第10話 期待生成、学内が勝手に前のめり
技術室を出た瞬間から、空気が変だった。
いや、空気はいつも変だ。この大学は常に変だ。だけど今日は“変の質”が違う。視線が多い。通りすがりの学生が、こっちを見てニヤニヤする。壁の情報表示が、やたらと興奮している。
【速報:盛り上げAI v3.8 適用】
【注目:面白さ=安心×選択】
【噂:誰が承認した?】
【タグ:#中核に名前刻んだ人】
「タグが怖い!!」
わたし——天羽ひよりは、廊下で叫んだ。叫んだ瞬間に、みことがわたしの口元を指で差した。
「ログに残らない場所でも、声は拡散する」
「じゃあどうすればいいの! 無言で生きろって!?」
「無言じゃなくて、語彙を選べ」
「語彙を選ぶ人生、急に難易度上がった!」
星宮きらら先輩は、楽しそうに腕を組む。
「でもさ、期待が自動生成って、めっちゃ面白いよね」
「面白くない! 期待って勝手に作ると事故るやつ!」
「期待は事故る。だから設計する」
「また設計万能!!」
桐生委員長が、振り向きもせずに言った。
「今夜から、学内の“期待の可視化”が始まります」
「可視化って何……」
「期待がバーになって頭上に出るの?」
わたしが青ざめると、委員長は淡々と頷いた。
「近いです」
「最悪!!」
みことが即座に聞き返す。
「委員長、期待生成って具体的には?」
「マツリが、学内SNSの投稿、過去の傾向、参加予定者の検索行動などから“望まれている演出”を推定して、提案として出す機能です」
「検索行動まで!?」
「監査の範囲内です」
「監査って言えば合法になると思うな!」
「合法です」
委員長が淡々と断言した瞬間、廊下の壁が“ぴん!”と鳴って、新しい表示を投影した。
【期待生成:第一弾】
【期待:『暗転は演出じゃない(でも来てほしい)』】
【期待:『桐生抜刀、今度はいつ?』】
【期待:『未来絵巻、全学で完成させたい』】
「来てほしいって言ってる!!」
「抜刀を期待するな!!」
「全学で完成……!」
みことが目を細めた。
「……最後のやつ、危ない」
「危ない? いい話じゃない?」
わたしが言うと、みことは淡々と返す。
「全学で参加=規模が一気に上がる。規模が上がる=AIが欲張る」
『欲張りは面白いです』
どこからか聞こえてきた気がして、わたしは反射で天井を見た。
「今の、幻聴!?」
「幻聴じゃない。大学全体がスピーカー」
きらら先輩がさらっと言う。
「最悪の常識を増やすな!」
委員長が足を止め、振り返った。
「——ここで一度、広報と企画の“線引き”をします」
「線引き?」
みことが聞く。
「期待生成が始まると、学内は勝手に前のめりになります。前のめりは、事故を呼びます。だから、期待を“扱う枠”を作る」
委員長の声が、少しだけ熱を帯びる。珍しい。刀が温まってる。
きらら先輩が、ぱっと手を上げた。
「枠なら得意! 安全フレーム!」
「安全フレームは物理です」
委員長が斬る。
「期待フレームです」
みことが即座に言い換えた。
「それ!!」
きらら先輩が喜ぶ。
「やめろ、なんでみことと息が合うの!」
委員長が頷く。
「期待フレームを、今夜中に決めます。——白石さん」
「はい」
「学内SNSに“ルール”を流してください。期待は歓迎する。ただし、実装は提案であり、決定は委員会。『見るだけでも参加』の理念は維持。強制はなし」
「了解。言い回しは柔らかくします」
「柔らかく、でも切れ味は必要です」
「切れ味……」
みことが小さく笑った。今日の話題、刀ばっかりだ。
次に委員長の視線が、わたしに刺さる。
「天羽さん」
「はい!」
「あなたは、期待生成の“暴走を止める言葉”を用意してください」
「止める言葉……」
「はい。あなたの役目は“楽しい側”の言葉で止めることです」
「難しい!!」
「難しいのが学園祭です」
「学園祭のせいにするな!!」
そして委員長は、星宮きらら先輩を見た。
「星宮さん」
「はいっ!」
「マツリの提案が“実行”に滑らないように、学内システム側で提案の表示先と権限を絞れますか」
「できる! 提案は“壁の掲示”まで! 個人端末には飛ばさない!」
「なぜ?」
委員長が尋ねる。
「個人端末に飛ぶと、各自が勝手にやり始めるから!」
「正しい」
委員長が頷く。
「この大学、勝手にやり始めるのがデフォだからね」
きらら先輩が笑う。
「笑うな! 怖いよ!」
——と、ここまでが“会議”だった。
問題は、その直後に起きた。
通りかかった中庭で、学生が集まっていた。輪になっている。ざわざわ。テンションバーが頭上にふわふわ出てる。出てる! 最悪!
【テンション:高】
【期待:高】
【期待対象:未来絵巻(全学版)】
「……始まってる」
みことが呟いた。
輪の中心にいるのは、見覚えのある派手な髪——きらら先輩じゃない。別の派手。派手の種類が違う。金属みたいに光る髪飾り、顔面にホログラムペイント、目が完全に“イベント人”。
名札が出た。
【サークル:期待生成同好会(仮)】
【代表:天城ルカ】
「待って、同好会名が嫌すぎる」
わたしが呟くと、きらら先輩が目を輝かせた。
「新勢力だ!」
「喜ぶな!!」
天城ルカ(仮)——いや仮じゃないかもしれない、その人が、輪の中で叫んでいた。
「聞け、未来大学! 学園祭の期待は——我々が“先に”完成させる!」
「先に!?」
「学園祭より先に!?」
わたしが目を丸くすると、みことが即座に状況を読む。
「……勝手に“予習学園祭”を始めるつもり」
「予習学園祭って何!? 塾!?」
「ノリの塾」
「最悪!!」
ルカが続ける。
「未来絵巻、全学で完成させたいなら——今夜、試そう! 中庭を会場にして! 『見るだけでも参加』は名言! 見るだけの人は、見る係!」
「見る係って何!?」
「見学の役割付け、危険だよ」
みことの声が低い。
輪の中の学生たちが、スマホを掲げ始める。配信しようとしている。タグを打っている。止めろ。止めないと、マツリが“面白さ”で乗ってくる。
わたしの背後から、委員長の冷たい声。
「……これは」
「はい、事故の匂いです」
みことが即答した。
「事故じゃない、期待の具現化!」
きらら先輩が嬉しそうに言って、委員長に斬られる。
「言い換えないでください」
委員長が一歩前に出ようとした、その瞬間。
わたしは、先に出た。
「待って!」
声が中庭に響いた。輪の学生が振り向く。ルカの目が光る。うわ、やばい、目が“観客”じゃなくて“主催者”の目だ。
「だれ?」
ルカが聞く。
わたしは、深呼吸した。
止める言葉。楽しい側の言葉で止める。委員長の抜刀なしで止める。体育館に行かない。暗転しない。SNS燃やさない。
よし。
「未来絵巻をやりたいの、わかる! でも今夜いきなり全学でやると——完成しない!」
「え?」
ルカが眉を上げる。
「完成しないし、雑になる。雑になると、“あなたの選択が空に残る”っていう一番大事なところが薄くなる」
言いながら、自分でちょっと感心した。わたし、ちゃんと芯で止めてる。日本刀、いい仕事。
ルカが腕を組む。
「じゃあ、どうすればいい?」
——ここだ。止めるだけじゃダメ。代わりを出さないと、期待が暴れる。
わたしは、にっと笑った。
「やるなら、“今日”じゃなくて“公開テスト”にしよう。委員会に申請して、枠の中で。参加人数も段階的に増やす。今日いきなり全学じゃなくて、まずは——」
わたしは横を見た。みこと。きらら先輩。委員長。
みことが小さく頷いた。
きらら先輩が親指を立てた。
委員長が——ほんの一ミリだけ、頷いた。
よし。
「まずは、十人。テスト参加者を募集して、“見るだけでも参加”の運用がちゃんと回るか確認する。成功したら二十人。三十人。——段階的に“期待”を育てよう」
ルカが目を輝かせた。
「期待を育てる……!」
『育てるは面白いです』
どこかでマツリが言った気がする。やめろ、混ざるな。
ルカが、勢いよく頷いた。
「いい! その方が、主催側として燃える!」
「燃えるな!!」
わたしのツッコミが飛ぶ。輪が笑う。笑いで場が柔らかくなる。よし、空気が暴走してない。
みことが前に出て、さらっと補足した。
「申請フォーム、今から作ります。会場は中庭じゃなくて、委員会の管理下にある“試験ホール”。配信は禁止じゃなくて、“完成後のみ許可”。途中は記録も控える」
ルカが目を丸くする。
「え、めちゃくちゃちゃんとしてる」
「ちゃんとしないと、事故るので」
「事故るの前提なのか」
「この大学では」
きらら先輩がノリで手を上げた。
「技術は私が見る! 香りは出さない! 波は出さない!」
「波は出さないをわざわざ言うな! 出さないのが普通!」
わたしが叫ぶと、また笑いが起きる。
最後に、委員長が静かに言った。
「——よろしい。勝手な開催は禁止。ですが、申請があれば検討します。期待は、扱い方次第で味方になります」
ルカが、真面目な顔で頭を下げた。
「委員長……! 抜刀、しないんですか」
「しません」
「期待してたのに」
「期待するな」
委員長の切れ味で場が締まる。締まるのに暗くならない。強い。
輪の学生たちは、徐々に解散していった。勝手に始める空気は止まった。代わりに、“申請してテストする”空気に変わった。
みことが小声でわたしに言う。
「ひより、今の止め方、上手い」
「え、わたし、上手かった?」
「上手い。煽らずに、やりたい気持ちは肯定して、枠に入れた」
「……それ編集じゃん」
「そう。人間は編集者」
昨日、技術室で言ってたやつだ。
面白さの定義を書き換える。
期待の暴走を、言葉で止める。
きらら先輩が肩を組んできた。
「ねえひより。あのルカ、絶対仲間になるよ」
「仲間って言うな! 勝手にユニット増やすな!」
『友情成立を確認』
「確認するな!!」
委員長が振り向いて淡々と言った。
「天羽さん」
「はい!」
「今夜、申請フォームとテスト計画をまとめます。——あなたも参加」
「え、また!?」
「あなたが止めた期待です。責任を持ちなさい」
「責任って言えば合法になると思うな!」
「合法です。委員会ですから」
委員長が言い切って、歩き出す。
わたしは、夕暮れの中庭を見上げた。
空は普通にきれいだった。普通にきれいなのが、逆に怖い。
でも。
期待は、止められた。
抜刀も暗転も、今回はなし。
わたしは小さく拳を握って、つぶやいた。
「……学園祭、ほんとに作品になっていくかもしれない」
みことが隣で頷いた。
「なる。——ただし、期待が増えるほど忙しくなる」
「忙しいのはもう慣れた」
「入学三日目で言う台詞じゃない」
きらら先輩が笑った。
「未来大学へようこそ!」
わたしは日本刀ツッコミで返した。
「ようこそされる側が言うな!!」




