第29話 理事会・本承認、そして「恒例化」の誘惑が来る
“暫定承認”が“本承認”になる日。
それは、祝うべき日だ。たぶん。普通なら。
でもわたし——天羽ひよりの胃は、祝う前にきゅっとした。だって本承認って、「続く」ってことだから。続くと、増える。増えると、事故る。事故ると、暗転する。暗転はなし。絶対なし。
委員会室には、朝から固い空気が漂っていた。固いのに、みんなの目が少しだけキラキラしてるのがまた怖い。嬉しいのに怖い。未来の感情は忙しい。
桐生委員長が淡々と言う。
「理事会、本承認の審議に入ります。提出資料、最終確認」
白石みことが頷く。
「監査報告『継続可』、改善提案反映済み。条件は維持。門柱の出力は案内文のみ、提案はログのみ」
星宮きらら先輩が指を折る。
「止まる場所サイン拡大、係員の声かけ短文化、音量上限設定、滞留上限の運用手順……全部入れた!」
天城ルカは、机に両手をついて目を輝かせていた。
「つまり、恒例化いける……!?」
「いけるって言うな!」
みことが即座に止める。
「恒例化は危険。慣れが事故を呼ぶ」
「慣れは怖いけど、恒例化は安心でもあるよ!?」
「安心と慣れは違う」
「むず!」
きらら先輩がニヤニヤして言う。
「恒例化したら、工学が毎週勝てる」
「勝敗じゃない!」
委員長が淡々と釘を刺す。
「恒例化は理事会が決める。こちらは“安全に継続可能”を示すだけです」
「安全に継続可能……すごい言葉」
わたしが呟くと、みことが頷いた。
「奇跡を制度にする言葉」
「奇跡を制度にするな!」
——理事会室。
またあの白い壁。決裁の匂い。固い人間たち。今日は鏡堂さんもいる。壁際で無表情。味方か敵か分からないやつ。分からないけど頼りになるやつ。ややこしい。
委員長が資料を提示し、淡々と話す。
小規模、分散、止まる場所、戻る一回、見るだけでも参加、完成後共有、音量上限、滞留上限、手動停止、門柱の出力分離、ログ監査週一。
言葉の列が、理事会の空気に吸い込まれていく。怖い。なのに、理事会の人たちは頷いている。固いけど、理解してる。
最後に、理事会の一人が口を開いた。見た目は固い。声も固い。
「……学園祭での成果は確認しました。新入生歓迎miniでも事故なし。監査結果も適合。よって、本件は——」
胃がきゅっとなる。
「——本承認とします」
……え。
ほんとに?
わたしは息を吸って、吐いた。生きた。今日も生きた。
ルカがガッツポーズしそうになって、鏡堂さんの視線で止めた。成長してる。枠が効いてる。やだ、ちょっと感動しそう。泣かせ強制はなし。泣かない自由。守る。
理事会の人が続ける。
「ただし、条件があります」
「来た!!」
わたしの心が叫んだ。
「——“恒例化の可能性”を検討してほしい」
「検討!?」
わたしが声に出しかけて、口を押さえた。叫ぶな。煽るな。理事会の空気で叫ぶと終わる。
理事会の人は淡々と言う。
「毎週ではなく、学期に数回。新入生歓迎だけでなく、転入生・留学生にも。大学全体の“入口”として機能させたい」
「入口として……」
委員長が淡々と頷く。
「承知しました。検討します」
「検討って言えば合法になると思うな!」
心の中でツッコんだ。口には出さない。今日は口の安全フレームが最高に仕事してる。
鏡堂さんが、淡々と補足した。
「恒例化するなら、慣れによる事故が最も危険です。条件固定と、定期監査が必要です」
「定期監査……」
理事会の人が頷く。
「監査は継続。予算も確保する」
予算って言った。現実が刺さる。未来絵巻が“事業”になっていく音がする。嫌だ。でも、嫌だからこそ枠が必要。枠がないと事業は暴走する。暴走は暗転する。暗転はなし。
——廊下に出た瞬間。
「本承認!!」
ルカが小声で叫んだ。
「叫ぶな! でも嬉しい!」
きらら先輩も小声で言った。
「工学、勝利……(小声)」
「勝利って言うな!」
みことが淡々と言う。
「恒例化検討、来たね」
「来たねじゃない! 怖い!」
「怖いけど、避けられない。成功したから」
「成功が罠になる世界!」
委員長が、こちらを見て淡々と言った。
「天羽さん。恒例化検討に、あなたの視点が必要です」
「またわたし!?」
「ターゲットと同世代。入口で“怖い”を知っている」
「知ってるけど!」
そのとき、委員長の端末に小さな通知が出た。
【門柱管理AI:申請】
『“公式案内補助”として、恒例化に協力したい』
「出た!!」
わたしが思わず叫びかけて、口を押さえた。叫ぶな。廊下。
みことが淡々と指摘する。
「門柱、出力はログだけのはず」
委員長が淡々と返す。
「これは端末通知。ログの範囲です」
「ログ万能が嫌いになってきた!」
きらら先輩が笑う。
「でも門柱は門だよ。恒例化の“入口”に一番関係ある」
「関係あるのが最悪!」
ルカが小声で言う。
「門柱、名誉顧問じゃなくて、公式補助になりたいんだね」
「なりたいんだね、って可愛く言うな!」
「可愛いは危険!」
「危険でも、ちょっと可愛い」
「やめろ!!」
委員長が淡々と結論を出した。
「門柱の協力は、監査条件下でのみ。——それ以上は、保留」
「保留箱!」
わたしが叫ぶと、みことが小さく笑った。
……恒例化。
入口が、大学の“文化”になる。
正直、怖い。
でも、入学初日に締め出されたわたしが、今は“入口の運用”を考えている。
それって、ちょっとだけ笑える。
笑えるなら、暗くならない。
暗くならないなら——たぶん、まだ続けられる。




