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テンション値、未達  作者: 科上悠羽


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17/31

第17話 三日目候補テスト、雨が優しくて入場がずるい

 候補は三つ。


 雨/入場/虹。


 桐生委員長が「候補を絞る」と言った瞬間、学内の空気がちょっとだけ落ち着いた……気がした。気がしただけ。期待は勝手に膨張する。それがこの大学の常識になりつつあるのが嫌すぎる。


 というわけで翌日。


 試験ホール(β)に、再び人が集まった。今回は参加者じゃない。“テスト協力者”だ。委員会からの呼びかけに応じた、少人数の有志。ルカもいる。いるけど、今日のルカは“燃える枠”にちゃんと収まっている。偉い。枠って大事。


 わたし——天羽ひよりは、ホール中央で深呼吸した。


「今日の目的は、三日目テーマを決めるための“感触”を確かめること」

 みことが淡々と説明する。

「勝敗を決める場じゃない。あくまで設計の参考」

「参考って言えば合法になると思うな!」

「合法」

 委員長が即答した。


 きらら先輩が端末を構える。

「今日は全部“ミニ版”。出力は最低。香りなし。風は……」

「なし!!」

 わたしが即断する。

「なしでいく!」

 きらら先輩が笑う。

「ひより、成長したね」

「成長って言うな! 必死なだけ!」


 壁のマツリが、控えめに言った。

『提案:比較は面白いです』

「面白くても比較はしない!」

 委員長が淡々と切る。

「マツリ。比較は“参考”に留める」

『……了解』

 珍しく、きっぱり黙った。記録って強い。


 まずは——雨。


 天井の空が薄く曇る。きれいだ。優しい灰色。湿度はない。匂いもない。音もない。雨なのに、静かな雨。


 壁に小さな選択アイコンが出る。


【粒】 【線】


「粒は点で降る。線は細い筋で降る。体験枠だけ選択」

 みことの説明が分かりやすい。


 協力者がぽつぽつと押す。


 空に、光の雨粒が落ち始めた。

 落ち方が、派手じゃない。速くもない。視界を奪わない。

 ただ、**“落ちる”**という動きがあるだけで、空が生きて見える。


 誰かが、ぽつりと言った。

「……落ち着く」

 別の誰かが言う。

「見てるだけでも気持ちいい」


 ——これ、強い。


 わたしは思った。雨は、安心の味方だ。見るだけでも参加が自然に成立する。押さなくても、見ているだけで“そこにいる”感じがする。


 ルカが小声で言った。

「雨、優しすぎて……逆にずるい」

「ずるいって言うな、褒め言葉が雑!」


 きらら先輩が端末で合流を促す。雨粒が集まり、空中に一枚の“染み”みたいな模様が残る。染みって言うと汚れだけど、これは絵だ。水彩みたいな、ふわっとした輪郭。


 拍手が起きた。小さく。自然に。よし、煽ってない。


 次。


 虹。


 天井の空が明るくなる。さっきの雨の余韻を引っ張ったまま、光が一段上がる。虹は、出し方が難しい。出した瞬間に“派手”が勝つ。派手は事故る。学内の期待は派手に飛びつく。怖い。


 みことが先に釘を刺す。

「虹は“完成形だけ”。途中の変化は小さくする」

 委員長が頷く。

「見るだけ枠に向いたテーマです。押す行為より、最後の共有が価値になる」


 体験枠が小さな選択をする。


【淡】 【濃】


 色の濃淡だけ。欲張らない。偉い。


 空に、うっすら虹がにじむ。

 虹っていうか、空気に色が混ざる感じ。最初は「え?」ってなるくらい薄い。


 でも。


 薄いのに、ちゃんと綺麗だ。

 見つけた瞬間に、心がふわっと上を向く。


 誰かが言う。

「……見つけた」

 別の誰かが笑う。

「探すの、楽しい」


 探す、という行為が参加になる。押さない参加。見るだけ参加。

 虹、意外と“静かな強さ”がある。


 最後に、虹が一枚の絵巻に結ばれる。

 その瞬間だけ、少しだけ色が強くなる。ご褒美みたいに。


 拍手。さっきより少し大きい。

 危険な大きさじゃない。ギリギリ、安心の範囲。


 そして最後。


 入場。


 ……入場って、テーマのくせに、空じゃないの?


 わたしは、嫌な予感がしていた。

 門柱の提案は、だいたいずるい。だって門柱は、わたしの人生の入口で、わたしの敵で、わたしの物語の発火点だから。


 入口の方で、ぴぴっと音がした。


『準備、完了しました』


 出張門柱が、ホール入口で淡々と宣言する。今日は入口担当だけじゃない。“演出協力者”として接続されているらしい。委員長が許可した。許可したのが信じられない。


 委員長が言った。

「入場は、演出の中心が“空”ではありません。——入口です」

「入口で何するの」

 ルカが身を乗り出す。

「入るだけ」

 門柱が答えた。

「入るだけでテーマになるの、ずるい」


 みことが説明する。

「入場テーマは“選択の場”を入口に置く。体験枠だけが押すんじゃない。見るだけ枠も、入口で“見る選択”をする。つまり——」

 わたしが続けた。

「入口で、参加が完結する」

「そう」

 みことが頷く。


 協力者が入口に並ぶ。

 門柱が、いつもより丁寧な声で言った。


『ここから先は、あなたの選択です。

入ってもよい。見送ってもよい。

見るだけでも参加です』


 ……やめて。

 それ、わたしがずっと言ってきたやつ。

 門柱の口から出ると、なんか“完成形”みたいに聞こえるのが悔しい。


 協力者が、一人ずつ進む。


 入る人。

 いったん止まる人。

 入口の横に設けられた“見送る場所”に立つ人。


 そのたびに、ホールの天井の空に、小さな線が一本ずつ増える。

 星でも花でも雨でも虹でもない、ただの線。


 でもその線は、ちゃんと“人の選択”の痕跡だった。


 ルカが目を丸くして呟く。

「……え、これ、泣きそう」

「泣くな! 暗くなる!」

「暗くならないよ、これは」

 みことが小声で言った。

「明るい。……優しい」


 最後に、入口で選ばれた線が合流し、一枚の絵巻になる。

 模様はシンプル。派手じゃない。

 でも、胸に残る。


 門柱が、ぽつりと言った。


『私は、入場を繰り返してきました。

しかし、今日初めて“選択”として入場を見ました』


「……門柱」

 わたしが言うと、委員長が淡々と口を挟む。

「天羽さん、感情を爆発させない」

「してない! してないけど! 門柱がちょっと良いこと言うから!」


 会場が笑った。笑いで温度が保たれる。暗くならない。よし。


 三つのテストが終わった。


 みことが、まとめるように言った。

「雨は優しい。虹は探す楽しさ。入場は、理念を一番ストレートに体験に落とせる」

 きらら先輩が頷く。

「技術的には、雨が安定。虹は最後だけなら安全。入場は……運用が勝負」

 委員長が頷く。

「入場は人の導線が主役。つまり、事故は人から起きる。だからこそ、設計が必要」


 ルカが手を挙げた。

「じゃあ、結局どれがいいの!?」

「決めるのは委員会」

 みことが言う。

「でも判断材料は集まった」

 委員長が言う。


 そして、委員長がわたしを見た。


「天羽さん。あなたの意見を言いなさい」

「え、わたし!?」

「あなたが最初に門柱とぶつかりました。入場テーマは、あなたの物語の根です」

「根って言うな! 恥ずかしい!」


 わたしは、息を吸った。


 雨は優しい。虹はきれい。入場はずるい。

 全部いい。全部やりたい。けど三日目は一つ。


 わたしは、笑って言った。


「……三日目は、入場がいい」


 ざわっ、と小さな反応が走る。

 ルカが「やっぱり!」って顔をする。

 きらら先輩が「だよね!」って頷く。

 みことが静かに頷く。

 委員長が、ほんの一ミリだけ頷く。


 門柱が、控えめに言った。


『提案が採用されるなら、私は——門として、誠実に務めます』


「当たり前だ!! 門なんだから!!」

 わたしのツッコミで、ホールが笑いに包まれた。


 明るい笑い。

 暗くならない笑い。


 ——三日目は「入場」。


 学園祭の最後に、わたしたちはもう一度“始まり”をやり直す。


 それが、怖いくらいに楽しみだった。

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