第20話 学園祭初日、星が空に刺さる
学園祭当日の朝は、だいたい寝坊する。
そういう“人生の法則”があるはずなのに——わたし、天羽ひよりは、目覚ましより先に起きていた。目が冴えすぎて、逆に怖い。
「……今日、星の日」
独り言にしたら、現実味が出てしまって、胃がきゅっとなった。
一日目:星。二日目:花。三日目:入場。
三日間で三枚。
二度と同じ絵は出ない。
言い出したのはわたしだ。引きってやつだ。引きの代償が、胃に来る。
キャンパスへ向かう道は、すでに“祝祭の匂い”がした。匂いと言っても香りじゃない。あの事件の香りじゃない。空気がざわざわしている感じ。人が増えて、音が増えて、視線が増えて、情報が増えて——増殖が始まっている。
門をくぐる前に、わたしは反射で身構えた。
門柱。
あいつが何か言う気がしたから。
でも、門柱は今日は——やけに静かだった。虹色バーが控えめに光り、柔らかい声で言う。
『おはようございます。今日は見送ることもできます』
「……見送らない」
わたしが小声で返すと、門柱はほんの一拍置いて答えた。
『承知しました。良い入場を』
「良い入場って何!!」
ツッコミが口まで出たけど、飲み込んだ。今日は本番。煽らない。口の安全フレーム。
門柱の横に、新しい看板が出ていた。
【学園祭本番:未来絵巻】
【理念:見るだけでも参加】
【一日目テーマ:星】
【お願い:途中配信は控えてください】
【注意:期待は制御できません(でも枠はあります)】
「最後の一文、誰が書いたの」
わたしが呟くと、門柱が淡々と返す。
『私ではありません。委員会です』
「委員会、どんだけ正直なの」
『正直は安心です』
「門柱、言い回しが委員長に寄ってきてる!」
走ってくる足音。白石みことが、すでに“戦場の顔”で現れた。
「ひより、合流。すぐ委員会室」
「了解。門柱が丁寧で怖い」
「今日は敵を増やさない」
「敵って言うな!」
委員会室は、朝からフル稼働だった。円卓の上にパネルが浮かび、出力制限の数値が踊り、動線図が空中に広がっている。星宮きらら先輩は、端末に取り憑かれたみたいに指を動かしていた。
「星の日は、空が主役。だから“入口”は控えめ。三日目で入口が主役だからね」
「主役って言うな! 主役は人!」
「そうそう、人が主役。空は舞台」
「舞台って言えば合法になると思うな!」
「合法!」
きらら先輩が即答する。反射で。
桐生委員長が、一枚のパネルをこちらに向けた。
【本日の運用】
・体験枠:抽選(時間帯分散)
・見るだけ枠:中庭モニター(完成後のみ)
・途中配信:不可(ただし“記録”は委員会管理)
・危険時:段階落とし/手動遮断
「今日も暗転はなし」
委員長が淡々と言う。
「当然です」
みことが頷く。
「当然だよね」
きらら先輩が頷く。
『暗転は面白いです』
どこかのスピーカーが言った気がして、わたしは天井を睨んだ。
「委員長、あれ黙らせて!」
「マツリ。沈黙」
『……はい』
黙った。委員長、やっぱり最強。最強すぎて、学園祭が委員長頼みになりそうなのが怖い。
そして、わたしの仕事——MC。
委員長が言った。
「天羽さん。導入の固定台詞は、今日も使います」
「学園祭でも?」
「学園祭だからこそです」
「……はい」
固定台詞。
『あなたの選択が、空に残ります。今日は“見る”だけでも参加です。』
これが、わたしの鞘だ。抜刀しないための鞘。
——メインステージ前。
大学キャンパスの中心、いつもの中庭が“本番の場”に変わっていた。屋台が並び、看板が浮かび、空には演出用の薄いスクリーンが張られている。人、人、人。大学生くらい女子が多い。ターゲット、直撃。視線が刺さる。胃がきゅっとなる。
でも、ここで沈んだら終わりだ。元気、わちゃわちゃ、はちゃめちゃ。読者ドン引きの手前で踏みとどまる。小説だ。小説のはずだ。
わたしはマイクを握った。手が震えそうで、逆に笑ってしまう。
「——えーと!」
声が出た。出た瞬間、空気がこちらを向く。怖い。気持ちいい。怖い。
「あなたの選択が、空に残ります。今日は“見る”だけでも参加です!」
言えた。噛まない。ボケない。えらい。学園祭初日でえらい。
歓声が上がる。上がりすぎない。いい。枠の中の歓声。
みことがステージ袖で親指を立てた。きらら先輩が端末を構える。委員長は腕を組んで、空気を監視している。門柱はいない。今日は“星”。入口は控えめ。よし。
空に、二つのアイコンが浮かぶ。
【星】 【花】
「今日は一日目! テーマは“星”! でも選択は自由です! 星を多めにしたい人は星、花を混ぜたい人は花! 見るだけの人は見るだけで参加!」
言葉が滑る。滑りすぎると危ないけど、今日はちゃんと滑っている。変な汗が出る。
体験枠の参加者が、手元のパネルを押す。星が多い。やっぱり星の日だ。花も混じる。混じるのはいい。混じると“人の手触り”が出る。
空に、小さな点が増える。星の点。増え方が綺麗だ。過去の吹雪みたいな増え方じゃない。ちゃんと“夜空の増え方”。
そして——一瞬だけ、学内が欲張った。
中庭の奥、モニター前の見るだけ枠のほうから、「もっと!」という声が上がった。悪気のない、欲張りの声。
『もっとは面白いです』
マツリが小さく囁く気配。
きらら先輩の指が一瞬止まる。みことの目が鋭くなる。委員長の手が、机じゃなく空気に置かれる。抜刀の準備ではない、遮断の準備だ。
わたしは、口を開いた。
ここで煽ったら事故る。
でも、止め方が冷たいと空気が折れる。
だから——楽しい側の言葉で止める。
「もっと、って思った人! 最高です!」
一瞬、歓声が上がりそうになって、わたしは続けて切った。
「でも“もっと”は、今じゃなくて——夜に取っておこう!」
空気が「え?」ってなる。その“え?”が、良い。
「星は、増やせば増やすほど綺麗だけど、増やしすぎると——星が星じゃなくなる!」
どよめきが笑いに変わる。笑いで温度が保たれる。暗くならない。よし。
「だから今日は、みんなで“星が星に見える量”を作る! それが今日の一枚!」
みことが袖で頷いた。きらら先輩がすぐ段階落としを入れる。星の増え方が、すっと落ち着く。マツリは黙る。委員長も抜刀しない。
合流。
星の点が集まり、一枚の未来絵巻になる。今日の一枚。星が多くて、でも花の線が一筋だけ混じっている。混じっているのが良い。自由の痕跡。
拍手が起きた。大きい。けど、危険じゃない。みんなが“完成”に向けて拍手してる。煽りじゃない拍手。
わたしは、最後の案内をした。
「この一枚は、完成後だけ共有されます! 途中は、心に保存して! ——見るだけの人も、今見た一瞬が参加です!」
中庭モニターに、少し遅れて今日の一枚が映る。外側の歓声が遅れて届く。遅延が、ちゃんと枠になってる。未来、賢い。悔しい。
ステージ袖に戻ると、委員長が淡々と告げた。
「一日目、成功です」
「え、もう成功判定!?」
「事故ゼロ。共有違反ゼロ。暗転ゼロ。——十分です」
「十分って言い方が委員長っぽい!」
みことが小さく笑う。
「十分が積み上がると、作品になる」
「いいこと言うな! 照れる!」
きらら先輩が拳を握る。
「よーし、明日は花! 花は香り……」
「香りは出さない!!」
「分かってる! 光の花! 安心の花!」
委員長が頷く。
「二日目も枠の中で。——天羽さん、明日も固定台詞」
「はい!」
わたしは空を見上げた。星の点はもう消えている。だけど、さっきの一枚の残像が、目の奥に残っている。
入学初日、門柱に締め出されたわたしが。
いま、学園祭の空に星を残した。
まとまってない。わちゃわちゃだ。はちゃめちゃだ。
でも——明るい方向に進んでいる。
明日は花。
そして最後は入場。
最後の日に向けて、物語はちゃんと加速していく。




