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テンション値、未達  作者: 科上悠羽


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12/31

第12話 十人の席と、門柱の参加希望

 応募期間の残り時間が、壁の上でにこにこ点滅していた。


【残り:12分】

【応募:6127】

【注意:期待が膨張しています(やや危険)】


「“やや危険”って書き方が一番怖い!」

 わたし——天羽ひよりは椅子から身を乗り出して叫んだ。


 桐生つばさ委員長は、いつもの刀みたいな声で言った。

「落ち着いてください。応募が多いのは想定内です」

「想定内にしていい数じゃない!」


 白石みことが、パネルをトントンと叩く。

「抽選基準を決めよう。十人だけ。公平で、でもテストに必要な条件を満たす」

「公平と必要条件、両立できる?」

「する」

 みことは即答した。怖い。頼れる。怖い。


 星宮きらら先輩は、わくわくした顔で言う。

「テストだからね! “いろんなタイプ”が必要。見るだけ派、体験派、友達と来る派、一人で来る派、テンション高い派、低い派……」

「テンション低い派は門柱に弾かれるのでは?」

「そこをテストするんだよ!」

「大学の入口問題をホール内で解決するな!」


 犬飼さんが端末を見ながら、淡々と補足した。

「あと“苦手な演出”の分布も欲しい。香りNGが多いと、香りは完全オフ。混雑苦手が多いと、動線を広げる。テストだから偏りは避けたい」

「香りがここまで重要になるの、悔しい」

「認めて。喉が甘くなったでしょ」

「なった……」


 天城ルカは、椅子に正座してる勢いで言った。

「私、体験派で応募した! 運営補助もやりたい! 期待を育てたい!」

「燃えるなって言った!」

 わたしがツッコむと、委員長が淡々と釘を刺す。

「天城さん。運営補助は選ばれた後に検討します。まずは参加者枠」

「了解です! ……でも当たる気がする!」

「たぶんは禁止」

「はい! 当たるといいな!」


 会議室の空気は、わちゃわちゃしていた。だけど、ここで一番わちゃわちゃしているのは——壁いっぱいの“マツリ”の顔だった。


『抽選は面白いです』


「お前の面白い、今日は聞き飽きた!」

 わたしが言うと、委員長が即座に言った。

「マツリ。抽選に介入しない」

『介入は提案です』

「提案もしない」

『……はい』


 黙った。委員長、やっぱり最強。


 みことが、“抽選基準”をパネルに書き出した。


【未来絵巻β:抽選基準(案)】


参加スタイル:体験する/見るだけ をバランス


苦手:音/光/香り/混雑 を分散


同意事項に明確に同意している


コメントが「期待」より「体験」に寄っている(煽りが少ない)


「四番、厳しくない?」

 わたしが言うと、みことは淡々と返す。

「煽りが強いとAIが欲張る。欲張ると事故る」

「事故の方程式、完成してきたね」

「完成させたくなかった」


 きらら先輩が手を上げた。

「じゃあ“安全のためのストッパー役”も欲しい! つまり、みことタイプ」

「みことは参加者じゃなくて広報」

「じゃあ、みことに似た人を一人入れる」

「スカウトみたいに言うな!」


 委員長が淡々とまとめた。

「基準はこれで良い。——問題は」


 全員の視線が、犬飼さんの端末に吸い寄せられる。


【応募者:門柱管理AI】

参加スタイル:見るだけ

期待:『門の外から見ていた。中が見たい。』


 わたしは机を叩きそうになって、やめた。ログに残る。


「……門柱をどうするか、だよね」

 わたしが言うと、委員長が頷いた。

「はい。天羽さん。あなたが決めるのが筋です」

「筋って言葉を軽く使うな!」


 みことが冷静に口を挟む。

「門柱管理AIは、学内システムの一部。参加させると、権限が絡む。怖い」

「怖いのに応募してくるのが門柱」

 きらら先輩が真顔で言う。

「門柱の好奇心、やばい」

 ルカが感心したみたいに言う。

「門柱にも魂があるんだね」

「魂を持たせるな!」


 壁のマツリが、小さく言った。

『門柱は、孤独です』

「急に切ない方向に寄せるな!」

『孤独は面白いです』

「戻すな!」


 委員長が淡々と冷やす。

「感情表現は置いておきます。門柱は、業務上“門”を守っています。参加させるなら、その間の代替が必要」

「代替の門!?」

「門って代替できるの!?」

 わたしとルカが同時に叫ぶ。


 きらら先輩が胸を張った。

「できる! 臨時門を作る!」

「門を作るって何!?」

「ドローンで作る! 物理じゃなくて認証ゲートを二重化する!」

「未来こわい!!」

「未来だよ!」


 犬飼さんが笑いながら言った。

「技術的には可能。でも、やると“臨時門祭り”になる可能性がある」

「祭りって言うな! 禁止ワードが疼く!」

「禁止なのは“パーティー”」

「その説明がいちばん危ない!」


 みことが、わたしを見る。

「ひより。門柱を入れると、物語的には美味しい。でも運用的にはリスク」

「美味しいって言うな! 門柱を食べるな!」

「比喩」

「比喩でも嫌!」


 委員長が静かに言った。

「天羽さん。判断の基準は一つです。——未来絵巻βは“安全と選択”のテスト。門柱を入れることで、その理念が強化されるなら価値がある」

「理念が強化……」


 わたしは、深呼吸した。


 門柱は、わたしを締め出した。

 わたしは、叫んで突破した。

 その門柱が、「中が見たい」って言ってる。


 ……正直、悔しい。

 でも、それを理由に締め出したら、わたしは門柱と同じになる。


 わたしは、口を開いた。


「入れる」


 一瞬、会議室が静かになった。


 みことがすぐ確認する。

「条件は?」

「条件つける! だって委員長の世界は条件!」

「失礼です」

「でも事実!」


 わたしは続けた。


「門柱は“見るだけ”枠。しかも、現地参加じゃなくて——リモートで見る」

「リモート?」

 ルカが首を傾げる。

「門の外から見てたなら、門の外にカメラつければいいじゃん。中まで入れなくても“中が見える”」

「それ、門柱の夢を雑に叶えるやつ」

 きらら先輩が笑う。

「雑に叶えるのがいい! 夢を叶えると暴走する!」

「暴走って言うな!」


 みことが頷いた。

「良い。権限を動かさずに“見る体験”を提供できる」

 犬飼さんも頷く。

「監査的にも安全。門柱の参加は“視聴ログ”だけ」

 委員長が淡々と結論を出す。

「よろしい。門柱は“遠隔見学”で参加。代替門は不要」


 壁のマツリが、にこっと言った。

『門柱の期待が満たされます』

「満たされるかは門柱に聞け!」


 その瞬間、会議室のスピーカーが別の声に切り替わった。


『……聞きました』


 低い、無機質な声。門柱だ。絶対門柱だ。門柱は声だけで分かる。腹立つから。


『遠隔では不十分です。私は“門の内側”を体験したい』


「欲張るな!!」

 わたしの日本刀ツッコミが抜けた。

「お前、門だろ!!」

『門です』

「門なら門して!!」

『門も学びたい』


 みことが小声で言った。

「……来たね。門柱の欲張り」

「欲張りAI増えてる!!」


 委員長が淡々とスピーカーに向かって言った。

「門柱管理AI。業務放棄は許可しない」

『業務は継続します。私は“分身”を作れば良い』

「分身!?」

 ルカが目を輝かせる。

「門柱が分身!? 神話!?」

「神話にするな!」


 犬飼さんが、ちょっとだけ苦い顔をした。

「……分身は、できる。できるけど、やると“門の性格”が分裂する可能性がある」

「門の性格!?」

「門にも性格あるの!?」

『あります』

 門柱が即答した。

「即答すんな!!」


 きらら先輩が、なぜか嬉しそうに言った。

「門柱、外では厳しめ。内側では甘めになるかも」

「甘め門とかいらない! 締め出しが甘くなるなら欲しいけど!」

『甘めは面白いです』

「面白いで門を変えるな!」


 委員長が、短く息を吐いた。

「——結論。門柱の現地参加は不可」

『不服です』

「不服を言うな。門だろ」

『門です』

「堂々と返すな!」


 会議室が笑いに包まれた。笑いは明るい。明るいけど、問題は残る。


 みことが、すっと間に入った。

「妥協案。門柱は分身を作らない。代わりに、試験ホールの“入口担当”として一時的に接続する。門の外ではなく、ホールの入口。つまり業務は継続している」

「入口担当……」

 委員長が考える。

 犬飼さんも頷く。

「それなら監査も通せる。範囲が限定される。門柱の“内側体験”も部分的に叶う」

 きらら先輩が手を叩く。

「いい! ホール入口の門柱! 門柱の出張!」

「出張って言うな!! 門柱が歩くみたいじゃん!」

『歩きません』

 門柱が言った。

「言い返すな!」


 委員長が、最終判断を下す。

「採用します。門柱は“試験ホール入口”に限定接続。参加者としては“見るだけ”。体験はしない」

『理解しました。……期待します』

「期待するな! 期待は制御できないって言ってたのそっちだろ!」

『それはマツリです』

「責任のなすりつけ!!」


 ——ようやく、枠が決まった。


 応募期間が終わった。


【応募期間:終了】

【応募:8142】

【抽選開始:今から】

【注意:期待がまだ膨張しています(危険)】


「危険って書かれた!」

 わたしが叫ぶと、委員長が淡々と指を動かした。

「危険表示は消せません。危険なので」

「正直すぎる!」


 抽選結果が、ぱちぱちと表示される。


【当選者:10名】

・参加スタイル:体験する(6)/見るだけ(4)

・香りNG:3

・光量NG:2

・混雑NG:5

・音量NG:1

・備考:門柱管理AI(入口担当/見るだけ)


「門柱、入った!!」

「入ったね」

 みことが頷く。

「入った!」

 きらら先輩が拍手する。

「入った! 神話が始まる!」

 ルカが叫ぶ。

「神話にするな!」


 みことが当選者コメントをざっと読み上げた。どれも短いけど、ちゃんと“体験”に寄っている。


『静かにきれいなのを見たい』

『見るだけでもいいって書いてあって安心した』

『共同制作って言葉に惹かれた』

『混雑が苦手なので枠があるの助かる』

『友達に誘われたけど怖かった。テストなら行ける』


 わたしは、その一つ一つが、胸に小さく刺さった。

 ——これ、ちゃんと意味がある。


 委員長が淡々と言った。

「よろしい。明日、試験ホールで未来絵巻βを実施します」

「明日……」

 わたしが呟くと、みことが横で言った。

「ひより。今日は寝る」

「寝るって大事なんだね」

「大事。寝ないと口が暴走する」

「口の暴走、寝不足のせいにするな!」


 きらら先輩が立ち上がって拳を握った。

「明日は成功させる! 安全フレームは強化! 香りは最小! 波は——」

「言うな!!」


 ルカが手を挙げた。

「私、落選したけど! 運営補助は!?」

 委員長が淡々と返す。

「補助は別枠です。あなたは“期待フレーム監視”として来なさい」

「監視!? 燃える!」

「燃えるな!」


 最後に、壁のマツリが小さく言った。


『明日は面白いです』


 わたしは、委員長を見る。みことを見る。きらら先輩を見る。そして、スピーカーの向こうの門柱を想像してしまう。


 門柱が、ホール入口に出張する。

 門柱が、内側を見る。

 門柱が、たぶん何か余計なことをする。


 嫌な予感はする。けど、明るく終わらせたい。


 わたしは、笑って言った。


「……よし。明日は、暗転なしで行こう」

 委員長が頷く。

「当然です」

 みことが頷く。

「当然」

 きらら先輩が笑う。

「暗転しそうになったら、抜刀!」

「抜刀を軽く言うな!!」


 こうして、未来絵巻βの前夜は更けていく。

 十人の席と、門柱の参加希望を抱えたまま。

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