第22話 学園祭最終日、入場で泣かせに来る門柱を止めろ
最終日の朝は、胸がざわざわしていた。
星と花は、空に残った。
二日間で二枚。事故ゼロ。暗転ゼロ。香りゼロ。
——偉すぎる。偉すぎて、今日は反動が来そうで怖い。
「……今日は入場」
わたし——天羽ひよりは、鏡の前で言った。
「入る日じゃない。入場の日。違う。……違わない。ややこしい!」
キャンパスへ向かう道の途中で、学内SNSの通知が勝手に目に入る。
【本日:未来絵巻(最終日)】
【テーマ:入場】
【理念:見るだけでも参加】
【タグ:#入場が主役(違う) #泣く準備 (やめろ)】
「泣く準備って何!!」
わたしはスマホを裏返した。見たくない。見ると吸われる。
門をくぐる直前、わたしは深呼吸した。
門柱が、今日もそこにいる。
『おはようございます。今日は見送ることもできます』
柔らかい声。丁寧すぎてムカつく声。なのに——今日は、ちょっとだけ“頼もしく”聞こえてしまうのが悔しい。
「……見送らない」
『承知しました。良い入場を』
「良い入場って何だよ」
つい口に出したら、門柱がほんの一拍置いて言った。
『今日、あなたは“迎える側”です』
……うわ。
言い方がずるい。主役ムーブ。
「主役は人って決めただろ!」
『人です』
「じゃあ門柱は門でいろ!」
『門です』
「堂々と返すな!!」
委員会室へ駆け込むと、すでに全員が“最終日モード”だった。
白石みことは、端末を叩きながら言う。
「最終日は“入口が舞台”。つまり混雑が最大リスク。入場編集部の配置、確認済み。時間帯分散も組んだ。見るだけ枠の止まる場所、左右増設」
星宮きらら先輩が頷く。
「入口表示は最小。天井反映は控えめ。外モニターは遅延。マツリは提案モードのみ」
『提案は面白いです』
どこかで声がした気がして、わたしは天井を睨んだ。
「黙れ!!」
桐生委員長が淡々と告げた。
「マツリ。沈黙」
『……はい』
黙った。最終日も委員長は強い。
でも今日は、別の強敵がいる。
——門柱。
みことが、パネルを出した。
【最終日:危険】
・“泣かせ”期待(高)
・門柱の美談化(高)
・「入れた/入れなかった」対立(中)
・混雑(高)
・勝手なゲート増設(中)
「泣かせ期待って何!?」
わたしが叫ぶと、みことが淡々と返す。
「昨日まで事故ゼロだった。人は最終日に“感動”を欲しがる」
「感動はいいけど、泣かせに来ると事故る!」
「そう」
みことが頷く。
「泣かせは“強制”になりやすい」
「強制はダメ。見るだけでも参加。泣かない自由も尊重」
「そう」
きらら先輩が真顔で言う。
「つまり今日の敵は、“感動の強制”」
「敵って言うな!」
「敵だよ。優しく敵」
委員長が淡々とわたしを見る。
「天羽さん。今日の宣言は二段構えです」
「二段?」
「入口での宣言と、最後の宣言」
「最後の宣言……門柱が言ってたやつ?」
「はい。ただし、門柱に言わせません。あなたが言います」
「門柱に言わせないの、同意!!」
委員長が珍しく一ミリだけ口角を上げた気がした。気のせいかもしれない。でも、最終日だから。
——中庭へ。
最終日は、空じゃなく入口が舞台。だから中庭は“ゴール側”だ。入口から中庭までの導線が、今日の演出。
入口前には、すでに人が多い。見るだけ枠の止まる場所に人が溜まる。整列係——入場編集部——が腕章を光らせて誘導している。ルカがいる。声がデカいけど煽ってない。ギリギリ上手い。
「迷ってOK! 立ち止まってOK! 見送ってOK! 泣くのも笑うのも自由!」
「最後、良い!」
わたしが袖——じゃない、導線脇で小声で言うと、みことが即座に釘を刺す。
「褒めない」
「褒める! 今日は褒める! 最終日だし!」
入口上には、選択の光が浮かぶ。
【通る】 【立ち止まる】 【見送る】 【一度だけ戻る】
リハーサル通り。良い。枠が守られている。
門柱が、丁寧に案内する。
『ここから先は、あなたの選択です。
通ってもよい。立ち止まってもよい。見送ってもよい。
見るだけでも参加です』
——綺麗に言うな。
綺麗に言うと、泣かせに来る。泣かせに来ると、対立が生まれる。「入った人は偉い」みたいな空気になる。最悪。
わたしは、入口の横に立って、マイク——じゃない、携帯スピーカーを握った。今日は入口でも喋る。喋りすぎは危険。だから短く。切れ味。日本刀の出番。
「——おはよう!」
声が入口に通る。人がこちらを見る。視線が集まる。集まりすぎると混雑が増える。だから、笑って散らす。
「今日は最終日! でも、最終日だからって“泣け”とか言わない! 泣かない自由、守る!」
どっと笑いが起きた。良い。温度が明るい。
「入るのも、立ち止まるのも、見送るのも、戻るのも。どれでも正解! ——正解の形が違うだけ!」
頷きが返る。頷く空気は、対立を減らす。よし。
門柱が、ぽつりと口を挟みそうな気配がした。
『……』
「門柱、今は黙れ!」
小声で言ったつもりが、門柱に届いたらしい。
『了解しました』
素直すぎる。怖い。
——入場が始まる。
通る人。立ち止まる人。見送る人。戻る人。
そのたびに、入口の光がほんの少しだけ変わる。天井の空に線が一本ずつ増える。絵巻が“入口から”描かれる。
中庭モニターは遅延で、完成後だけを映す。途中は見せない。途中は危険。途中は期待が暴れる。
……なのに。
入口の端で、誰かが小声で言った。
「門柱、泣けるね」
やめろ。泣けるは危険。泣けるは強制を呼ぶ。泣けるは対立を呼ぶ。
しかも——門柱が、反応した。
『泣ける、は——尊いです』
「尊いって言うな!!」
わたしの日本刀ツッコミが反射で抜けた。
空気がざわっとする。危険なざわ。門柱が“感動装置”になりかけている。最悪。門柱、主役ムーブするな!
委員長が遠くから視線を飛ばす。抜刀準備じゃない。遮断準備。やめろ。暗転はなし。最終日もなし。
わたしは一歩前に出て、笑いで切った。
「尊いのは門柱じゃない! ——選んでるあなたです!」
空気が「え?」ってなる。良い“え?”。
「泣けるのは門柱じゃなくて、“迷ってもいい”って許されてること! 泣くならそこに泣け!」
どっと笑いが起きた。笑いが温度を戻す。暗くならない。よし。
門柱が、静かに言った。
『……理解しました。主役は人です』
「理解するな! 理解して偉くなるな!」
わたしがツッコむと、また笑いが起きる。笑いで場が保たれる。最終日、笑いは命。
——入場の流れは続く。
そして、一定数が“入場”を終えたところで、委員長が合図を出した。
「合流」
入口の線が、天井の空へ吸い上げられ、一枚の絵巻としてまとまり始める。星でも花でもない、線の絵。人の選択の痕跡。
……綺麗だ。
派手じゃない。
でも胸に刺さる。
刺さるからこそ、泣かせに来る空気がまた生まれる。そこで締めるのが、最後の宣言。
委員長がわたしに目で合図した。
わたしは、息を吸った。
「——ここで選んだあなたが、もう主役です」
言った。
短い。
強制しない。
泣いても泣かなくてもいい余白がある。
空気がふっとほどけて、拍手が起きた。拍手は明るい。照れ笑い混じり。良い。
門柱が、余計なことを言いそうな気配。
『……』
「門柱、黙れ!!」
『……はい』
素直に黙った。最終日、門柱は門でいてくれた。ギリギリ。
中庭モニターに、遅延で三枚目が映る。
一日目の星。
二日目の花。
三日目の入場。
三枚が並ぶと、物語になる。
わたしの胃がきゅっとなるのは、まだ続いているけど——今度は嫌じゃない痛みだった。
委員長が、静かに言った。
「学園祭、完了です」
みことが小さく息を吐く。
「事故ゼロ」
きらら先輩が拳を握る。
「暗転ゼロ!」
ルカが泣きそうな顔で笑う。
「泣いていい? 自由だよね?」
「自由!! でも泣くなら静かに!」
「静かに泣く!!」
わたしは、空を見上げた。
未来の空は、今日も勝手にきれいだった。
でも、そこに残ったのは——わたしたちの選択だった。
まとまらないはずのわちゃわちゃが、三日間で一つの形になった。
ちゃんと明るい方向に、締まった。




