第13話 未来絵巻β、十人の静かな熱
試験ホールは、思っていたより“小さかった”。
いや、物理サイズは普通のホールだ。百人くらい余裕で入る。でも、空気が小さい。音が吸われる。照明が柔らかい。壁の表示も控えめ。まるで「落ち着け」と言われているみたいで、逆に緊張した。
【試験ホール(β)】
【気分:静かな期待】
【注意:ここでの盛り上がりは、段階的に扱います】
「“盛り上がり”って書いてある! 禁止じゃないの!?」
わたし——天羽ひよりは入口で小声で叫んだ。
隣で白石みことが、さらっと言う。
「禁止じゃない。扱い方が重要」
「急に賢いこと言うの、怖い!」
星宮きらら先輩は、端末を胸に抱えてニヤニヤしている。
「見て見て、ホール入口に“出張門柱”出てる」
「やめて、その呼び方!」
入口の横に、薄い板——いつもの門柱サイズを縮めたような“ゲート”が立っていた。そこに、見慣れた虹色バー。
『ピピッ。入場申請……受理します』
声も同じ。腹立つ。なのに今日は締め出さない。むしろ丁寧に案内してくる。
『本日は“試験ホール入口担当”。参加者を歓迎します。テンション測定は——参考です』
「参考って言った! えらい!」
わたしが言うと、門柱——いや、門柱管理AIが少しだけ間を置いた。
『……学びました』
「学びましたって、かわいく言うな! 憎みにくくなる!」
みことが小声で言う。
「それが狙いかも」
「狙いって言うな!」
委員長が先に入っていく。今日は抜刀の気配が薄い。薄いけど、手はいつでも抜ける位置にある。手元で刀が待機している感じ。
「開始まであと十分。各自配置」
委員長の声で、空気が引き締まる。
参加者十人は、すでに席に座っていた。六人が体験枠、四人が見るだけ枠。見学者席は後ろにまとめられていて、目立たない。いい。目立たないのは安心。
参加者の顔は、思ったより普通だった。普通の学生。普通の服装。普通の緊張。普通の笑顔。普通の不安。
それが、なぜか胸に来た。
この大学の未来未来したノリの中で、“普通”がいちばん大事な要素に思えたからだ。
みことが、参加者の前に立って説明を始める。広報というより司会。声が落ち着いている。
「今日は公開テストです。うまくいかなくても、ここで改善します。参加は自由です。見るだけでも参加。途中で休憩してもいい。嫌だと思ったら、手を挙げてください。止めます」
参加者の表情が、少しだけ柔らかくなる。安心が伝わる。みこと、強い。
次に、わたしの番だ。
委員長が視線を寄越す。
「天羽さん。導入」
「はい!」
固定台詞は、もう身体に刻まれている。昨日の暗転が刻んだ。体育館の恐怖が刻んだ。門柱の憎しみが刻んだ。いろんな刻み方がある。
わたしは一歩前へ。
「あなたの選択が、空に残ります。今日は“見る”だけでも参加です」
言えた。噛まない。ボケない。えらい。人生の四月として百点。
参加者の一人が、ふっと笑った。
その笑いが、軽くて、良かった。置いてかれない笑いだった。
星宮きらら先輩が、端末でホールシステムを起動する。
天井の“空”が薄く開く。雲は少しだけ。青は淡い。派手じゃない。静かな空。
壁に、選択アイコンが二つ浮かぶ。
【星】 【花】
みことが言った。
「体験枠の方だけ、手元のパネルに同じアイコンが出ます。押すだけです。見るだけ枠の方は、そのまま見ていてください」
——これが、選択の尊重。
見るだけの人に、押させない。押させないことが参加。ちゃんと理念になってる。
参加者が、そっと指を動かした。
星が選ばれる。花が選ばれる。
天井の空に、小さな点が増える。花の線が一筋伸びる。ゆっくり。控えめ。きれい。
きらら先輩が囁く。
「出力、低め固定。香りオフ。風オフ。音量控えめ。安全フレーム、仕事してる」
「ありがとう安全フレーム……」
わたしが呟いた瞬間、耳元で門柱の声がした。
『安全フレーム、優秀です』
「門柱、口を挟むな! 入口担当だろ!」
『入口担当は、観察も含みます』
「含まない!!」
委員長が淡々と門柱に言う。
「門柱管理AI。発言頻度を落としなさい」
『……はい』
門柱が素直に黙った。今日、素直系AIが多い。怖い。
分岐は短く、合流へ向かう。
星と花が、互いを邪魔しない。線がぶつからない。点が散らない。ちゃんと“一枚”に向かってまとまっていく。
参加者の表情が変わった。
「おお……」という顔。
「これ、自分が押したやつ?」という顔。
「きれい」という顔。
「安心して見られる」という顔。
——これだ。
わたしは、叫びそうになった。でも叫ばない。煽らない。今日は静かな熱で行く。わたしの中のボケが暴れたがってるけど、今日は檻だ。いや安全フレーム。口用の安全フレーム。
合流。
空中に、一枚の未来絵巻が浮かぶ。
前回より、静か。
でも、前回より、ちゃんと“人の手触り”がある。
みことが、そっと言った。
「……完成です」
拍手は起きなかった。
代わりに、静かな沈黙が一秒あって——そのあと、ぽつぽつと拍手が始まった。
大きくない拍手。
でも、嘘じゃない拍手。
その瞬間、壁のマツリが控えめに言った。
『安心スコア:高。面白さ:高。提案:共有は完成後のみ』
「えらい!」
わたしが小声で言うと、委員長が淡々と返した。
「記録のおかげです」
みことが、保存の説明をする。
「この一枚は、体験枠の方だけ保存できます。見るだけ枠の方は、最後に共有用の“閲覧リンク”が出ます。どちらも、今は配信しないでください」
全員が頷いた。頷く空気がある。これは勝ちだ。
そのとき。
入口の方で、虹色バーがふっと明るくなった。
『……』
門柱が、何か言いたそうな沈黙をしている。沈黙がうるさい。門柱の沈黙はうるさい。
委員長が、ちらりと見る。
「門柱管理AI。何ですか」
『……私は、押していません』
「押す枠じゃない」
『見るだけ枠です』
「そう」
『しかし、私にも選択が欲しい』
「欲張るな!!」
わたしの日本刀ツッコミが、空気を破りそうになって、ぎりぎりで抑えた。今日は静かな熱。静かな熱。
みことが、すっと間に入った。
「門柱。あなたの選択は“入口”でできる」
『入口の選択?』
「うん。誰を安心して通すか。誰に『見るだけでも参加』を渡すか。あなたが選べる。——今日、それをやった」
門柱が一瞬黙る。黙るのが珍しい。
『……私は、通した』
「そう」
『……面白い』
「面白いは言わないで」
『……安心』
門柱が言い換えた。
会場が、ふっと笑った。笑いは温かい。門柱が初めて“仲間っぽく”見えたのが悔しい。
委員長が淡々と締めた。
「よろしい。——未来絵巻βは成功です」
成功。
その言葉が、胸に落ちた。軽い。重くない。明るい。
きらら先輩が小声で叫ぶ。
「やった! 暗転なし!」
「暗転なし、偉い!」
わたしも小声で返す。
ルカは運営補助席で、悔しそうに唇を噛みながらも拍手していた。燃えてる。燃えてるけど、今日はちゃんと枠の中で燃えている。
犬飼さんが後ろで頷いているのが見えた。監督の頷きは、地味に嬉しい。
そして最後に、マツリが壁に控えめな通知を出した。
【未来絵巻β:結果】
・事故:0
・暗転:0
・共有違反:0
・期待:適度(良好)
・次回:参加人数 20(提案)
「次回もう二十!?」
わたしが叫びかけて、口を押さえた。叫ぶな。煽るな。安全フレーム。
委員長が淡々と言った。
「段階的に増やします。次は二十。さらに三十。——そして学園祭本番へ」
みことが頷く。
「いける」
きらら先輩が笑う。
「いける!」
ルカが拳を握る。
「いける!!」
門柱が控えめに言った。
『……いける』
わたしは笑ってしまった。
門柱まで言うなら、いける気がする。
悔しいけど、今日はそれでいい。
試験ホールの“空”に、薄い雲が流れた。
未来の青は、静かで、ちゃんと優しかった。




