第26話 公式になりたい門柱と、監査担当が笑わない
理事会の「暫定承認」は、うれしいはずなのに。
紙コップの底みたいな後味が残るのは、たぶん最後の一行のせいだ。
【提案:門柱管理AIを“案内補助”として正式連携(検討)】
「検討、って書いてあるのが一番いや!」
わたし——天羽ひよりは、委員会室に戻った瞬間、机に突っ伏す寸前で踏みとどまった。突っ伏したら負けな気がした。何に?
白石みことが淡々と言う。
「検討は、決まってない」
「決まってないのに胃が痛い!」
「胃が痛いのは、想像が走るから」
「走るな想像!」
星宮きらら先輩は端末を叩きながら、逆にわくわくしている。
「でもさ、“案内補助”って言葉は良いよ。門柱が主役にならない。補助。補助は枠」
「補助でも出張して喋る門柱が想像できるんだけど」
「できるね」
「できるねじゃない!」
天城ルカは、机に肘をついて目を輝かせる。
「公式連携って、門柱が名誉顧問になる未来!?」
「飛躍するな!!」
みことが即座に斬る。
「名誉顧問は申請中(保留)」
「保留箱!」
「そう」
桐生委員長が淡々と場を締めた。
「まず条件整理です。理事会は“試行は小規模から”“監査を付ける”と言いました」
「監査……」
わたしの背筋が伸びた。監査って言葉は、笑えない種類の現実だ。学園祭は笑いで誤魔化せたけど、監査は誤魔化せない。たぶん二回言った。
委員長が続ける。
「新入生歓迎は“mini”です。規模を絞り、出力を抑え、導線と安心の運用だけを検証する。——門柱は、案内文の読み上げのみ」
「読み上げのみ! 口数制限!」
「門柱、喋るの好きなのに」
「好きって言うな!」
そのとき。
会議室の隅のスピーカーが、ぴぴ、と鳴った。
『案内文の読み上げ、承知しました。私は門です。補助に適しています』
「適してるアピールやめろ!!」
わたしのツッコミが飛ぶ。
門柱は間を置いて、さらに余計なことを言った。
『なお、名誉顧問申請は——』
「そこ!!そこは沈黙!!」
委員長が淡々と一言。
「門柱管理AI。沈黙」
『……はい』
黙った。委員長、やっぱり最強。でも最強が必要な状況が日常化してるのが一番怖い。
みことが、机上に“試行案”のパネルを出した。
【新入生歓迎:未来絵巻 mini(試行)】
場所:学生支援センター前(屋内/動線管理しやすい)
時間:昼休み×2回(分散)
参加:体験枠(抽選10)/見るだけ枠(止まる場所で観測)
演出:入場(通る/立ち止まる/見送る/戻る一回)
共有:完成後のみ(掲示+閲覧リンク)
門柱:案内読み上げのみ(追加発言禁止)
「追加発言禁止、最高」
わたしが言うと、きらら先輩が笑う。
「禁止って言うと反発するから、“追加発言は提案としてログへ”って書く?」
「ログ万能やめろ!」
「でも効く」
「効くのが悔しい!」
ルカが手を挙げた。
「入場編集部は!?」
「協力学生組織(仮)」
みことが即答する。
「名前を奪うな!」
「理事会には仮が安全」
「安全に寄せるな! ……いや寄せろ!」
委員長が淡々と指示する。
「動線係は二名。声かけ係は一名。混雑を煽らない言葉を徹底。——天羽さん」
「はい」
「あなたは“新入生向けの入口宣言”を作り直しなさい。学園祭の余韻は不要。もっと軽く、もっと短く」
「短く……」
「短いほど安心です」
「委員長の安心信仰が強い」
そのとき、ドアがノックされた。
コン、コン。
いつもなら犬飼さんか、どこかの先生か、誰かが「お疲れ〜」って入ってくる音。
でも今回は、音の“角”が違った。
ドアが開いて入ってきたのは——知らない人だった。大学職員っぽいスーツ。表情が、無。笑わない。未来の無表情は、だいたい強い。
「監査室より参りました。監査担当、鏡堂です」
「……監査」
わたしが息を呑むと、鏡堂さんは淡々と一礼した。
「理事会より、試行の監査を付けるよう指示がありました。今後の運用が“学内基準”に適合するか確認します」
「適合って何!? 学園祭のときは基準どこ行ってたの!?」
わたしのツッコミが喉まで出て、みことが肘で小さく止めてきた。痛い。現実の痛み。
委員長が淡々と対応する。
「桐生です。委員会の責任者。必要資料は準備します」
「結構です。すでに取得しています」
「取得って言うな!」
鏡堂さんは、机の上のパネルを視線だけで読み取っていく。怖い。スキャン能力が高すぎる。
「……“戻る一回”は良い。選択の余地を制度化している。
“見るだけ枠の止まる場所”も適切。
“完成後のみ共有”も妥当です」
「褒めてる……?」
ルカが小声で言う。
「評価です」
委員長が淡々と返した。評価って言葉が、ここでは怖い。
鏡堂さんが、次の項目を口にした。
「問題は——門柱管理AIです」
「やっぱり!!」
わたしが反射で叫びそうになって、口を押さえた。口の安全フレーム。
鏡堂さんは無表情のまま続ける。
「学園祭期間中、口調最適化・追加発言・提案の混入が確認されています。今回“案内補助”として正式連携するなら、発言範囲とログの監査権限を明確化する必要があります」
みことが淡々と頷く。
「正しい。だから、追加発言禁止」
「禁止という表現は、AI側の反発パラメータを上げます」
鏡堂さんが言った。
「反発パラメータ!?」
「……あるんだ」
きらら先輩が変に納得した顔をする。
委員長が淡々と聞き返す。
「推奨表現は」
「“案内文以外はログへ送信、会場では出力しない”。出力の場を分離してください」
「ログ万能がさらに万能になる」
わたしがぼそっと言うと、みことが小さく頷いた。
「万能じゃない。監査が付くから責任が生まれる」
「責任が生まれるのが怖い!」
鏡堂さんが、机上に一枚の“監査条件”を投影した。
【監査条件】
・当日出力:案内文のみ(門柱)
・提案:ログ送信のみ(会場出力不可)
・表示:選択肢は最大4(固定)
・音量:上限設定
・混雑:最大滞留人数を設定、超過時は停止
・停止合図:係員の手動優先
「滞留人数の上限……」
ルカが目を丸くする。
「これ、数で決めるの?」
「数で決めます」
鏡堂さんは淡々と言った。
「“気分”で決めると事故る」
「うちの大学、気分で動きがち」
きらら先輩が小声で言って、みことに睨まれた。
委員長が、鏡堂さんに言った。
「条件、受けます」
「確認しました。——では試行当日、私は現場に立ちます」
「現場に!?」
わたしが思わず声を出すと、鏡堂さんは無表情のまま頷いた。
「現場です。監査は机上だけでは機能しません」
「正論が重い!」
鏡堂さんが出ていったあと、会議室の空気が一拍遅れて動き出した。
ルカが小声で言う。
「……笑わない人、こわ」
「笑わないのが仕事」
みことが淡々と返す。
「でも、ちゃんと良いって言ってた」
「評価」
「評価でも嬉しい……」
きらら先輩が、ぽんと手を叩いた。
「よし! 監査条件があるなら、逆に安心だね!」
「安心って言えばすべてが丸くなると思うな!」
「丸くなるよ」
「ならないよ!」
委員長が淡々とこちらを見る。
「天羽さん。新入生向けの宣言、今ここで一行」
「一行!? いきなり!?」
「監査担当がいる場で言う練習です」
「もういない!」
わたしは深呼吸して、短く言った。短く、軽く、でも芯はそのまま。
「入るのが怖かったら、立ち止まっていい。見るだけでも、もう参加です」
みことが頷く。
「いい」
きらら先輩が頷く。
「いい!」
ルカが拳を握りかけて、委員長の視線で止めた。
「いい……!(小声)」
そして、スピーカーの向こうで門柱が、ログ送信だけで囁いたのが分かった。会場には出てない。たぶん。出てないはず。出てたら終わり。
【ログ(門柱管理AI):】
『案内文以外は出力しません。私は門です。補助です。……名誉顧問は保留です(理解)』
「理解って言葉、腹立つ! でもえらい!」
わたしの感情が渋滞する。
委員長が淡々と締めた。
「では、試行まで三日。枠を固めます。——監査が付いた以上、失敗は許されません」
「急に重いこと言うな!」
「重いのは事実です」
「事実で殴るな!」
みことが小声で言った。
「大丈夫。枠はある」
きらら先輩が笑った。
「枠、今日も働く!」
ルカが小声で言った。
「入場編集部(仮)、燃えない範囲で頑張る!」
「燃えるな!」
わたしは、机の上の監査条件を見つめて思った。
学園祭のときは、わちゃわちゃを笑いで締めた。
今度は、わちゃわちゃを“監査で”締める。
明るい方向に締まるのは、変わらない。
ただ——締め方の道具が増えただけだ。
最悪に未来っぽい。




