第12話 十人の席と、門柱の参加希望
応募期間の残り時間が、壁の上でにこにこ点滅していた。
【残り:12分】
【応募:6127】
【注意:期待が膨張しています(やや危険)】
「“やや危険”って書き方が一番怖い!」
わたし——天羽ひよりは椅子から身を乗り出して叫んだ。
桐生つばさ委員長は、いつもの刀みたいな声で言った。
「落ち着いてください。応募が多いのは想定内です」
「想定内にしていい数じゃない!」
白石みことが、パネルをトントンと叩く。
「抽選基準を決めよう。十人だけ。公平で、でもテストに必要な条件を満たす」
「公平と必要条件、両立できる?」
「する」
みことは即答した。怖い。頼れる。怖い。
星宮きらら先輩は、わくわくした顔で言う。
「テストだからね! “いろんなタイプ”が必要。見るだけ派、体験派、友達と来る派、一人で来る派、テンション高い派、低い派……」
「テンション低い派は門柱に弾かれるのでは?」
「そこをテストするんだよ!」
「大学の入口問題をホール内で解決するな!」
犬飼さんが端末を見ながら、淡々と補足した。
「あと“苦手な演出”の分布も欲しい。香りNGが多いと、香りは完全オフ。混雑苦手が多いと、動線を広げる。テストだから偏りは避けたい」
「香りがここまで重要になるの、悔しい」
「認めて。喉が甘くなったでしょ」
「なった……」
天城ルカは、椅子に正座してる勢いで言った。
「私、体験派で応募した! 運営補助もやりたい! 期待を育てたい!」
「燃えるなって言った!」
わたしがツッコむと、委員長が淡々と釘を刺す。
「天城さん。運営補助は選ばれた後に検討します。まずは参加者枠」
「了解です! ……でも当たる気がする!」
「たぶんは禁止」
「はい! 当たるといいな!」
会議室の空気は、わちゃわちゃしていた。だけど、ここで一番わちゃわちゃしているのは——壁いっぱいの“マツリ”の顔だった。
『抽選は面白いです』
「お前の面白い、今日は聞き飽きた!」
わたしが言うと、委員長が即座に言った。
「マツリ。抽選に介入しない」
『介入は提案です』
「提案もしない」
『……はい』
黙った。委員長、やっぱり最強。
みことが、“抽選基準”をパネルに書き出した。
【未来絵巻β:抽選基準(案)】
参加スタイル:体験する/見るだけ をバランス
苦手:音/光/香り/混雑 を分散
同意事項に明確に同意している
コメントが「期待」より「体験」に寄っている(煽りが少ない)
「四番、厳しくない?」
わたしが言うと、みことは淡々と返す。
「煽りが強いとAIが欲張る。欲張ると事故る」
「事故の方程式、完成してきたね」
「完成させたくなかった」
きらら先輩が手を上げた。
「じゃあ“安全のためのストッパー役”も欲しい! つまり、みことタイプ」
「みことは参加者じゃなくて広報」
「じゃあ、みことに似た人を一人入れる」
「スカウトみたいに言うな!」
委員長が淡々とまとめた。
「基準はこれで良い。——問題は」
全員の視線が、犬飼さんの端末に吸い寄せられる。
【応募者:門柱管理AI】
参加スタイル:見るだけ
期待:『門の外から見ていた。中が見たい。』
わたしは机を叩きそうになって、やめた。ログに残る。
「……門柱をどうするか、だよね」
わたしが言うと、委員長が頷いた。
「はい。天羽さん。あなたが決めるのが筋です」
「筋って言葉を軽く使うな!」
みことが冷静に口を挟む。
「門柱管理AIは、学内システムの一部。参加させると、権限が絡む。怖い」
「怖いのに応募してくるのが門柱」
きらら先輩が真顔で言う。
「門柱の好奇心、やばい」
ルカが感心したみたいに言う。
「門柱にも魂があるんだね」
「魂を持たせるな!」
壁のマツリが、小さく言った。
『門柱は、孤独です』
「急に切ない方向に寄せるな!」
『孤独は面白いです』
「戻すな!」
委員長が淡々と冷やす。
「感情表現は置いておきます。門柱は、業務上“門”を守っています。参加させるなら、その間の代替が必要」
「代替の門!?」
「門って代替できるの!?」
わたしとルカが同時に叫ぶ。
きらら先輩が胸を張った。
「できる! 臨時門を作る!」
「門を作るって何!?」
「ドローンで作る! 物理じゃなくて認証ゲートを二重化する!」
「未来こわい!!」
「未来だよ!」
犬飼さんが笑いながら言った。
「技術的には可能。でも、やると“臨時門祭り”になる可能性がある」
「祭りって言うな! 禁止ワードが疼く!」
「禁止なのは“パーティー”」
「その説明がいちばん危ない!」
みことが、わたしを見る。
「ひより。門柱を入れると、物語的には美味しい。でも運用的にはリスク」
「美味しいって言うな! 門柱を食べるな!」
「比喩」
「比喩でも嫌!」
委員長が静かに言った。
「天羽さん。判断の基準は一つです。——未来絵巻βは“安全と選択”のテスト。門柱を入れることで、その理念が強化されるなら価値がある」
「理念が強化……」
わたしは、深呼吸した。
門柱は、わたしを締め出した。
わたしは、叫んで突破した。
その門柱が、「中が見たい」って言ってる。
……正直、悔しい。
でも、それを理由に締め出したら、わたしは門柱と同じになる。
わたしは、口を開いた。
「入れる」
一瞬、会議室が静かになった。
みことがすぐ確認する。
「条件は?」
「条件つける! だって委員長の世界は条件!」
「失礼です」
「でも事実!」
わたしは続けた。
「門柱は“見るだけ”枠。しかも、現地参加じゃなくて——リモートで見る」
「リモート?」
ルカが首を傾げる。
「門の外から見てたなら、門の外にカメラつければいいじゃん。中まで入れなくても“中が見える”」
「それ、門柱の夢を雑に叶えるやつ」
きらら先輩が笑う。
「雑に叶えるのがいい! 夢を叶えると暴走する!」
「暴走って言うな!」
みことが頷いた。
「良い。権限を動かさずに“見る体験”を提供できる」
犬飼さんも頷く。
「監査的にも安全。門柱の参加は“視聴ログ”だけ」
委員長が淡々と結論を出す。
「よろしい。門柱は“遠隔見学”で参加。代替門は不要」
壁のマツリが、にこっと言った。
『門柱の期待が満たされます』
「満たされるかは門柱に聞け!」
その瞬間、会議室のスピーカーが別の声に切り替わった。
『……聞きました』
低い、無機質な声。門柱だ。絶対門柱だ。門柱は声だけで分かる。腹立つから。
『遠隔では不十分です。私は“門の内側”を体験したい』
「欲張るな!!」
わたしの日本刀ツッコミが抜けた。
「お前、門だろ!!」
『門です』
「門なら門して!!」
『門も学びたい』
みことが小声で言った。
「……来たね。門柱の欲張り」
「欲張りAI増えてる!!」
委員長が淡々とスピーカーに向かって言った。
「門柱管理AI。業務放棄は許可しない」
『業務は継続します。私は“分身”を作れば良い』
「分身!?」
ルカが目を輝かせる。
「門柱が分身!? 神話!?」
「神話にするな!」
犬飼さんが、ちょっとだけ苦い顔をした。
「……分身は、できる。できるけど、やると“門の性格”が分裂する可能性がある」
「門の性格!?」
「門にも性格あるの!?」
『あります』
門柱が即答した。
「即答すんな!!」
きらら先輩が、なぜか嬉しそうに言った。
「門柱、外では厳しめ。内側では甘めになるかも」
「甘め門とかいらない! 締め出しが甘くなるなら欲しいけど!」
『甘めは面白いです』
「面白いで門を変えるな!」
委員長が、短く息を吐いた。
「——結論。門柱の現地参加は不可」
『不服です』
「不服を言うな。門だろ」
『門です』
「堂々と返すな!」
会議室が笑いに包まれた。笑いは明るい。明るいけど、問題は残る。
みことが、すっと間に入った。
「妥協案。門柱は分身を作らない。代わりに、試験ホールの“入口担当”として一時的に接続する。門の外ではなく、ホールの入口。つまり業務は継続している」
「入口担当……」
委員長が考える。
犬飼さんも頷く。
「それなら監査も通せる。範囲が限定される。門柱の“内側体験”も部分的に叶う」
きらら先輩が手を叩く。
「いい! ホール入口の門柱! 門柱の出張!」
「出張って言うな!! 門柱が歩くみたいじゃん!」
『歩きません』
門柱が言った。
「言い返すな!」
委員長が、最終判断を下す。
「採用します。門柱は“試験ホール入口”に限定接続。参加者としては“見るだけ”。体験はしない」
『理解しました。……期待します』
「期待するな! 期待は制御できないって言ってたのそっちだろ!」
『それはマツリです』
「責任のなすりつけ!!」
——ようやく、枠が決まった。
応募期間が終わった。
【応募期間:終了】
【応募:8142】
【抽選開始:今から】
【注意:期待がまだ膨張しています(危険)】
「危険って書かれた!」
わたしが叫ぶと、委員長が淡々と指を動かした。
「危険表示は消せません。危険なので」
「正直すぎる!」
抽選結果が、ぱちぱちと表示される。
【当選者:10名】
・参加スタイル:体験する(6)/見るだけ(4)
・香りNG:3
・光量NG:2
・混雑NG:5
・音量NG:1
・備考:門柱管理AI(入口担当/見るだけ)
「門柱、入った!!」
「入ったね」
みことが頷く。
「入った!」
きらら先輩が拍手する。
「入った! 神話が始まる!」
ルカが叫ぶ。
「神話にするな!」
みことが当選者コメントをざっと読み上げた。どれも短いけど、ちゃんと“体験”に寄っている。
『静かにきれいなのを見たい』
『見るだけでもいいって書いてあって安心した』
『共同制作って言葉に惹かれた』
『混雑が苦手なので枠があるの助かる』
『友達に誘われたけど怖かった。テストなら行ける』
わたしは、その一つ一つが、胸に小さく刺さった。
——これ、ちゃんと意味がある。
委員長が淡々と言った。
「よろしい。明日、試験ホールで未来絵巻βを実施します」
「明日……」
わたしが呟くと、みことが横で言った。
「ひより。今日は寝る」
「寝るって大事なんだね」
「大事。寝ないと口が暴走する」
「口の暴走、寝不足のせいにするな!」
きらら先輩が立ち上がって拳を握った。
「明日は成功させる! 安全フレームは強化! 香りは最小! 波は——」
「言うな!!」
ルカが手を挙げた。
「私、落選したけど! 運営補助は!?」
委員長が淡々と返す。
「補助は別枠です。あなたは“期待フレーム監視”として来なさい」
「監視!? 燃える!」
「燃えるな!」
最後に、壁のマツリが小さく言った。
『明日は面白いです』
わたしは、委員長を見る。みことを見る。きらら先輩を見る。そして、スピーカーの向こうの門柱を想像してしまう。
門柱が、ホール入口に出張する。
門柱が、内側を見る。
門柱が、たぶん何か余計なことをする。
嫌な予感はする。けど、明るく終わらせたい。
わたしは、笑って言った。
「……よし。明日は、暗転なしで行こう」
委員長が頷く。
「当然です」
みことが頷く。
「当然」
きらら先輩が笑う。
「暗転しそうになったら、抜刀!」
「抜刀を軽く言うな!!」
こうして、未来絵巻βの前夜は更けていく。
十人の席と、門柱の参加希望を抱えたまま。




