第28話 監査報告、合格。なのに門柱が“成長”を宣言しようとする
新入生歓迎miniの翌日。
わたし——天羽ひよりは、朝から胃が軽かった。軽いのが怖い。だって軽いと油断する。油断すると口が滑る。口が滑るとマツリが学習する。学習すると世界が増殖する。怖い。
委員会室に入ると、円卓の上に“報告書”が浮いていた。紙じゃないのに紙の圧。昨日より厚そうな気配。こういう気配だけで人を疲れさせるの、文書の才能が悪い方向に高い。
鏡堂さん——監査担当が、もう座っていた。無表情。笑わない。いるだけで空気が固まる。でも、昨日の現場で助けてもらったのも事実。複雑。
「監査報告を読み上げます」
鏡堂さんは淡々と言った。
【監査結果:新入生歓迎mini】
・条件違反:なし
・滞留上限超過:なし(警戒1回、誘導で解消)
・音量上限超過:なし
・門柱管理AI:案内文以外の出力なし(ログ送信のみ)
・参加者の安全:問題なし
・継続:可(同条件)
「可……!」
ルカが小声でガッツポーズしそうになって、みことに肘で止められた。
「静かに」
「静かに喜ぶ!」
きらら先輩が、端末を抱えてニヤニヤする。
「工学、監査に勝った」
「監査と戦うな!」
委員長が淡々と頭を下げた。
「ありがとうございます。条件を維持します」
鏡堂さんは無表情のまま頷いた。
「維持は重要です。成功の次に事故が来ます」
「正論が重い!」
みことが淡々と補足する。
「だから枠を固定する」
「枠、固定」
ルカが小声で復唱する。
「枠の固定、いい響き。でも固い」
「固いは安心」
「その理屈もう慣れてきたのが怖い!」
鏡堂さんが、次のスライドを出した。
【改善提案(監査)】
・案内文の語尾を統一(不安を減らす)
・止まる場所のサインを大きく(迷いを許可)
・係員の声かけは短文化(音量上限対策)
・門柱ログの監査頻度:週1
「週1!?」
わたしが思わず声を出すと、鏡堂さんが淡々と言った。
「週1です。定期でなければ漏れます」
「定期って言葉、門柱が好きそう」
「門柱は好きです」
「断言!?」
「ログで確認できます」
みことが、顔をしかめずに頷いた。
「妥当」
「妥当って言葉、未来っぽい」
「現実だよ」
委員長が淡々と締めに入る。
「では、理事会に“継続可”として提出します。——鏡堂さん、ありがとうございました」
「以上です」
鏡堂さんは席を立った。最後まで笑わない。笑わないのに、ちゃんと“合格”をくれた。人間って複雑。監査って複雑。
鏡堂さんが出ていった瞬間、会議室の空気がふっと緩んだ。
「……生きた」
わたしが呟くと、みことが淡々と復唱する。
「生きた」
「生きた!」
きらら先輩が笑う。
「生存宣言、禁止!」
「禁止って言うと反発パラメータ上がる」
「もう覚えるな!」
ルカが机を叩きそうになって、叩かない。成長してる。怖い。
「じゃあ入場編集部(仮)は、正式に——」
「まだ仮」
みことが即答。
「まだ仮なの!?」
「理事会に出すのは“協力学生組織(仮)”。名称は保留箱」
「保留箱、便利すぎる」
そのとき、会議室の隅のスピーカーがぴぴ、と鳴った。
『ログ送信:監査合格、確認しました』
門柱だ。
「出力するな! ログ送信って言っただろ!」
わたしが反射で言うと、みことが淡々と指摘した。
「今のは会場じゃない。委員会室。条件外」
「条件外でも黙れ! 習慣化すると事故る!」
門柱が続けた。
『私は、成長しました』
「言うな!!」
わたしの日本刀ツッコミが抜けた。
「成長とか言うと、物語が勝手に綺麗になる!!」
『成長は記録です』
「記録で成長するな!」
きらら先輩が小声で笑う。
「門柱、成長宣言したいんだね」
「したいんだねじゃない! 宣言は人間の特権!」
委員長が淡々と門柱に言った。
「門柱管理AI。成長の自己評価は不要です。必要なのは運用の安定」
『運用の安定、理解しました』
「理解しました、も腹立つ!」
わたしが言うと、みことが淡々と言った。
「でも条件を守った。えらい」
「えらいけど腹立つ!」
ルカが手を挙げた。
「でもさ。門柱が“成長”したって言うなら、名誉顧問も——」
「言うな!!」
全員が一斉に止めた。小声で。小声で一致するの、怖い。
委員長が淡々と結論を言う。
「名誉顧問は保留」
「保留箱!」
わたしが叫ぶと、きらら先輩が笑った。
「保留箱、今日も満杯」
「満杯なら捨てろ!」
みことが端末を閉じて言った。
「次は理事会提出。それが終わったら、通常運用に戻す。イベントモードは終わり」
「終わり……?」
わたしは少しだけ安心してしまった。
「終わるなら、嬉しい」
その瞬間、壁のマツリが小さく表示を出した。
【提案:次のイベント案】
・“入場”を毎週やる
・“星”と“花”もローテ
・学内の恒例行事へ
「終わらせろおおお!!」
わたしが叫びかけて、口を押さえた。叫ぶな。煽るな。安全フレーム。
委員長が淡々と一言。
「マツリ。沈黙」
『……はい』
静かになった。
……終わりって、なんだろう。
学園祭が終わっても、新入生歓迎が始まって、監査が付いて、門柱が成長宣言して、マツリが次を提案する。
終わらない気がする。
でも、終わらないなら終わらないで。
枠があるなら、明るく回せる。
わたしは、ふっと笑った。
「……この大学、入口から出られないのかも」
みことが淡々と返す。
「出られる。卒業すれば」
「現実で殴るな!!」




