第17話 三日目候補テスト、雨が優しくて入場がずるい
候補は三つ。
雨/入場/虹。
桐生委員長が「候補を絞る」と言った瞬間、学内の空気がちょっとだけ落ち着いた……気がした。気がしただけ。期待は勝手に膨張する。それがこの大学の常識になりつつあるのが嫌すぎる。
というわけで翌日。
試験ホール(β)に、再び人が集まった。今回は参加者じゃない。“テスト協力者”だ。委員会からの呼びかけに応じた、少人数の有志。ルカもいる。いるけど、今日のルカは“燃える枠”にちゃんと収まっている。偉い。枠って大事。
わたし——天羽ひよりは、ホール中央で深呼吸した。
「今日の目的は、三日目テーマを決めるための“感触”を確かめること」
みことが淡々と説明する。
「勝敗を決める場じゃない。あくまで設計の参考」
「参考って言えば合法になると思うな!」
「合法」
委員長が即答した。
きらら先輩が端末を構える。
「今日は全部“ミニ版”。出力は最低。香りなし。風は……」
「なし!!」
わたしが即断する。
「なしでいく!」
きらら先輩が笑う。
「ひより、成長したね」
「成長って言うな! 必死なだけ!」
壁のマツリが、控えめに言った。
『提案:比較は面白いです』
「面白くても比較はしない!」
委員長が淡々と切る。
「マツリ。比較は“参考”に留める」
『……了解』
珍しく、きっぱり黙った。記録って強い。
まずは——雨。
天井の空が薄く曇る。きれいだ。優しい灰色。湿度はない。匂いもない。音もない。雨なのに、静かな雨。
壁に小さな選択アイコンが出る。
【粒】 【線】
「粒は点で降る。線は細い筋で降る。体験枠だけ選択」
みことの説明が分かりやすい。
協力者がぽつぽつと押す。
空に、光の雨粒が落ち始めた。
落ち方が、派手じゃない。速くもない。視界を奪わない。
ただ、**“落ちる”**という動きがあるだけで、空が生きて見える。
誰かが、ぽつりと言った。
「……落ち着く」
別の誰かが言う。
「見てるだけでも気持ちいい」
——これ、強い。
わたしは思った。雨は、安心の味方だ。見るだけでも参加が自然に成立する。押さなくても、見ているだけで“そこにいる”感じがする。
ルカが小声で言った。
「雨、優しすぎて……逆にずるい」
「ずるいって言うな、褒め言葉が雑!」
きらら先輩が端末で合流を促す。雨粒が集まり、空中に一枚の“染み”みたいな模様が残る。染みって言うと汚れだけど、これは絵だ。水彩みたいな、ふわっとした輪郭。
拍手が起きた。小さく。自然に。よし、煽ってない。
次。
虹。
天井の空が明るくなる。さっきの雨の余韻を引っ張ったまま、光が一段上がる。虹は、出し方が難しい。出した瞬間に“派手”が勝つ。派手は事故る。学内の期待は派手に飛びつく。怖い。
みことが先に釘を刺す。
「虹は“完成形だけ”。途中の変化は小さくする」
委員長が頷く。
「見るだけ枠に向いたテーマです。押す行為より、最後の共有が価値になる」
体験枠が小さな選択をする。
【淡】 【濃】
色の濃淡だけ。欲張らない。偉い。
空に、うっすら虹がにじむ。
虹っていうか、空気に色が混ざる感じ。最初は「え?」ってなるくらい薄い。
でも。
薄いのに、ちゃんと綺麗だ。
見つけた瞬間に、心がふわっと上を向く。
誰かが言う。
「……見つけた」
別の誰かが笑う。
「探すの、楽しい」
探す、という行為が参加になる。押さない参加。見るだけ参加。
虹、意外と“静かな強さ”がある。
最後に、虹が一枚の絵巻に結ばれる。
その瞬間だけ、少しだけ色が強くなる。ご褒美みたいに。
拍手。さっきより少し大きい。
危険な大きさじゃない。ギリギリ、安心の範囲。
そして最後。
入場。
……入場って、テーマのくせに、空じゃないの?
わたしは、嫌な予感がしていた。
門柱の提案は、だいたいずるい。だって門柱は、わたしの人生の入口で、わたしの敵で、わたしの物語の発火点だから。
入口の方で、ぴぴっと音がした。
『準備、完了しました』
出張門柱が、ホール入口で淡々と宣言する。今日は入口担当だけじゃない。“演出協力者”として接続されているらしい。委員長が許可した。許可したのが信じられない。
委員長が言った。
「入場は、演出の中心が“空”ではありません。——入口です」
「入口で何するの」
ルカが身を乗り出す。
「入るだけ」
門柱が答えた。
「入るだけでテーマになるの、ずるい」
みことが説明する。
「入場テーマは“選択の場”を入口に置く。体験枠だけが押すんじゃない。見るだけ枠も、入口で“見る選択”をする。つまり——」
わたしが続けた。
「入口で、参加が完結する」
「そう」
みことが頷く。
協力者が入口に並ぶ。
門柱が、いつもより丁寧な声で言った。
『ここから先は、あなたの選択です。
入ってもよい。見送ってもよい。
見るだけでも参加です』
……やめて。
それ、わたしがずっと言ってきたやつ。
門柱の口から出ると、なんか“完成形”みたいに聞こえるのが悔しい。
協力者が、一人ずつ進む。
入る人。
いったん止まる人。
入口の横に設けられた“見送る場所”に立つ人。
そのたびに、ホールの天井の空に、小さな線が一本ずつ増える。
星でも花でも雨でも虹でもない、ただの線。
でもその線は、ちゃんと“人の選択”の痕跡だった。
ルカが目を丸くして呟く。
「……え、これ、泣きそう」
「泣くな! 暗くなる!」
「暗くならないよ、これは」
みことが小声で言った。
「明るい。……優しい」
最後に、入口で選ばれた線が合流し、一枚の絵巻になる。
模様はシンプル。派手じゃない。
でも、胸に残る。
門柱が、ぽつりと言った。
『私は、入場を繰り返してきました。
しかし、今日初めて“選択”として入場を見ました』
「……門柱」
わたしが言うと、委員長が淡々と口を挟む。
「天羽さん、感情を爆発させない」
「してない! してないけど! 門柱がちょっと良いこと言うから!」
会場が笑った。笑いで温度が保たれる。暗くならない。よし。
三つのテストが終わった。
みことが、まとめるように言った。
「雨は優しい。虹は探す楽しさ。入場は、理念を一番ストレートに体験に落とせる」
きらら先輩が頷く。
「技術的には、雨が安定。虹は最後だけなら安全。入場は……運用が勝負」
委員長が頷く。
「入場は人の導線が主役。つまり、事故は人から起きる。だからこそ、設計が必要」
ルカが手を挙げた。
「じゃあ、結局どれがいいの!?」
「決めるのは委員会」
みことが言う。
「でも判断材料は集まった」
委員長が言う。
そして、委員長がわたしを見た。
「天羽さん。あなたの意見を言いなさい」
「え、わたし!?」
「あなたが最初に門柱とぶつかりました。入場テーマは、あなたの物語の根です」
「根って言うな! 恥ずかしい!」
わたしは、息を吸った。
雨は優しい。虹はきれい。入場はずるい。
全部いい。全部やりたい。けど三日目は一つ。
わたしは、笑って言った。
「……三日目は、入場がいい」
ざわっ、と小さな反応が走る。
ルカが「やっぱり!」って顔をする。
きらら先輩が「だよね!」って頷く。
みことが静かに頷く。
委員長が、ほんの一ミリだけ頷く。
門柱が、控えめに言った。
『提案が採用されるなら、私は——門として、誠実に務めます』
「当たり前だ!! 門なんだから!!」
わたしのツッコミで、ホールが笑いに包まれた。
明るい笑い。
暗くならない笑い。
——三日目は「入場」。
学園祭の最後に、わたしたちはもう一度“始まり”をやり直す。
それが、怖いくらいに楽しみだった。




