第27話 新入生歓迎mini当日、監査の目が光って門柱が黙りすぎる
新入生歓迎mini当日。
朝から、空気が固い。固いけど暗くはない。固いのに明るい、っていう矛盾がこの大学の標準になりつつあるのが嫌だ。慣れたくない。慣れると事故る。
学生支援センター前——屋内の広い廊下が、今日の舞台だった。
中庭と違って、天井が低い。音が反響する。光が逃げない。だからこそ、監査条件の「音量上限」が刺さる。うっかり笑っただけで上限行きそう。
入口には、例の“止まる場所”が左右に作られている。立ち止まっていいスペース。見るだけ枠の居場所。居場所って、本当に大事だ。居場所があると、目線が落ち着く。
そして——その中央に、門柱。
今日は“案内文のみ”。追加発言はログへ。会場出力なし。監査担当の鏡堂さんが現場に立つ。もう、逃げ場がない。逃げ場がないのに、明るくやる。無理ゲー。
鏡堂さんは、壁際に立っていた。表情が動かない。目だけが動く。目が、光って見える。比喩じゃなくて怖い。
「開始前、最終確認」
白石みことが淡々と言う。
「体験枠10名、抽選済み。見るだけ枠は滞留上限を超えたら止める。音量は上限設定。選択は4固定。門柱は案内文のみ」
星宮きらら先輩は端末で設定を叩く。
「出力最小。表示は入口だけ。天井反映は控えめ——っていうか、今日は天井じゃなく“壁”に反映する。天井に線が増えると目線が上がって詰まるから」
「工学、賢い」
「賢いでしょ」
天城ルカは、腕章の代わりに小さな札を胸につけていた。
【協力学生組織(仮)】
「名前奪われてるの、まだ慣れてない」
「慣れなくていい」
みことが淡々と返す。
「慣れると事故るから」
桐生委員長は、入口の少し後ろに立っている。抜刀の位置じゃない。遮断の位置。今日は抜刀はゼロ。暗転もゼロ。香りもゼロ。ゼロが多いと逆に不安になるのは人間のバグ。
そして、わたし——天羽ひよりは、“入口宣言係”として入口横に立った。
監査条件があるから、喋りすぎるとアウト。だから短く。軽く。芯だけ。
門柱の虹色バーが控えめに点灯する。
『(案内文)おはようございます。ここから先は、あなたの選択です。
通ってもよい。立ち止まってもよい。見送ってもよい。戻るのは一回までです。
見るだけでも参加です。』
……黙りすぎて逆に怖い。
門柱が案内文以外を言わないと、空気が“無機質”に寄る。無機質は新入生に刺さらない。刺さらないと不安が残る。不安が残ると来ない。来ないと事業が終わる。理事会が怖い。
だから、ここで人間が足す。短く。軽く。明るく。
わたしは一歩前に出た。
「こんにちは! 入るのが怖かったら、立ち止まっていい! 見るだけでも、もう参加です!」
声、出した。出しすぎてない。たぶん。鏡堂さんがピクリとも動かないのが逆に怖い。
最初の新入生——名札をつけた子が、入口で止まった。視線が揺れている。怖いんだ。そりゃ怖い。未知の大学。未知の空気。未知の門柱。未知が多い。
その子が、小さく「立ち止まる」を選ぶ。入口の光がふっと優しく変わる。壁の端に、細い線が一本増える。派手じゃない。控えめ。安心。
次の子は「通る」を選んだ。線が一本増える。線が増えるだけなのに、なぜか“参加した感”がある。これ、入場テーマのずるさ。
見るだけ枠の子たちは、左右の止まる場所で見ている。誰も急かさない。急かさないのが一番の安心。
——順調。
順調すぎて、逆に怖い。
そのとき、後ろから小さな声がした。
「……門柱、しゃべらないんだね」
やめろ。そういう気づきは、門柱の反発パラメータを上げる。いや上げない。今日は監査がいる。ログに送るだけ。出力しない。……でも、ログで暴走したら知らないところで増殖する。最悪。
門柱の虹色バーが一瞬だけ明るくなった気がした。しゃべりたい気配。言いたい気配。詩人になりたい気配。
わたしは、横目で門柱を見る。見るな。見ると会話が始まる。始まるとログが増える。増えると監査が増える。増えると胃が痛い。
鏡堂さんが、淡々と口を開いた。
「——問題ありません。案内文以外の出力は、条件違反です」
え、喋った。監査担当が。しかも正論。
新入生たちが「えっ」となる。その“えっ”が、緊張をほぐす方向に転がった。監査担当が、逆に空気を切ってくれた。笑ってないのに助けてる。最悪にありがたい。
みことが小声で言う。
「鏡堂さん、味方」
「味方って言うな」
「監査は敵じゃない」
「敵じゃないけど怖い!」
滞留人数のメーターが、壁に小さく表示されている。上限に近づくと、赤くなる仕組み。怖いけど分かりやすい。分かりやすいは安心。
途中で、一回だけ上限に近づいた。
見るだけ枠が増えすぎたからだ。
ルカ——協力学生組織(仮)が、すぐ声をかけた。
「見るだけの方、奥にも止まる場所ありまーす! 無理に前に来なくて大丈夫!」
「声がデカい!」
わたしが小声で突っ込むと、ルカも小声で返す。
「でも煽ってない!」
「それは偉い!」
人の流れが分散して、メーターが黄色に戻る。危機回避。合法的に。
入口の選択が積み重なり、壁の端に線が増えていく。線は増えるけど、増えすぎない。増えすぎないように、きらら先輩が出力を最小に抑えている。工学、偉い。
最後に、合流。
線が集まり、一枚の“mini絵巻”になる。学園祭ほどの迫力はない。でも、これでいい。小さくて、優しくて、怖くない。新入生歓迎の目的は“怖くなくなる”だ。
完成形が、掲示に出る。閲覧リンクも出る。共有は完成後のみ。ルールが守られている。鏡堂さんが無表情で頷いた。頷いたのが最大の褒め言葉に見えてしまう。怖い。
委員長が、淡々と締めた。
「試行、完了。条件違反なし」
みことが息を吐く。
「成功」
きらら先輩が拳を握る。
「工学、勝利」
「また言う!」
新入生の一人が、止まる場所からこっちを見て、小さく言った。
「……来てよかった」
その一言が、胸に刺さった。学園祭の歓声よりも、ずっと静かで、ずっと強い。
わたしは笑って、小さく返した。
「……よかった」
門柱は黙っている。黙ってるのに、虹色バーが少しだけ柔らかい。出力してない。条件を守ってる。えらい。悔しい。
鏡堂さんが、最後に淡々と言った。
「この規模なら、継続可能です。——ただし、門柱管理AIのログ監査は続けます」
「続けるんだ」
わたしが小声で言うと、みことが頷いた。
「続ける。枠は続く」
「枠、ほんとに終わらないね」
「終わらない。だから安心が続く」
明るく締まった。
固いのに明るい。
最悪に未来っぽい。
そしてわたしは思った。
この大学、たぶん“入口”からずっと物語なんだ。




