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テンション値、未達  作者: 科上悠羽


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第2話 即興ステージと謎サークル

 中央広場は、朝の大学とは思えない熱気だった。


 噴水の水面に、ホログラムの紙吹雪が降りそそぐ。空中には「WELCOME!」の文字が踊り、どこからかドラムの低音が心臓を叩いてくる。通路の端では、移動屋台の学食ドローンがぷかぷか浮いていて、「朝フェスセット!」「胃袋は裏切らない!」と叫んでいた。


「これ……入学式より先に、学園祭じゃない?」

「たぶんこの大学、順番って概念が薄い」


 みことが冷静に言う。冷静すぎる。わたしの手首を掴まれていたはずが、いつの間にか逆に引率されている気がする。おかしい。


 ステージ前の看板が眩しい。


【新入生歓迎・即興ステージ】

【参加者:テンション過剰認定者】

【逃走:不可】


「逃走不可って書くなよ! 犯罪予告かよ!」

「大学が掲示する犯罪予告、初めて見た」

「わたしも!」


 ステージ脇に、黒スーツの職員がいた。顔は優しいのに、目だけが“未来の仕組み”の目をしている。笑顔のまま、手元の端末を操作している。


「天羽ひよりさん。白石みことさん。自動参加、おめでとうございます」

「おめでたくないです!」

「人生における“おめでとう”の誤用をやめてください!」


 職員はニコニコして頷く。


「本学では、テンションが高い学生を資源と捉えます」

「資源って言った! 人権どこ!」

「人権は学内規約の第七章に——」

「第七章に追いやるな!」


 みことが小さく肩を震わせている。笑ってる。笑うな。助けろ。


「参加内容は簡単です。ステージで一分、自己紹介して、何か一芸。以上」

「一分で人生を語れって?」

「人生は短いですから」

「大学側が言うな!」


 そのとき、ステージ上のMCが叫んだ。


『次のテンション過剰者! ユニット名、レッツパーティーズ! 出てこーい!』


「出てこーい、じゃない!! 勝手にユニット化したの誰!」

「門柱」


 みことが即答した。門柱、許さない。わたしの初日を、門柱が支配している。


 押し出される。人波が、なぜか応援している。知らない先輩が親指を立てて「やれ!」と無責任に笑っている。最悪だ。楽しい。最悪だ。


「みこと、何かできる?」

「できるけど、やりたくない」

「わたしも!」


 なのにステージが近づく。逃げ道がない。わたしは深呼吸をした。さっきと同じ。勢いで押し切るしかない。


「よし、作戦。わたしが暴れる。みことは冷静に止める」

「それ、いつも通りじゃない?」

「今日から“役割”ってことにする!」


 ステージへ。


 照明が当たって、目の前が白くなる。広場の人間が、海みたいに揺れている。音が腹に響く。心臓が勝手に踊る。


 MCがマイクを向けてきた。明るい声。明るすぎる。


『新入生のみんなー! 未来大学へようこそ! まずは自己紹介! ユニット名、レッツパーティーズ!』


 わたしは一歩前に出た。笑う。笑え。未来に負けるな。


「万象総合未来大学のみなさーん! こんにちは! 天羽ひより(仮)です!」

『仮!?』

「仮です! だって入学初日って、全部仮じゃない!? 人生も仮! 未来も仮!」

『いいぞー!』

「よくない!」


 みことのツッコミが背後から飛ぶ。助かる。助かるけど、もう止まらない。


「そしてこちら、白石みこと(仮)! 冷静な顔してるけど、たぶん心の中で三回くらい帰りたいって言ってる!」

「言ってない。五回」

「増えた!」


 客席が笑う。笑うな。いや笑え。笑いは味方。


『一芸、どうぞー!』

「一芸!? 今!?」


 MCの無茶振りに、わたしは反射で叫んだ。


「じゃあ! わたし、未来大学の門柱モノマネします!」


 やばい。言っちゃった。みことが小声で「やめて」と言った。遅い。


 わたしは胸の前で手を四角にして、無機質な顔を作った。


『ピピッ。テンション不足。あなたは欠席です』


 会場が「わかるー!」ってなるのおかしい。門柱、全国共通の敵なのか。


 調子に乗って続けた。


『対策案を提示します。【笑顔】【ジャンプ】【パーティー宣言】』


 客席の新入生が、勝手にジャンプし始めた。やめろ。感染するな。未来は感染症か。


 その瞬間。


 ステージ脇のスクリーンが、赤く点滅した。


【テンション急上昇検知】

【会場の盛り上がり:許容量を超過】

【安全装置:発動】


「安全装置って何!? いま安全だった!?」

「安全じゃない方向に安全装置が来るタイプだね」


 みことが冷静に言った直後、ステージ床が『ウィーン』と音を立てて割れた。


 割れた、というか——せり上がった。


 床下から、巨大な透明カプセルが二つ、にゅっと出てくる。中にはカラフルなボール。見た目は完全にボールプール。だが表示は嫌な感じに丁寧だった。


【テンション放散装置】

【過剰者はボールプールで放散してください】


「放散って何!? 物理!」

『はい、放散タイムです! レッツパーティーズ、ダイブー!』


 MCが煽る。煽るな。職員が笑顔で親指を立てる。やめろ。みことが「最悪」と呟いた。わたしも最悪だと思う。でも客席が「ダイブ! ダイブ!」って言ってる。圧がある。


 わたしはみことの手を掴んだ。


「行くよ!」

「行かないよ!」

「人生は短いから!」

「その理屈ほんと嫌い!」


 結局、わたしたちは一緒に飛んだ。


 ボールプールは、柔らかい。柔らかいけど、ボールが妙に弾む。反発係数が高い。未来、余計な技術を使うな。


 ボールに沈みながら、わたしは見た。カプセルの外側に、小さなドローンが何機も浮いている。カメラがこちらを向いている。配信だ。配信してる。入学初日から黒歴史を全国に流すな。


「みこと、これ絶対、学内SNSに上がる」

「上がるね。上がったら、消す方法を探そう」

「未来大学のSNS、消せるの?」

「消せないなら、逆に踊る」

「その発想は好き!」


 そんな会話をしていると、カプセルの外から、さらに声が飛んできた。


「おおー! 新入生、元気じゃん!」


 ボールの海から顔を出すと、カプセルの縁に、派手なパーカーの先輩が肘をついて覗き込んでいた。髪にホログラムの星が浮いている。アクセサリーなのか、常時演出なのか分からない。目が、妙にキラキラしている。危険だ。


「ねえねえ、今の門柱モノマネ、最高。君ら、サークル入る?」

「いま勧誘のタイミング!?」

「一番いいタイミングだよ。テンション放散中は心が開いてるから」

「それ、心理学の悪用!」


 先輩は名刺みたいな光るカードを出した。


【パーティー工学研究会(仮)】

【活動内容:盛り上がりの最適化/イベント設計/テンションの応用】

【目標:学園祭を“伝説”にする】


「……パーティー工学?」

 みことが眉をひそめる。

「工学なのに、パーティー?」

 わたしが首をかしげる。

「工学だから、パーティー」

 先輩が当然みたいに言う。理屈が崩壊しているのに自信だけがある。強い。


「私、部長の星宮きらら(仮)! 君ら、今のノリ、研究対象として最強。入ってよ」

「研究対象って言った! また資源扱い!」

「資源は大事だよ?」

「大事にする方向が雑!」


 みことが静かに手を上げた。


「質問。学園祭を伝説にする、って具体的に何をするんですか」

「いい質問! 未来大学の学園祭はね、“盛り上げAI”が中心にいるの」

「出た、AI」

「AIが“最適”を選ぶ。つまり、盛り上がりの最高値を叩き出す」

「それって、さっきのテンション放散みたいに強制されるやつですか」

「そう!」

「ダメじゃん!」


 わたしが叫ぶと、きらら先輩は満面の笑みで頷いた。


「だからさ、止めるんじゃなくて、乗っ取るの」

「発想が犯罪者!」

「言い方! “制御”って言って!」

「制御って言えば犯罪が合法になると思うな!」


 みことがわたしの肩を軽く叩いた。視線が真っ直ぐで、珍しく熱がある。


「……でも、学園祭は①成功させたい」

「え?」

「この大学、放っておいたら勝手にとんでもない学園祭になる。なら、こっちで選びたい」

「みこと……真面目な顔して、結局ノリじゃん」

「違う。合理的な判断」

「合理が“乗っ取る”に着地するの、この大学のせいだよね?」


 きらら先輩が身を乗り出してきた。


「決まり! 入部! いまここで入部手続きすると、初日特典で“学園祭委員会の席”が確保できる!」

「席って何!? 指定席!?」

「未来は指定席だよ!」

「やめろ未来の常識を増やすな!」


 そのとき、カプセル上部のスピーカーがまた鳴った。


『テンション放散、完了。過剰者の更生を確認。次の自動参加:学園祭委員会 説明会へ移動してください』


「更生って何!? わたし今まで何だった!?」

「テンション過剰者」

「罪名みたいに言うな!」


 みことがボールを一つ掴んで、しれっと言った。


「ひより。これ、逃げられない。なら、面白くしよう」

「……面白く?」

「うん。学園祭を“事故じゃなくて作品”にする」


 その言い方が、妙に刺さった。

 作品。小説。物語。わたしの入学初日が、勝手に物語になっていく感じ。


 わたしは、ボールの海の中で拳を握った。


「よし。じゃあ、やろう」

「やるの?」

「やる。どうせ締め出されるなら、伝説になって締め出された方がマシ!」


 きらら先輩が、嬉しそうに Iceland みたいな謎のハンドサインを決めた。たぶん未来の勝利のサインだ。


「ようこそ、パーティー工学研究会(仮)へ! 君らの初仕事は——学園祭委員会をハック……じゃなくて、制御すること!」


「だから言い方!」


 わたしの日本刀ツッコミが、ボールプールに響いた。客席がまた笑った。笑うな。笑え。笑いは味方。


 こうしてわたしたちは、入学初日に

 “謎サークル”と“学園祭委員会”に、同時に所属することになった。


 まだ、履修登録もしてないのに。

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