第25話 理事会へ提出、文章が固くて門柱が柔らかい
余韻会の翌日。
わたし——天羽ひよりは、大学って「翌日」が一番怖い場所なんだと知った。イベントの翌日って、だいたい静かなはずなのに、この大学は「はい次」って顔をしている。次が速い。次が通常運転。こわい。
委員会室に入ると、円卓の上がもう“提出物”の顔をしていた。パネル、チェックリスト、署名欄。紙じゃないのに紙の圧がある。
白石みことが淡々と言う。
「理事会向け、一枚資料にまとめた」
「一枚で済むの!?」
「一枚で済ませる。読まれないから」
「現実!」
星宮きらら先輩が端末を叩いて、空中に資料案を投影した。
【新入生歓迎:未来絵巻 mini(案)】
目的:新入生の不安を下げる/参加のハードルを下げる
理念:見るだけでも参加/強制なし/戻る一回
運用:入口導線/止まる場所/完成後のみ共有
安全:出力最小/香りなし/暗転なし/混雑分散
「暗転なしが堂々と入ってるの、ほんとに事件だったんだね」
わたしが呟くと、桐生委員長が淡々と頷いた。
「事件は、繰り返さないために明文化します」
「明文化万能!」
天城ルカが、なぜか“入場編集部”の腕章を机に置いて言った。
「理事会に、編集部の活動も一緒に出す? 新入生歓迎の導線、手伝える!」
「手伝えるのはいいけど、理事会に“編集部”って言葉通る?」
「通す!」
「通すな!!」
みことが静かに止める。
「今は“協力学生組織(仮)”で出す。名称は後」
「保留箱だ!」
「そう」
委員長が淡々と資料の末尾を指した。
「最後に“キャッチ”が必要です」
「キャッチ?」
「一文で伝えるやつ」
「それ、わたしのやつ……?」
わたしが身構えると、委員長はうなずいた。
「あなたが昨日言った言葉が核です。理事会向けに整えます」
——整える。
嫌な予感がした。整えるって言うと、だいたい固くなる。固くなると、ひより成分が死ぬ。ひより成分が死ぬと、わたしがただの提出物になる。
みことがパネルを開いた。
【キャッチ案(暫定)】
「入場の選択肢を増やすことで、新入生の不安を低減し、学内参加の心理的障壁を緩和する」
「固い!!」
わたしが即ツッコミした。
「理事会は固い」
みことが淡々と言う。
「でも固すぎる! 口に入らない!」
「口に入らないって何」
「文章が!」
きらら先輩が笑う。
「じゃあ、ひよりの言葉で行こ! 理事会にも“人間”いるでしょ!」
「いるけど、固い人間かもしれない」
「固い人間って言うな!」
委員長が淡々と言った。
「天羽さん。あなたの一文を出しなさい。こちらで“固めすぎない範囲で”整えます」
「固めすぎない範囲……未来大学っぽい条件!」
わたしは深呼吸して、言った。言ってしまった。言葉は戻らない。ログに残る。残らないけど、心に残る。
「……入るのが怖い人に、立ち止まる場所を用意する。見送る選択も、戻る選択も、参加として守る。だから、入学が怖くなくなる」
室内が一瞬静かになって、みことが小さく頷いた。
「良い。これを“一文”にする」
「一文にするの!? 今ので一文じゃないの!?」
「長い。一文に見せる」
「詐欺じゃん!」
「編集だよ」
「編集……!」
委員長が淡々と採用を言い渡す。
「核はそれで良い。——ただし、余計な単語を削ります。“怖くなくなる”は残す」
「そこ残すの!?」
「強いからです」
「委員長、言葉の評価するのずるい」
そのとき、会議室の隅がちかっと光った。
【門柱管理AI:三回目申請】
『入場編集部に名誉顧問として参加したい(再)』
「三回目!!」
わたしの声が裏返った。
「しつこい!! 門柱、しつこい!!」
みことが淡々と訂正する。
「しつこくない。定期」
「定期で申請するな!!」
委員長が表示を消して言った。
「保留」
「保留箱ォ!」
わたしが叫ぶと、ルカが小声で言う。
「でも名誉顧問って、理事会ウケ良さそう」
「良くない!!」
「ウケるけど危険」
みことが即答する。
「危険は全部門柱から来るの!?」
「門柱から来る危険は多い」
きらら先輩が、理事会提出用のフォーマットを整え始めた。
「よし、これで提出はできる。……あとは“理事会での口頭説明”」
「口頭説明!?」
わたしが固まる。
「やだ! 固い人間に喋りたくない!」
「固い人間って言うな」
「でも固い!」
委員長が淡々と言った。
「説明は私がします。天羽さんは最後の一文だけ」
「最後の一文だけなら……」
「最後の一文が一番刺さります」
「刺すな!」
——理事会室。
キャンパスの一番奥、壁がいつもより白い場所。空気が“決裁”の匂いをしている。匂いって言っても香りじゃない。香りは事件。今日は関係ない。たぶん。
委員長が資料を提示し、淡々と説明する。出力最小、混雑分散、強制なし、見るだけでも参加。理事会の人たちは頷いたり、目を細めたり、メモを取ったりしている。固い。固いけど、聞いてる。怖い。
最後に、委員長がわたしを見る。
「天羽さん。締めの一文を」
胃がきゅっとなった。ここで滑ったら、未来絵巻が“事業”になるか“没”になるかが決まる。学園祭より胃が痛い。学園祭は笑いで誤魔化せたけど、理事会は誤魔化せない。たぶん。
でも、わたしは深呼吸して、言った。
「入るのが怖い人に、立ち止まれる場所があるだけで——入学は、怖くなくなります」
理事会室が一瞬だけ静かになって、誰かが小さく頷いた。もう一人が微笑んだ。固い人間にも、目はある。心もある。たぶん。
委員長が淡々と頭を下げる。
「以上です」
——廊下に出た瞬間、わたしは息を吐いた。
「生きた……」
「生きた」
みことが淡々と復唱する。
「生きた!」
きらら先輩が笑う。
「生きた! 編集部生存!」
ルカが拳を握る。
「生存宣言するな!」
そのとき、委員長の端末が小さく鳴った。
【理事会:暫定承認】
【条件:試行は小規模から/監査を付ける】
【提案:門柱管理AIを“案内補助”として正式連携(検討)】
「最後の一行やめろ!!」
わたしが叫んだ。
「検討って書いてある! 門柱が公式になる匂いがする!!」
みことが淡々と肩をすくめる。
「検討は保留箱の親戚」
「親戚を増やすな!」
委員長は、いつもの無表情で言った。
「小規模からです。枠の中でやります」
「枠の中で門柱が公式になるの、嫌すぎる」
「嫌でも運用します」
「運用って言えば合法になると思うな!」
「合法です」
わたしは歩きながら、ふっと笑った。
学園祭が終わっても、物語は終わらない。
次は新入生歓迎。
入口はまた舞台。
主役はまた人。
そして門柱は——また余計なことを言いそう。
でも、枠があるなら。
たぶん、また明るく締められる。




