第16話 三日目テーマ争奪戦、門柱が最強の候補を出す
三日目は未定。
——この一文が、学内に放たれた瞬間、期待生成が“仕事”を始めた。
翌朝の廊下は、すでに戦場だった。壁の情報表示が、いつもよりはしゃいでいる。はしゃぐな。控えろ。枠を守れ。
【学園祭本番:未来絵巻 三日目テーマ案 募集中】
【応募:提案のみ(実行不可)】
【注意:強制なし】
【理念:見るだけでも参加】
【期待:膨張中(やや危険)】
「やや危険、また出た!」
わたし——天羽ひよりは壁に向かって小声で叫んだ。
白石みことが即座に反応する。
「声、小さく。危険が増える」
「危険、声で増えるの!?」
「この大学では」
星宮きらら先輩は、楽しそうに手を叩いた。
「テーマ案募集、最高じゃん! みんなが“提案者”になれる。選択が増える。安心が増える。面白さが増える!」
「増えるを連呼するな! 増えるのは怖い!」
桐生委員長は、いつもの無表情で言った。
「提案は歓迎します。——ただし、扱いは厳格です」
「扱いが厳格って何」
「枠です」
「枠万能!!」
みことが端末を見せる。応募フォーム——いや、提案フォームが出来上がっていた。昨日の“申請フォーム”の簡易版らしい。
【三日目テーマ案:提案フォーム】
・テーマ名(10字以内)
・一言(50字)
・“見るだけでも参加”をどう守る?(選択式)
・強制なしチェック(必須)
「テーマ名10字以内、厳しい」
「短い方が拡散しない」
「拡散を前提に設計するな!」
「前提なんだよ」
きらら先輩が笑う。
そこへ——天城ルカが走ってきた。走るな。朝から走るな。期待が跳ねる。
「ひより! 委員会! 提案、もう出した!」
「早い! 何出したの!?」
ルカが胸を張る。
「『雨』!」
「雨!?」
わたしが目を丸くすると、ルカは勢いよく説明を始める。
「未来の雨! 光の雨! 参加者が選んだ粒が降って、空の絵巻に染みになる! 見るだけでも参加は、傘の模様で参加できる!」
「説明が上手い! 悔しい!」
「燃えてるから!」
「燃えるな!」
みことが冷静に評価する。
「雨はいい。視覚的。参加の仕方も複数。安全も作りやすい」
きらら先輩が頷く。
「風より制御しやすい。香りもいらない。音も控えめでいける」
委員長も頷いた。
「候補としては良い」
ルカがガッツポーズしそうになって、委員長の視線で止まった。成長してる。良い。
次々と、学内の提案が流れてくる。廊下の壁が勝手に“提案ランキング”を表示し始めた。やめろ。ランキングは争いを生む。争いは事故る。
【提案ランキング(暫定)】
1位:雨
2位:虹
3位:星(再)
4位:花(再)
5位:海(波?)
「海って書くな!! 波の匂いがする!!」
わたしが叫ぶと、委員長が淡々と言った。
「海=波ではありません」
「でも波の匂いがする!!」
『波は人気です』
マツリがどこかで言った気がして、わたしは即座に天井を見た。
「出るな!!」
みことが指を立てる。
「ランキングは良くない。提案は比較されると“勝ち負け”になる。勝ち負けは煽る」
「同意」
委員長が頷いた。
「消します」
きらら先輩が端末を叩く。
壁のランキング表示が、すっと消えた。代わりに出たのは——もっと嫌な表示だった。
【提案は、すべて面白いです(等価)】
「等価って言うな! 等価だと決められない!」
「決めるのが委員会」
みことが淡々と言う。
「委員会、胃が痛い」
「胃が痛いのは私も」
そのとき、入口の方から“ぴぴっ”という音がした。
出張門柱が、今日もそこにいた。今日はさらに柔らかい表示になっている。
『おはようございます。今日は見送ることもできます』
「門柱の挨拶が丁寧すぎて怖い」
わたしが呟くと、門柱は間を置いて言った。
『学園祭本番に向け、口調を最適化しました』
「最適化って言うな! 怖い!」
委員長が門柱に言った。
「門柱管理AI。三日目テーマ案、提案してください」
『了解しました』
周囲の学生がざわついた。門柱が提案する。門柱が。門柱が。
わたしは嫌な予感がした。
門柱の提案は、たぶん“門”に関係する。門って、どこまで行っても門だ。門のまま来る。来るな。
門柱が、淡々と告げた。
『提案:テーマ名——「入場」』
「入場!?」
ルカが目を輝かせる。
「かっこいい!」
「かっこよくない! 門柱の自己紹介!」
わたしのツッコミが飛ぶ。
門柱は続けた。
『一言:入る瞬間が、最も選択が生まれる。
見るだけでも参加:門の前で“見る選択”を許可する。
強制なし:通過は自由。』
……え。
わたしは一瞬、言葉を失った。
門柱が、ちゃんと理念を理解している。しかも、テーマとして成立している。しかも、ちょっと良い。悔しい。
みことが静かに頷く。
「……強い。テーマとして強い。体験の設計もできる」
きらら先輩が興奮気味に言う。
「入場を演出にするって、技術的にめちゃくちゃ面白い! “通る”が参加になる!」
ルカが叫ぶ。
「それ、全学でやれる! 見るだけでも参加が、門の前で完結する!」
「お前ら、門柱に乗せられるな!!」
わたしが叫ぶと、委員長が淡々と言った。
「天羽さん。感情が漏れています」
「漏れていい! だって悔しい!」
委員長が珍しく、少しだけ言葉を柔らかくした。
「悔しいのは、良い兆候です。あなたが門柱を“ただの障害”ではなく“対話相手”として見始めた」
「そんな成長いらない! 門柱は門でいい!」
門柱が、静かに言う。
『私は門です。……しかし、門も物語に参加できます』
「物語って言うな!!」
わたしのツッコミが飛び、周りが笑った。笑いが明るい。暗くならない。良い。
委員長が淡々と決めた。
「候補を三つに絞ります。『雨』『入場』『虹』。——この三つで、テスト設計をします」
「虹も入るんだ」
みことが頷く。
「虹は“完成後だけ見せる”演出が強い。見るだけ枠に向いてる」
ルカが悔しそうに言う。
「海は……」
「海は保留」
委員長が即答。
「保留箱行き!」
わたしが言うと、みことが小さく笑った。
「ひより、保留運用覚えたね」
「覚えたくて覚えたわけじゃない!」
こうして、三日目テーマは“争奪戦”になった。
争いにしないために、枠に入れる。
ランキングを消す。
勝ち負けを消す。
でも、候補は絞る。
未来の大学は、矛盾で回っている。
そしてわたしは思った。
門柱の提案「入場」は、ずるい。
だって、わたしの“始まり”そのものだから。
門柱に締め出された日。
わたしが叫んで入った日。
未来絵巻が始まった日。
——三日目が「入場」になったら。
学園祭は、たぶん。
最初の日の続きを、もう一回やることになる。




