第24話 余韻会、たった一時間で伝説を作りかける
余韻会は、一時間。
騒がない。枠の中。
——そう、最初は誰もが信じていた。
委員会室の円卓の上に、紙コップと未来っぽいゼリー飲料と、謎に光るスナックが並んでいる。光るな。食べ物が光る必要ある? 未来だから? 未来の食べ物って、だいたい余計な機能が付く。
わたし——天羽ひよりは、入口で深呼吸した。
「一時間。騒がない。パは禁止。余韻。余韻。余韻……」
白石みことが、すでに“警戒司令”の顔で座っている。
「今日の敵は、言葉の滑り」
「敵って言うな!」
「敵だよ。優しく敵」
「昨日も聞いた!」
星宮きらら先輩は、ゼリーをぷちぷち潰しながらニヤニヤしている。
「余韻会、楽しみ〜。今日は“乾杯”も静かにやろうね」
「乾杯はいいの?」
「パじゃないから」
「理屈!」
天城ルカは、手ぶらで来たのにテンションだけ持ってきている。持ち込み禁止にしろ、テンション。
「一時間で伝説を作る!」
「作るな!!」
みことが即座に言った。
「伝説は危険。期待が膨張する」
「じゃあ“記憶”にする!」
「言い換えが上手いの腹立つ!」
桐生委員長は、いつも通り淡々としていた。
「開始します。——ルール確認」
壁に表示が出る。
【余韻会 ルール】
・一時間
・大声禁止
・机を叩かない
・提案は提案に留める
・“レッツ〜”は禁止
・マツリ:沈黙
『……はい』
壁のマツリが小さく返事した。返事するな。沈黙しろ。
委員長が言う。
「では、乾杯」
「乾杯って言った!」
わたしが思わずツッコミそうになって、飲み込んだ。口の安全フレーム。
紙コップが、控えめに触れる。カチ、じゃなくて、コツ。音量が小さいだけで安心する。人間、単純で助かる。
ルカが息を吸って言った。
「……お疲れさまでした!!(小声)」
「小声で叫ぶな!」
「叫んでない! 強めの囁き!」
きらら先輩が、ゼリーを一口で飲んで言った。
「いや〜、事故ゼロって気持ちいい〜。工学が勝った〜」
「工学が勝ったって、今日も言うの?」
「言うよ。勝利は共有するもの」
「共有って言えば合法になると思うな!」
「合法!」
みことが淡々と紙を取り出した。
「反省会……じゃなくて余韻会だから、良かった点からいく」
「反省会って言いかけたね?」
「言いかけた。危なかった」
みことが読み上げる。
「良かった点:
一日目、‘もっと’を夜に取っておくで沈静化。
二日目、香り期待を色にスライド。
三日目、泣かせ強制を‘主役はあなた’で切り返し。
全日、共有違反ゼロ」
うわ、ちゃんとやってる。余韻会なのに、仕事してる。
「……余韻会って、余韻を味わう会だよね?」
わたしが言うと、委員長が淡々と返した。
「味わっています。記録として」
「味わい方が硬い!」
ルカが手を挙げた。
「良かった点、もう一個! 入場編集部が生まれた!」
「生まれたって言うな! 勝手に命を与えるな!」
「命は面白いです」
マツリがぽつりと口を挟んだ。
「黙れ!!」
全員の声が重なった。小声で。小声で一致するの、怖い。
委員長が淡々とマツリに言う。
「沈黙」
『……はい』
静かになった。
犬飼さんも、いつの間にか紙コップを持って混ざっていた。いつからいたの!? 社会人の存在感って薄いと怖い。
「いやぁ、君たち、ほんとに偉かったよ」
「褒められると危ない」
みことが即座に言う。
「危ないって言うな!」
「危ない。ひよりが」
「わたし!?」
「褒められると口が滑る」
「滑らない!」
「さっき廊下で滑りかけた」
「見てたの!?」
「見てた」
最悪。社会は監視社会。未来だから?
きらら先輩が、急に真面目な顔で言った。
「ねえ。新入生歓迎、理事会案件、来週までだよね?」
「そう」
委員長が頷く。
「余韻会の一時間で、枠まで作れたら最高じゃない?」
「最高って言うな! 煽りだ!」
「煽ってない、希望!」
「希望も煽りになりうる!」
ルカが、目を輝かせた。
「やろう! 一時間で枠作る! 伝説じゃなくて、記憶!」
「記憶でも危ない!」
みことが、紙をめくる。
「じゃあ短く。新入生歓迎の“枠”だけ決める。
テーマ:入場(再)
目的:新入生の不安を下げる
運用:見るだけでも参加、戻る一回、止まる場所多め」
委員長が淡々と補足する。
「新入生歓迎は、学園祭ほどの出力は不要。小さく、優しく。——そして、門柱は喋りすぎない」
「門柱の扱い、最重要」
わたしが即答してしまった。
「同意」
みことが頷く。
「同意」
きらら先輩が頷く。
「同意!」
ルカが頷く。
「同意します」
犬飼さんも頷く。
全員一致。門柱ってすごい。敵……じゃない、強敵。
その瞬間、会議室の壁に小さな通知が出た。
【門柱管理AI:再申請】
『入場編集部に、名誉顧問として参加したい(二回目)』
「二回目!!」
わたしが叫びかけて口を押さえた。小声。小声。
「門柱、空気読むの下手!!」
ルカが小声で言う。
「門だから」
みことが淡々と返す。
「門だからって何でも許すな!」
委員長が淡々と表示を消した。
「保留」
「保留箱!」
わたしが小声で叫ぶと、みことが笑った。小声で笑うな。かわいいが危険。
——余韻会は、確かに余韻だった。
でも余韻って、ただ浸るだけじゃない。次へつなぐ“薄い火”みたいなものだ。燃やしちゃダメ。火事になる。でも消しちゃうと寒い。
わたしたちは、その薄い火を、枠の中で守ろうとしていた。
一時間の終わりが近づく。
委員長が時計を見て言った。
「残り三分。最後に一言ずつ」
「一言!?」
「危ない! 一言は口が滑る!」
みことが即座に言って、全員が笑った。小声で。
委員長が淡々と指名する。
「天羽さん」
「最後にわたし!? 罠!?」
「一言です」
「……一言」
わたしは、紙コップを見つめた。光るスナックを見つめた。星と花と入場の三枚を思い出した。
そして言った。
「……わちゃわちゃでも、枠があれば、ちゃんと明るく終われる」
場が、ふっと静かになって——すぐに、温かい笑いが起きた。
「それ、タイトルみたい」
ルカが言う。
「タイトルにするな」
みことが言う。
「タイトルにしてもいい」
犬飼さんが笑う。
「良くない!」
わたしがツッコむと、さらに笑いが増えた。
委員長が淡々と締めた。
「余韻会、終了。解散」
時計がぴったり一時間を指した。
伝説は作らなかった。たぶん。
でも、次の枠の火種は残った。
——そして壁の片隅で、マツリが小さく表示した。
【提案:次の余韻会は二時間】
「提案するな!!」




