第15話 二十人βと、引きの正体が「宣言」だった件
次回の未来絵巻β——参加人数二十。
数字を聞いただけで、胃がきゅっとなる。二十って、十の倍だ。倍って、事故の確率も倍になる気がする。いや確率じゃなくて、体感が倍。未来の体感は信用できない。
「……二十人かぁ」
わたし——天羽ひよりは、試験ホール前で息を吐いた。
白石みことが、端末を見ながら淡々と言う。
「体験枠:十二。見るだけ枠:八。苦手分布は前回より散ってる。混雑NGが多いから動線を二重にする」
「淡々と怖いこと言うのやめて」
「怖いのは事実。事実は整理する」
「整理で怖さは消えない!」
星宮きらら先輩は、にこにこしながらホール天井を見上げる。
「今日は風、ほんのちょっとだけ入れようかな〜」
「入れるな!!」
「そよ風だよ。そよ風は安全」
「そよ風は退屈って言ってたの誰!」
「退屈は骨折よりマシって言ったの誰!」
「わたし!!」
桐生委員長が、入口で静かに全体を見回していた。目が鋭いのに、今日はどこか“落ち着いている”。前回の成功が、委員長の肩の力を一ミリだけ抜いた——気がする。気がするだけ。油断すると抜刀する。
「開始します。配置」
委員長の一言で、空気が引き締まった。
ホールの入口には、例の“出張門柱”が立っている。今日は表示が柔らかい。
『入場申請を受理します。今日は見送ることもできます』
「見送るって言い方、優しい!」
わたしが小声で言うと、門柱が間を置いて返す。
『優しさは、安心です』
「門柱が哲学し始めた!!」
みことが小声で釘を刺す。
「喜ばない。会話すると長くなる」
「はい……」
参加者二十人が、席につく。前回よりざわつく。ざわつくけど、怖くないざわつき。友達同士がいる。ひとり参加もいる。見るだけ枠の人が、ちゃんと“後ろ”に座っている。混ざってない。これだけで秩序が生まれる。未来なのに、席順で秩序が生まれるの、なんか人間っぽい。
みことが前に立って説明する。
「公開テストです。参加は自由。見るだけでも参加。途中で休憩できます。手を挙げたら止めます。今日は参加者が多いので、“止める合図”も共有します」
壁に表示が出た。
【止める合図】
・手を挙げる
・席を立つ(退出自由)
・係員に声をかける
・委員長の合図:『桐生、抜刀』(※最後の手段)
会場が笑った。笑うな。でも笑いが軽い。大丈夫な笑いだ。
委員長が淡々と補足する。
「最後の手段は使いません。使わないために、皆さんにも協力していただきます」
参加者が頷いた。頷く空気がある。これが“枠”だ。
そして、わたしの導入。
固定台詞。今日も守る。
「あなたの選択が、空に残ります。今日は“見る”だけでも参加です」
言えた。噛まない。ボケない。えらい。
天井の空が、薄く開く。今日は前回より少し青い。きらら先輩が“そよ風”を入れたらしい。髪が一瞬だけ揺れた。怖い。けど、気持ちいい。悔しい。
壁に、選択アイコンが二つ。
【星】 【花】
体験枠のパネルにだけ、アイコンが出る。見るだけ枠には出ない。理念が生きてる。
押される。星。花。星。花。
点と線が増えていく。増え方が、前回より速い。人数が多いからだ。でも、暴走じゃない。ちゃんと“枠の速さ”。安心スコアが仕事してる。
壁のマツリが、控えめに囁く。
『安心スコア:維持。面白さ:上昇。提案:風量を——』
委員長が即座に言う。
「提案は不要」
『……はい』
黙った。委員長、やっぱり強い。
合流。
二十人分の星と花が、一枚にまとまる。前回より情報量が多い。ちょっとだけ賑やか。だけど、散らからない。散らからない賑やかさって、こういう感じなんだ。
参加者の誰かが小さく言った。
「……すごい」
別の誰かが言った。
「私、押したの星かな」
「押したのが残るの、嬉しい」
その言葉に、胸がじんわりした。
そして最後。
保存・共有の段階に入る。今日は中庭モニターに“完成形だけ”が出る仕組みになっている。外の期待に餌をやりつつ、暴走はさせない。偉い。偉いけど忙しい。
みことが案内する。
「保存は体験枠のみ。共有は完成後のみ。中庭モニターは“遅延”で出ます。いま配信はしないでください」
全員が頷く。頷きが揃う。揃うと怖いけど、揃い方が自然だから怖くない。自然に揃うのが理想だって、委員長が言ってた。たぶん。
——ここで終われば、今日は完全勝利。
だけど。
今日は“引き”がある。
委員長の言葉が、脳内に刺さっている。
『学園祭本番へ繋がる“決定”を、次回の最後に出します』
決定。引き。宣言。
わたしは、息を吸った。
参加者二十人の前。みこと。きらら先輩。委員長。門柱(入口)。マツリ(壁)。中庭のモニターの向こうには、もっと大勢の“見るだけ枠”。
ここで、言葉を間違えたら、期待が暴走する。
でも言わないと、物語が前に進まない。
わたしは笑った。大きくは笑わない。安心の笑い。
「……今日、二十人で一枚を作れました」
頷きが返る。
「次は、三十人。……じゃなくて」
わざと一拍置く。引き。
「——学園祭当日。完成する一枚は、毎回違います」
会場が、ざわっとする。良いざわ。怖いざわじゃない。
みことが目を細めた。きらら先輩が口元を押さえた。委員長の眉が、ほんの一ミリ動いた。合ってる。たぶん。
「同じ“未来絵巻”は、二度と出ません。だから、見た人だけの一枚です。——今日の一枚みたいに」
空中の絵が、静かに揺れた。完成形が、ほんの一瞬だけ光った。マツリが余計なことしそうで怖い。けど黙ってる。よし。
わたしは続けた。
「学園祭本番は、三日間。——三日間で、三枚作ります」
息を呑む気配。
「一日目は、“星”。二日目は、“花”。三日目は——」
わたしは、そこで止めた。止める。引きだ。引きは止めるものだ。知ってる。小説だから。
会場が「えっ」となる。なるよね。なる。
ルカが後ろで小さく声を漏らした。
「三日目……なに……」
わたしは、にっと笑った。
「——三日目は、まだ決めません」
「えーー!」
会場が声を上げる。上げるな。でも上げた。上げたけど、明るい。引きの声だ。怒りの声じゃない。
委員長が、淡々と補足する。
「三日目は、皆さんの“期待”から選びます。——ただし、強制はしません」
みことが即座に続ける。
「見るだけでも参加。期待は歓迎。でも決定は委員会。枠の中で」
枠が、物語に繋がった。これが引きだ。引きってこういうことだ。
そして、最後の一撃。
わたしは、門柱の方を見て言った。
「……三日目のテーマ案は、門柱にも出してもらいます」
入口の門柱が、ぴぴっと鳴った。
『……参加します(提案)』
「提案って言え! 提案って!」
わたしが即ツッコミすると、会場が笑った。笑いで終わる。明るい。
マツリが控えめに表示を出す。
【学園祭本番:未来絵巻(宣言)】
・三日間で三枚
・三日目テーマは未定(期待から選ぶ)
・提案者:参加者+委員会+門柱(提案)
中庭モニターが、遅延で今日の完成絵を映し始める。外の歓声が、壁越しにふわっと届く。歓声は危険。でも今日は、危険じゃない。枠がある。
委員長が、わたしの横で小さく言った。
「……良い引きです」
「えっ、褒めた?」
「褒めていません。評価です」
「評価って言えば合法になると思うな!」
「合法です。委員会ですから」
わたしは笑った。
二十人βは成功。
暗転なし。
期待は増殖したけど、枠に入った。
そして学園祭本番へ向けて、“三日目”という穴が空いた。
穴は怖い。
でも穴があるから、次が見たくなる。
未来の物語は、ちゃんと前に進んでいる。




