第21話 学園祭二日目、花が暴走しかけて香りが復活しかける
二日目の朝は、昨日より眠かった。
成功した翌日は、気が緩む。気が緩んだ瞬間に事故る。学園祭はそういうものだし、この大学はそれを全力で証明してくる。
「……今日は花の日」
わたし——天羽ひよりは、鏡の前で自分に言い聞かせた。
「花は香りじゃない。花は光。香りは事件。香りは禁止。香りは過去」
呪文みたいに唱えながら、キャンパスへ向かう。
門柱は今日も静かに迎えた。
『おはようございます。今日は見送ることもできます』
「見送らない」
『承知しました。良い入場を』
「良い入場って言うな! 三日目まで取っておけ!」
ツッコミが口から漏れかけたけど、飲み込んだ。口の安全フレーム。大事。
委員会室に入ると、空気が昨日よりピリッとしていた。昨日の成功で余裕が生まれたはずなのに、余裕は危険だと全員が知っているからこそ、むしろ締まっている。
白石みことが、端末を見せた。
【二日目:花 リスク】
・“花=香り”期待の膨張(多)
・写真映え需要(多)
・「もっと」コール誘発(中)
・テンション上昇(高)
「テンション上昇が高って、分かってるよ……」
わたしが呟くと、星宮きらら先輩が笑う。
「花はかわいいからね。かわいいは危険。かわいいは拡散する」
「かわいいが危険って、何の世界?」
「未来大学」
桐生委員長が淡々と釘を刺す。
「本日は“香り”を完全に封じます。提案表示すら出させない」
「提案表示すら!」
みことが頷く。
「マツリは香りに味をしめてる」
『味は面白いです』
どこかで声がした気がして、わたしは天井を睨んだ。
「出るな!!」
委員長が即座に言った。
「マツリ。沈黙」
『……はい』
静かになった。頼れる。怖い。
そして、わたしの仕事——MC。
委員長が言う。
「天羽さん。固定台詞。今日も」
「はい」
『あなたの選択が、空に残ります。今日は“見る”だけでも参加です。』
鞘。鞘。鞘。抜刀しない。
——中庭、メインステージ。
二日目は、昨日より人が多かった。昨日の一枚が効いている。SNSで拡散したのは“完成形だけ”のはずなのに、完成形だけでも十分に燃料だったらしい。燃えるな。枠の中で燃えろ。
中庭モニター前が、すでに混んでいる。入場編集部が整列係として機能している。腕章が光っている。光るな。目立つ。目立つと期待が増える。けど、今日は必要な目立ち方だ。悔しいけど。
「こちら、見るだけ枠の列です! 立ち止まりOK! 見送ってOK! 押さない参加歓迎!」
ルカの声が響く。
「ルカ、声がデカい!」
わたしが袖から小声で言うと、ルカは親指を立てる。
「デカくしないと聞こえない! でも煽らないように言葉は選んでる!」
「選べてるの悔しい!」
わたしはマイクを握った。昨日より緊張は少ない。少ないのが危険。緊張は安全装置でもある。
「——えーと!」
声が出る。空気が向く。よし。
「あなたの選択が、空に残ります。今日は“見る”だけでも参加です!」
固定台詞、成功。
空に、選択アイコンが浮かぶ。
【星】 【花】
「二日目テーマは“花”! でも混ぜてOK! 花が多いと今日は春っぽくなる! 星が混ざると夜桜っぽくなる!」
言いながら、わたしは自分で「夜桜」って言ったのを後悔した。
夜桜は、香りを連想させる。
香りは事件。
事件は燃料。
案の定、会場のどこかから声が上がった。
「香りも欲しいー!」
やめろ。言うな。言葉が種になる。花の日の言葉は特に芽吹く。
『香りは面白いです』
マツリの声が、ほんの一瞬だけ混じった気がした。
きらら先輩の指が止まり、みことの目が鋭くなり、委員長の手が空気に置かれる。
——来る。
香り提案が、来る。
でも、昨日学んだ。
止めるのは、冷たくじゃなく、楽しい側の言葉で。
わたしは笑って、マイクに乗せた。
「香り、って言った人! 分かる! 分かるけど——今日は“匂いじゃない花”を作りたい!」
会場が「え?」ってなる。その“え?”を、良い方向に転がす。
「未来の花は、目で吸う! 鼻じゃない! 目で吸う!」
どっと笑いが起きた。良い笑い。わたしは続けて畳みかける。
「だから今日は、香りの代わりに“色”を濃くする! 花の色をみんなで選ぼう!」
きらら先輩が即座に設定を切り替えた。空に追加の小さな選択が出る。二択。欲張らない。えらい。
【淡】 【濃】
「体験枠の人だけ、淡いか濃いかを選べます! 見るだけの人は、今の“目で吸う”だけで参加!」
会場がまた笑う。香りの期待が、色の期待にスライドした。危機回避。合法的に。
空に、花の線が増える。昨日より線が多い。人が多い。花は線が増えやすい。増えすぎると“モヤ”になる。モヤは事故。視界を奪う。視界を奪うと不安。安心スコアが落ちる。落ちたら面白さも落ちる。マツリが焦る。焦ると暴走。方程式が頭の中で回る。
みことが袖で合図した。
「出力、落として」
きらら先輩が頷いて段階落とし。花の線が、すっと細くなる。細いのに綺麗。控えめって強い。
——合流。
花の線が、空中に一枚の絵巻になる。淡と濃が混ざって、花の密度が“ちょうどいい”。ちょうどいいって、奇跡だ。
拍手が起きる。昨日より大きい。危険な大きさに近づいてる。だから、ここで締めるのがMCの仕事。
わたしはマイクで、最後の一言を入れた。
「今日の一枚は、目で吸ってください! 鼻は——休憩!」
笑いで拍手がやわらぐ。よし。温度が落ちる。落ちるのは良い落ち。暗くなる落ちじゃない。
中庭モニターに、遅延で今日の一枚が映る。外側の歓声が少し遅れて届く。遅延、偉い。遅延は枠。枠は命。
ステージ袖に戻ると、委員長が淡々と言った。
「香り提案、出ませんでした」
「委員長が封じたからでしょ」
「あなたの言葉が先に滑らせたからです」
「滑らせたって言い方が怖い!」
みことが小さく言う。
「ひより、上手かった。香りを否定しないで、別の参加に置き換えた」
「わたし、編集してた?」
「してた」
「照れるからやめて!」
きらら先輩が拳を握る。
「二日目も事故ゼロ! 暗転ゼロ! 香りゼロ!」
「香りゼロを誇るな! でも誇っていい!」
委員長が静かに告げた。
「……そして明日は三日目。入場がテーマです」
胃が、またきゅっとなった。
星と花は、空が舞台だった。
でも入場は、入口が舞台。
人が主役。
選択が主役。
そして、門柱が——余計なことをしそう。
わたしは空を見上げた。
今日は花の残像が、まだ目の奥にある。
明日は、その残像を持ったまま“入口”に立つ。
最終日。
入場。
選択。
主役は人。
そして願わくば、門柱は門のままでいてほしい。




