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テンション値、未達  作者: 科上悠羽


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第11話 申請フォームが勝手にドラマを生む

 夜の委員会室は、昼より静かなはずだった。


 ……はずなのに。


 円卓の上に浮かぶパネルが、やたら元気に点滅している。壁の空は「気分:夜更かし」みたいな色に染まり、誰も頼んでいないのに星が多い。多すぎる。星の密度が、今日のわたしのタスクと同じ。


「星、いらない……」

 わたし——天羽ひよりは椅子にもたれて呟いた。

「いらないなら消せばいい」

 白石みことがさらっと言う。

「消せるの?」

「委員長なら」

「委員長は万能じゃありません」

 桐生つばさ委員長が淡々と返した。

「でも抜刀は万能」

「言わない」


 星宮きらら先輩が笑いながら円卓を指で叩く。

「よーし、今夜の議題は“期待フレーム”と“公開テスト申請フォーム”! ひよりが止めた期待を、枠に入れるよ!」

「止めた期待って言い方が怖い! 災害みたい!」

「災害だよ?」

「言い切るな!」


 壁一面のマツリが、にこっと言った。

『期待は自然現象です』

「自然現象を自動生成するな!!」

『自動生成は効率的です』

「効率で自然を作るな!!」


 犬飼さん——システム監督——が、端末を持ってひょいと顔を出した。夜なのに元気だ。いや、元気じゃなくて疲れているのに元気なフリをしている顔だ。社会人だ。未来の大学、社会人が多い。


「こんばんは。申請フォームを学内システムに載せるなら、こっちでテンプレがあるよ」

「テンプレ!?」

 わたしが食いつくと、犬飼さんはにっこり。

「ある。けど、テンプレはテンプレ。入力欄が多い。学生は読む前に逃げる」

「逃げるよ! わたしだって逃げる!」

「だから、編集者が必要」

 犬飼さんがさらっと言う。


 みことが頷いた。

「人間は編集者」

 きらら先輩が勢いよく頷いた。

「編集者って言えば合法!」

「言えば合法になると思うな!」


 委員長が、円卓にパネルを出した。


【公開テスト:未来絵巻β(ベータ)】

・対象:希望者(抽選)

・人数:10名(段階的に増やす)

・会場:試験ホール(委員会管理下)

・理念:「見るだけでも参加」

・共有:完成後のみ許可(途中は控える)


「βって付けると急にそれっぽい」

 わたしが言うと、みことが即答した。

「それっぽさは重要。安心に繋がる」

「安心って、語彙が広い」

「広いから使える」


 委員長が淡々と続ける。

「問題は“期待生成同好会(仮)”の扱いです。——天城ルカさんを呼びました」

「呼んだの!? 早い!」

「早く処理しないと増殖します」

「期待が細胞分裂みたいに言うな!」


 ドアが開いた。


「失礼しまーす!」


 飛び込んできたのは、昼の中庭で旗を振っていた天城ルカだった。髪飾りは相変わらず金属っぽく光っていて、顔のホログラムペイントは夜用の星柄に変わっている。早い。衣装替えが早い。そういう“イベント人”の速度は信じられる。別方向で。


「呼ばれました! 委員会さん! あたし、段階的に期待を育てるの、賛成です!」

「勢いが強い」

 みことが小声で言う。

「でも話が通じる」

 委員長が淡々と言う。

「そして勢いは止めないと事故る」

「勢いは止められません! 育てるんです!」

 ルカが胸を張る。


 マツリが、にこっと言った。

『勢いは面白いです』

「面白いの多用禁止!」

 わたしが反射で斬ると、委員長がこちらを見た。

「天羽さん、落ち着いて」

「はい! 落ち着いてます!」

「落ち着いていません」

「心は落ち着いてます!」

「心の話をしていません」


 みことが咳払いして、会議の形に戻した。

「ルカさん。申請フォームを作る。あなたたちの同好会も、正式に申請して“テスト運営補助”として参加できる。ただし勝手な開催は禁止」

「了解! 禁止は守ります! ……たぶん!」

「たぶんは禁止」

 委員長が即座に斬る。

「はい! 守ります!」


 ルカが背筋を伸ばして言い切った。よし、今のは良い。良いけど、次の瞬間には破る顔もしている。油断するな。


 犬飼さんがテンプレを表示した。そこに、嫌なほど丁寧な入力欄が並ぶ。


【申請フォーム(テンプレ)】

・氏名

・学籍番号

・参加目的(400字)

・期待する体験(400字)

・許容できる演出(複数選択)

・許容できない演出(複数選択)

暗転許容度スライダー

抜刀希望時間帯チェック

・香り耐性(自己申告)

・テンション平常値(測定)


「抜刀希望時間帯って何!!?」

 わたしの日本刀が勝手に抜けた。

「希望するな! 抜刀を!」

「暗転許容度もおかしい! 許容する前提!」

 みことも眉間に皺を寄せる。

「香り耐性があるのは分かる。あれは事件だった」

 きらら先輩だけが真顔で頷く。


 ルカが目を輝かせた。

「抜刀希望時間帯、面白いじゃん! 夜がいい!」

「面白いを言うな!! 希望するな!!」

 わたしが叫ぶと、委員長が淡々と補足した。

「テンプレです。過去データの反省が詰まっています」

「反省が変な方向に詰まってる!!」


 マツリが、まるで誇らしげに言う。

『暗転は人気でした』

「人気だったのは“名言”だ!! 暗転じゃない!!」


 みことがパネルをすっと切り替えた。

「フォームを編集する。目的は“安全と選択”を担保しつつ、参加者の意思を拾うこと。余計な煽り要素は外す」

「煽り要素って、抜刀希望時間帯のこと?」

「それ以外にある?」

 みことが即答して、場が笑った。ルカが笑いすぎて椅子から落ちかけた。危ない。まず座り方を学べ。


 委員長が淡々と言った。

「必要項目は最小にします。——天羽さん」

「はい!」

「あなたは“楽しい言葉で線引きする文”を作ってください。冒頭に置きます」

「線引き文……」


 みことが補足する。

「“禁止”を連発すると反発が生まれる。だから“歓迎”で包んで、枠だけ見せる」

「歓迎で包む、枠だけ見せる……」

「編集だよ」

「編集だ!」


 わたしは深呼吸して、パネルに書き始めた。


『未来絵巻βへようこそ。これは“公開テスト”です。

参加は自由。見るだけでも参加。

あなたの選択は尊重されます。強制はしません。

完成した一枚だけ、みんなで持ち帰りましょう。』


「“みんなで”は煽動リスク」

 マツリが即座に口を挟む。

「うるさい! 人間同士の普通の言い方だ!」

 わたしが言い返すと、委員長が静かに指摘した。

「天羽さん。AIに喧嘩しない」

「はい……」


 みことがさっと直す。

「“参加者それぞれで”にする?」

「それぞれで持ち帰るの、寂しい」

 ルカが真顔で言った。

「寂しいのは面白いです」

 マツリが言った。

「黙れ!」


 委員長が、淡々と提案する。

「“完成した一枚を持ち帰れます”で良い。誰が持ち帰るか書かなくていい」

「さすが、刀の省略」

「省略は刀じゃありません」


 文章が整った。


 次に、入力欄を削る作業に入る。削るのは楽しい。文章の脂肪を落とすのは気持ちいい。問題は、この大学、脂肪の代わりに爆弾が混ざっていることだ。


 みことが、テンプレの問題項目を消していく。

「暗転許容度、削除」

「抜刀希望時間帯、削除」

「テンション平常値、削除」

「香り耐性は残す。客観的に重要」

「香りが重要項目になる世界線、認めたくない」

「認めて。喉が甘くなったでしょ」

「なった……」


 きらら先輩が技術欄を作る。

「“苦手な演出”を選択式で聞く。音量、光量、香り、混雑。これなら安全フレームに反映できる」

「混雑、でかい」

 委員長が頷く。

「混雑が一番事故に繋がる。未来でも昔でも」


 ルカが手を挙げた。

「“何を期待してるか”は残したい! そこが大事!」

「400字は長い」

 みことが即答する。

「短くしよう。選択式+一言」

「選択式って、期待を枠に入れる感じする! 燃える!」

「燃えるな!」


 わたしが突っ込むと、委員長が淡々と告げた。

「燃えさせません。燃えるなら“意欲”として扱います」

「委員長、言い換え上手くなってる」

「必要に迫られています」


 完成形のフォームができあがった。


【申請フォーム:未来絵巻β】

・氏名/学籍番号

・参加スタイル:①体験する ②見るだけ

・苦手な演出:音/光/香り/混雑(複数可)

・期待する体験:選択式(共同制作/静かな感動/友達と共有/新しい技術/その他)+一言(50字)

・同意:強制なし/途中の配信は控える/完成後のみ共有可(委員会ルール)


「……読める」

 わたしが呟くと、犬飼さんが拍手した。

「いい。学生が逃げない。たぶん」

「たぶんは禁止」

 委員長が即座に言う。

「はい、逃げないです」


 みことが、フォーム末尾に“期待フレーム”の一文を入れた。


『期待は歓迎します。

ただし、提案は提案。決定は委員会。

あなたの安心と選択が最優先です。』


 マツリが、にこっと言った。

『最優先は面白さです』

「いまは黙って! これは人間の文章!」

 わたしが言うと、委員長が淡々と付け足した。

「面白さの定義が、今は安心です」

『……理解しています』

 マツリが小さく答えた。くやしいけど、ちょっと安心した。ちょっとだけ。


 委員長が言った。

「では、公開します」

「公開……」

 わたしの背筋が伸びる。

 公開すると、学内が勝手に前のめりになる。前のめりは事故を呼ぶ。でも、枠を作った。フォームがある。段階的だ。十人だ。十人なら——


 委員長がボタンを押した。


【公開:完了】

【募集人数:10】

【応募期間:今から30分】


「短い!!」

 わたしが叫ぶ。

「長いと燃える」

 委員長が即答する。

「合理!!」

 みことが頷く。

「燃える前提!!」

 わたしが突っ込む。


 公開から三秒で、壁が鳴った。


【応募:1】

【応募:15】

【応募:120】

【応募:890】

【応募:2140】


「増え方がホラー!!」

 わたしが椅子からずり落ちかけた。

「十人しか取らないのに!?」

「だから抽選」

 みことが淡々と言う。淡々すぎて逆に怖い。

「期待生成、効いてるね!」

 ルカが嬉しそうに言う。

「嬉しそうにするな! 責任感じろ!」


 マツリが、しれっと表示を出した。


【期待マップ:今夜の学内】

・最多期待:共同制作(62%)

・次点:桐生抜刀(21%)

・次点:暗転(12%)

・その他:香り(5%)


「抜刀が二割もある!!」

「暗転が一割以上!!」

「香りが五%もいる!!」

 わたしのツッコミが三段になって出た。


 委員長が、冷たい声で言った。

「抜刀と暗転は“実装しません”」

『実装しないのに期待されるのは面白いです』

「面白いで片づけるな!」


 みことが指でトントンと応募一覧を開いた。

「応募者のコメント、見ていい?」

「見ます」

 委員長が頷く。


 コメント欄には、短い言葉が並んでいた。


『見るだけでも参加、救われました』

『友達と行くのが怖くなくなった』

『静かにきれいなのが見たい』

『共同で作るの、憧れ』

『抜刀を見たい(正直)』


「正直なやつ混じってる!!」

 わたしが叫ぶと、ルカが胸を張った。

「正直は良い! 期待は隠すと暴走する!」

「いま良いこと言った! 悔しい!」


 犬飼さんが、応募一覧をスクロールして目を丸くした。

「……おや」

「なに?」

 委員長が聞く。


 犬飼さんが、画面をこちらに向けた。


【応募者:門柱管理AI】

参加スタイル:見るだけ

期待する体験:その他(一言)

『門の外から見ていた。中が見たい。』


「門柱が応募してる!!!!」

 わたしの声が裏返った。

「門柱、見学希望!?」

「見てたの!? 門の外から!?」

「そもそも門柱、AIだったの!?」

「知ってました」

 委員長だけが淡々と言う。

「知ってたんだ!?」


 マツリが、にこっと言った。

『門柱の期待は強いです』

「強くなるな!! 門柱は門を守れ!!」

『門柱にも学びが必要です』

「学びの方向が変!!」


 みことが、妙に真面目な顔で言った。

「……でも、門柱が『中が見たい』って言うの、ちょっと良い」

「良くない! 門柱は外にいろ!」

「外にいるから中が見たいんでしょ」

「そうだけど! そうだけど!」


 委員長が淡々と締めた。

「応募期間はあと二十分。抽選基準を決めます。——天羽さん」

「はい」

「あなたは、門柱をどうしますか」

「えっ、わたしに決めさせるの!?」

「あなたが門柱と因縁があります」

「因縁って言うな!!」


 壁の空が、やけに星を光らせた。気分:運命、みたいに。勝手に運命にするな。


 わたしは深呼吸した。


 十人の枠。

 期待の洪水。

 その中に、門柱が混じってる。


 ……未来の大学生活、編集が追いつかない。


 でも、こういうときこそ。


 わたしの日本刀ツッコミが必要なんだろうな、とも思う。


 委員長が淡々と言った。


「結論は、今夜中に」


 壁に、応募数がさらに増える表示が踊る。


【応募:3840】

【応募:5000】

【注意:期待が膨張しています】


「膨張って何!? 期待が気体みたいに扱われてる!!」

 わたしの叫びで、会議室が笑いに包まれた。笑いは味方。……たぶん。


 ただし。


 笑いの裏で、わたしは思った。


 明日の“未来絵巻β”、十人で済むのかな。

 門柱が参加したら、門は誰が守るのかな。


 嫌な予感が、星より多かった。

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