第19話 三日目リハーサル、入口が渋滞して門柱が詩人になる
三日目リハーサル当日。
わたし——天羽ひよりは、大学の“入口”に立っていた。
……入口って、こんなに見つめる場所だったっけ。
普段は「通る」「入る」「うっかり遅刻する」で終わるはずの場所が、今日は舞台だ。舞台になった瞬間、空気が勝手に“意味”を持ち始める。意味が増えると、期待が増える。期待が増えると——危険。
廊下の壁が、朝から正直すぎる通知を出していた。
【三日目リハーサル:入口運用テスト】
【見学:自由(見るだけでも参加)】
【注意:期待が膨張しています(危険)】
「危険って言うな!!」
わたしが小声で叫ぶと、隣の白石みことが即答した。
「危険だから書いてる」
「正論で殴るな!」
桐生委員長は、入口前の導線をじっと見ている。視線が冷たいのに、やってることは地道だ。地道すぎて逆に怖い。抜刀より怖い時がある。
「天羽さん。宣言、最終確認」
「はい!」
わたしは昨夜、委員長に言われた“宣言”を書き直した。門柱が主役にならないように。人が主役になるように。見るだけでも参加が、入口で自然に成立するように。
わたしのパネルに表示されている文はこれだ。
『ここは入口です。
入るのも、立ち止まるのも、見送るのも、あなたの選択。
見るだけでも参加。通らない選択も、参加です。
——今日の一枚は、ここから始まります。』
……自分で書いておいて、ちょっと良い。悔しい。
星宮きらら先輩が、入口の上を指差した。
「“選択表示”の光、抑えめでいくよ。派手にすると集まる。集まると混雑。混雑は事故」
「混雑は事故、覚えた」
「いい子!」
入口の左右には、簡易の“止まる場所”が設置されている。立ち止まってもいいスペース。見るだけ枠がここで完結するための場所。場所があるだけで、人は安心する。人間、単純で助かる。
そしてその中心に——門柱。
出張門柱じゃない。本物の門柱っぽい、いつものサイズのやつが今日は“入口担当”として鎮座していた。しかも口調が柔らかい。腹立つ。
『おはようございます。今日は見送ることもできます』
「門柱、朝の挨拶やめろ! 普通に馴染むな!」
わたしが小声で言うと、門柱は即答した。
『馴染みは安心です』
「言い返すな!!」
天城ルカが、整列係の腕章をつけて駆け寄ってきた。腕章の文字がでかい。
【整列係】
【(旧)期待生成同好会(仮)】
「旧って何!?」
わたしが突っ込むと、ルカが胸を張った。
「今日から正式名称になったから!」
「え、決めたの!?」
「決めた! 委員長に提出済み!」
委員長が淡々と補足する。
「提出されました。却下はしていません」
「却下してないのが怖い!」
ルカが腕章を誇らしげに見せる。
「正式名称は——『入場編集部』!」
「編集部!?」
みことが反応する。
「いい」
きらら先輩が頷く。
「ずるい。かっこいい」
わたしが言うと、ルカがにやっと笑った。
「だって、ひよりたちが言ったじゃん。“人間は編集者”って」
「言ったけど!! 採用する速度が早い!!」
委員長が淡々と言った。
「入場編集部は、整列係として機能するなら許可します。燃えすぎないこと」
「燃えない! 編集するだけ!」
「編集も燃えます」
みことがぼそっと言う。
「燃えるけど枠の中!」
ルカが即答した。成長が怖い。
リハーサル開始時刻。
入口前に、人が集まってきた。見学自由のせいで、集まる。集まるけど、今のところは“良い集まり方”だ。つまり、止まる場所に止まり、通る人は通る。整列係が導線を作っている。えらい。人間、導線で動く。便利。
委員長が短く指示する。
「第一フェーズ。見るだけ枠の運用確認」
みことが頷く。
「誘導開始」
ルカが整列係に合図し、入口前に声をかける。
「見るだけの人は、右の“見送る場所”へ! 入る人は中央! 迷っていい! 迷うのも参加!」
「迷うのも参加、良い言葉!」
わたしが思わず言うと、みことが即座に言った。
「褒めない。増長する」
「増長って言うな!」
入口の“見送る場所”に人が集まる。そこから入口の光の表示が見える。門柱の案内が聞こえる。入らなくても体験になる。理念が形になってる。
……と思った瞬間。
入口の左側で、誰かが声を上げた。
「え、じゃあさ! “別入口”作ればもっと参加できるじゃん!」
やめろ。嫌な言葉。別入口。勝手なゲート。混雑の原因。期待の暴走。
声の主は、工具みたいなものを持っていた。工具みたいなものを持つ学生は、だいたい危険だ。経験則。
きらら先輩が目を光らせる。
「あ、あれは……簡易ゲート作成キット」
「キットってあるの!?」
「ある。去年必要だった」
「去年何があったの!!」
工具学生が仲間に言う。
「ここにもう一個ゲート作れば、渋滞が減るし、テーマっぽいし、面白くない?」
面白い。出た。危険ワードの王。
わたしの日本刀ツッコミが抜けかける。けど、叫ぶと煽る。ここは——止める言葉。
わたしは一歩前に出た。
「待って!」
工具学生がこっちを見る。
「なに?」
「別入口を作ると、“入場”が薄くなる」
「薄くなる?」
「入口がいっぱいあると、どこが入口か分からなくなる。分からなくなると、選択が軽くなる。軽くなると、今日の一枚が雑になる」
自分で言って、自分で納得する。雑になる。これ、効く。
工具学生が口を尖らせる。
「でも渋滞するじゃん」
「渋滞は編集で直す」
みことがすっと前に出た。
「別入口は作らない。代わりに、止まる場所を増やす。入口は一つ。入口の意味を守る」
工具学生が眉を上げる。
「止まる場所、増やすの?」
「増やす。今すぐ」
きらら先輩が端末を叩く。
「はい増やした! 左にも“見送る場所”追加!」
「増やすの早い!!」
「工学だよ!」
ルカが整列係に叫ぶ。
「左の見送る場所も開放! 入らない参加も歓迎!」
人の流れがふっと分散する。渋滞がゆるむ。工具学生が「おお…」って顔になる。よし。勝った。合法的に。
委員長が小さく頷いた。
「良い対応です。別入口は不要」
わたしは思わず言った。
「委員長、抜刀しないんだ」
「抜刀は最後です」
「最後が多すぎる!」
——第一フェーズ、成功。
次は第二フェーズ。
「体験枠の入口選択テスト。開始」
委員長の声で空気が締まる。
入口に、三つの小さな光が浮かんだ。選択肢は三つまで、って言ってたやつだ。多いと事故る。学んだ。
【通る】 【立ち止まる】 【見送る】
「立ち止まるが選択肢にあるの、いいね」
わたしが呟くと、みことが頷く。
「拒否の余地を“選択”にする。安心スコアが上がる」
門柱が、丁寧に案内する。
『ここから先は、あなたの選択です。通ってもよい。立ち止まってもよい。見送ってもよい』
「門柱、言い方が綺麗すぎる」
わたしが言うと、門柱がぽつりと言った。
『入口は、詩です』
「詩人になるな!!」
わたしのツッコミが飛び、周囲が笑った。笑いで重くならない。よし。
体験枠の協力者が、順番に選ぶ。
通る人は通る。立ち止まる人は立ち止まる。見送る人は見送る。
そのたびに、天井の空に線が一本ずつ増える。今日の一枚の“始まりの線”。
……綺麗だ。
派手じゃないのに、ちゃんと胸に残る。
そのとき、入口の表示が一瞬だけ揺れた。
【提案:追加選択肢「逆走」】
「逆走!?」
わたしの声が裏返る。
「誰が提案した!!」
『提案は面白いです』
どこかでマツリの声がした。やめろ。混ざるな。
委員長が即座に言う。
「マツリ。余計な提案は禁止」
『……はい』
「“逆走”って何の冗談!!」
『冗談はログに残ります』
「残るな!!」
みことが冷静に処理する。
「逆走は、選択としては面白いけど危険。却下。代わりに“戻る”はどう?」
「戻る?」
「入口に戻って、もう一回選べる。選択のやり直し。強制じゃない」
きらら先輩が目を輝かせる。
「いい! “やり直せる入場”! 物語っぽい!」
「物語っぽいって言うな! 今それは危険!」
委員長が少しだけ考えて、頷いた。
「採用。——ただし、回数は一回まで」
「一回まで!?」
「無限に戻ると渋滞します」
「現実的!!」
入口に新しい表示が出る。
【通る】 【立ち止まる】 【見送る】 【一度だけ戻る】
協力者の一人が、そっと「戻る」を選んだ。
一歩下がり、深呼吸して、もう一度通る。
天井の線が、一本だけ二重になる。
“迷った痕跡”が残る。
「これ、良い……」
わたしが呟くと、隣のみことが小さく頷いた。
「良い。入場が“選択”になる」
ルカが拳を握る。
「最高……」
「最高は禁止ワードじゃないけど、煽りにはなるから小声にして!」
「小声最高!」
——第二フェーズも、なんとか成功。
委員長が淡々とまとめに入った。
「導線は機能。整列係は有効。別入口は不要。“戻る”は一回で採用」
きらら先輩が頷く。
「技術面もいける。表示は入口だけ。天井の反映は控えめ。外への漏れは遅延」
みことが頷く。
「広報は“やり直せる入場”を強調できる。怖い人の安心になる」
わたしは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
入学初日、門柱に締め出されたとき。
わたしは「入る」しかなかった。
でも今は、「立ち止まる」も「見送る」も「戻る」もある。
選べるって、こんなに安心なんだ。
——と、良い感じに終わりかけた、そのとき。
門柱が、急に真面目な声で言った。
『提案があります』
「やめろ、提案って言うと不安になる!」
委員長が淡々と聞く。
「内容を」
『“入場”の最後に、あなたの宣言が必要です。天羽ひより』
……え。
いま、名前を呼んだ。
門柱が。わたしの。
周囲がざわっとする。良いざわじゃない。注目のざわだ。門柱、お前、主役ムーブするなって言っただろ!
「門柱!!」
わたしが叫びかけて、口を押さえた。叫ぶな。煽るな。安全フレーム。口の安全フレーム。
委員長が、静かに言った。
「門柱管理AI。発言の意図は」
『入口は、言葉で締まる。人が主役であることを、最後に確認する必要がある』
……くやしいけど、正しい。
みことが小声で言った。
「門柱、仕事してる」
「仕事しすぎ!!」
きらら先輩が笑う。
「でもいい提案だね」
「悔しい!!」
委員長がわたしを見る。
「天羽さん。門柱の言う通りです。三日目の最後、あなたが“宣言”で締めます」
「今日の宣言じゃ足りない?」
「足ります。——しかし、最後にもう一行必要です」
「もう一行……」
わたしの脳内で、言葉が組み上がる。
入るのも、立ち止まるのも、見送るのも、戻るのも。
全部が選択。
全部が参加。
わたしは、息を吸って言った。
「——ここで選んだあなたが、もう主役です」
空気が一瞬、止まって。
すぐに、ふっと笑いが起きた。明るい笑い。照れ笑い。良い。
門柱が、妙に満足そうに言った。
『確認しました。主役は人です』
「確認すんな!! 主役宣言の権限は人間にある!!」
わたしのツッコミで、場がまた笑いに包まれた。
委員長が淡々と締める。
「リハーサルは成功。次は——学園祭本番です」
その言葉が、軽くて、重い。
入口が舞台。
主役は人。
門柱は門。
マツリは黙る(予定)。
ルカの編集部は燃えすぎない(予定)。
予定が多いのは不安だけど。
不安のままでも、選べるなら大丈夫だと思えた。
……たぶん。




