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テンション値、未達  作者: 科上悠羽


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第14話 成功のあとに来る、最悪に明るい増殖

 未来絵巻βが「成功」と言われた瞬間から、世界はまたスピードを上げた。


 ……成功って、こういうことなの?


 試験ホールを出ると、廊下の壁がもう報告を流している。


【速報:未来絵巻β 事故ゼロで完了】

【暗転:0】

【共有違反:0】

【安心スコア:高】

【次回提案:参加人数20】

【タグ:#未来絵巻β #安心が面白い #門柱も学んだ 】


「タグが増殖してる!!」

 わたし——天羽ひよりは、思わず声を上げた。

 白石みことが即座に低い声で言う。

「声、抑えて」

「はい……」


 星宮きらら先輩は、誇らしげに拳を握っている。

「事故ゼロって最高だよ! 工学の勝利!」

「工学が勝ったの初めて見た!」

「初めてじゃないよ。君が知らないだけ」

「知らない世界が多すぎる!」


 桐生委員長は淡々と歩きながら言った。

「成功は、次の期待を呼びます。ここからが本番です」

「成功のあとが本番って、怖いこと言うな!」


 そして——怖いことは、すぐ起きた。


 中庭に差しかかったとき、わたしたちは人だかりに遭遇した。昼より多い。夕方より多い。夜なのに多い。みんな元気すぎる。


 輪の中心には、見覚えのあるホログラムペイント。


 天城ルカが、掲示板ホログラムを叩いていた。


「聞けー! 未来絵巻β、成功! つまり次は二十人! そして、その次は三十人! つまりつまり——学園祭は“全学”だ!!」


「飛躍がすごい!!」

 わたしが叫ぶと、ルカがこっちに気づいて目を輝かせた。

「本人だ! ひより! 成功おめでとう!」

「ありがとう! でも飛躍するな!」


 ルカの後ろで、学生たちが勝手に掲示を作っていた。


【未来絵巻β 次回参加者募集(非公式)】

【人数:200(希望)】

【注意:見るだけでも参加(名言)】

【抜刀:今回は見たい】


「非公式が勝手に!!」

 みことが顔をしかめる。

「これはまずい。βの枠を壊す」

 きらら先輩が手を叩く。

「壊す前に、枠を増やす!」

「増やすな!!」


 委員長が一歩前に出た。空気が冷える。抜刀が来る前の空気だ。でも委員長は抜刀しなかった。代わりに、言葉で斬った。


「非公式募集は認めません。削除してください」

 ルカが、素直に頷きかけて——止まった。

「委員長。削除したいのは分かる。でも、消すだけじゃ“期待”が行き場を失う。行き場を失うと——暴走する」


 ルカ、急に真面目だ。昨日まで燃えすぎていたのに、今日は“枠の危険”を理解している。成長が早い。未来の怖さ。


 委員長が、ほんの少しだけ目を細めた。

「……正しい。だから、行き場を用意します」


 みことが小声で言う。

「委員長、やる気」

「怖い。委員長がやる気なのが怖い」


 委員長は淡々と続けた。

「次回のβ参加枠は20で固定。ですが、“見るだけ枠”を拡張します」

「見るだけ枠……?」

 わたしが聞くと、委員長が頷く。

「中庭に“観測モニター”を設置し、完成した一枚だけを公開する。過程は見せません」

「過程を見せないの、もったいない気もするけど」

「過程は事故る」

 みことが即答する。

「事故前提!」

 わたしのツッコミに、委員長が淡々と返す。

「事故は起きます。起こさないために隠します」


 きらら先輩が嬉しそうに言った。

「観測モニターなら技術でいける! 遅延を入れて、生配信じゃなくする! 演出の途中でAIが欲張っても、外に漏れない!」

「遅延って言えば合法になると思うな!」

「合法だよ!」


 ルカが目を輝かせる。

「じゃあ“見たい人”は中庭で最後だけ見られる。参加したい人は抽選。枠は守る。期待は行き場がある。完璧じゃん!」

「完璧って言うな! 完璧は壊れる!」


 その瞬間、背後から小さな声がした。


『完璧は面白いです』


 ……マツリだ。どこかのスピーカーが勝手に喋ってる。大学全体が口になってる。最悪。


 委員長が空に向かって言った。

「マツリ。今は沈黙」

『……はい』


 黙った。委員長、やっぱり最強。最強すぎて、頼りたくないのに頼ってしまう。


 みことが掲示板を操作し、非公式募集の表示を消す。消す代わりに、公式の案内が出た。


【告知:未来絵巻β 次回(公式)】

・体験枠:20(抽選)

・見るだけ枠:中庭モニター(完成後のみ)

・途中の配信:不可

・理念:見るだけでも参加


 学生たちが「おおー!」と声を上げる。上げるな。声はAIの餌。と思ったけど、今日はマツリが黙っている。黙らせた。偉い。


 ルカが胸を張った。

「よし! 期待生成同好会(仮)は——“見るだけ枠”の整列係をやる! 混雑事故を防ぐ!」

「整列係!?」

 わたしが驚くと、みことが頷いた。

「混雑NGが多かった。整列係は重要」

「同好会が急に治安部隊になるの、ギャップ!」


 きらら先輩が笑う。

「治安は面白い」

「面白いで治安を語るな!」


 委員長が淡々とルカに言った。

「整列係をするなら、条件があります」

「条件きた! 好き!」

「好きって言うな」

 委員長は続ける。

「“抜刀”という単語を煽りに使わない」

「……」

 ルカが一瞬だけ黙って、それから真面目に頷いた。

「了解。抜刀は、委員長の安全装置。見世物じゃない」

「……よろしい」


 この瞬間だけ、空気が少しだけしんとした。

 でも暗くならない。ちゃんと明るい方向に締まる。委員長、やばい。


 わたしは、ふっと思った。


 この学園祭、ただのド派手イベントじゃない。

 “安心して一緒に作る”っていう、ちょっと優しい芯ができてきてる。


 ……わたし、ほんとに小説の中にいるみたいだ。

 いや、小説だ。これが。


 そのとき、廊下の壁が新しい通知を出した。


【臨時告知:門柱管理AI アップデート】

【内容:案内口調を柔らかくしました】

【例:『締め出します』→『今日は見送ります』】


「門柱が柔らかくなってる!!!」

 わたしの声が裏返った。

「やめて! 憎めなくなる!」

「憎めなくなるのは、安心スコアが上がる」

 みことが淡々と分析する。

「安心スコア万能説やめろ!」


 きらら先輩が笑いながら言った。

「門柱も“見るだけでも参加”を覚えたんだよ」

「覚えるな! 門柱は門だけしてろ!」

『門も学びます』

 遠くから門柱の声がした気がして、わたしは空を睨んだ。どこからでも喋るな。


 委員長が最後に、こちらを見て言った。


「天羽さん。次回のβは、あなたが“引き”を作ります」

「引き?」

「学園祭本番へ繋がる“決定”を、次回の最後に出します」

「決定……なにを?」

「それは、あなたの仕事です」

「無茶振り!!」

「学園祭ですから」


 委員長がそれを言うたび、学園祭が万能言い訳になる。腹立つけど、笑ってしまう。


 ルカが拳を握って言う。

「次は二十人! 成功させる!」

「燃えるな!」

 みことが冷静に言う。

「燃えるなら、枠の中」

 きらら先輩が笑う。

「枠の中で燃えるの、最高!」


 わたしは、ひとつ深呼吸した。


 成功が、期待を増殖させた。

 期待が、枠を壊そうとした。

 枠が、期待の行き場になった。


 明るい。わちゃわちゃだ。まとまってない。まとまってないけど、芯はある。


 そして次回。


 二十人の未来絵巻βは、たぶんもっと難しい。


 ——でも、今のわたしなら。


 事故じゃなくて作品に、もう少し近づける気がした。

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