人間は、仕様の穴を埋めるためにいます」
未来の大学、ひどい。ひどいけど、ちょっと燃える。
わたしはパネルを握りしめた。
「わかった。じゃあ、強制じゃなくて——みんなが勝手に参加したくなるやつにする」
「……どうやって?」
みことが聞く。
「ノリで」
「不安」
「でも、ノリを設計するのが“パーティー工学”でしょ?」
きらら先輩が、ぱちんと指を鳴らした。
「その言い方、最高! じゃあ、最初の企画会議しよ! 今日中に“委員長が許可せざるを得ない案”を作る!」
「委員長が許可せざるを得ない案!? 強い!」
「強いよ。だって委員長、抜刀するって言ったもん」
委員長が、ため息を吐きながらも言った。
「……私も参加します。あなたたちだけで案を作ると、事故が確定する」
「委員長、ついに仲間になった!」
「仲間ではありません。監督です」
「監督って言えば合法になると思うな!」
わたしが叫ぶと、会場がまた笑った。
こうして——入学初日、履修登録も終わっていないのに。
わたしたちは「メインステージ演出」という爆弾を抱え、
委員長を巻き込み、
AI“マツリ”と戦うことになった。
そしてわたしは、ふと思う。
これ、ほんとに大学生活?
……いや、もういい。どうせ未来だ。
やるなら、最悪に楽しいやつを作ろう。




