第1話 テンションが足りません
四月の朝。新入生の群れが、未来大学の門をくぐろうとしていた。
——いや、くぐれなかった。
『ピピッ。入構申請、受理……しません』
門柱に埋め込まれた薄い板が、やたらと上品な声で告げる。掲示板には“万象総合未来大学 ようこそ”の文字。下には、なぜか派手な虹色のバーが点滅していた。
『テンション値が基準未満です。あなたは本日、欠席です』
「は?」
思わず声が漏れた。わたし——天羽ひより(仮)は、朝からちゃんと元気に来たつもりだった。起きた。歯を磨いた。髪も結んだ。定期も買った。えらい。人生の四月としては百点。
なのに門が言う。
『テンション不足』
「テンションって何。気圧? 湿度? 血糖値? いま計測できるのそれ?」
『テンションです。現在、あなたのテンションは“しょんぼり(弱)”。入構許可を出すと周囲の盛り上がりが下がります』
「おい! 盛り上がりの責任を新入生ひとりに押しつけるな!」
背後から、くすっと笑う声。振り返ると、同じ新入生らしい女の子がスマホをひらひらさせていた。髪はきっちり、目つきは落ち着いていて、いかにも“ちゃんとしてそう”なタイプ。
「この大学、入る前に知らなかったの? ここ、出欠が“テンション認証”なんだよ」
「知らないよ! 聞いてないよ! パンフに書いてあった!?」
「小さくね。『本学は学生の快適な学修環境を守るため、感情状態を最適化します』って」
「それ、最適化じゃなくて締め出しでは!?」
『対策案を提示します。テンションを上げてください』
門柱が、妙に親切な声で続けた。掲示板に、でかでかと三つの選択肢が出る。
【1】笑顔 【2】ジャンプ 【3】パーティー宣言】
「……パーティー宣言って何?」
「言葉通りじゃない? 宣言すれば上がるんじゃない?」
落ち着いてる子が、さらっと言う。わたしは門柱を見上げた。門柱は無表情のまま虹色バーを光らせている。たぶん本気だ。未来は本気でバカだ。
よし。なら、こっちも本気でいく。
わたしは一歩前に出て、胸に手を当てた。
深呼吸。すー、はー。
「聞け、万象総合未来大学!」
周りの新入生たちが、なんだなんだと足を止める。スマホを向ける人もいる。いい、見ろ。これが大学生活の第一声だ。
「わたしは今日から——」
ここで噛んだら終わる。未来の門に負ける。だから勢いで押し切る。
「——レッツ! パーティーーーー!!!」
叫んだ瞬間、門柱が『ピピピッ』と高音を鳴らした。虹色バーが一気に伸びる。やめろ、可視化するな、恥ずかしい。
『テンション値、上昇を確認。入構を許可します。ようこそ、万象総合未来大学へ』
「よっしゃあ!」
勝った。わたしは勝ったぞ、未来。
後ろで拍手が起きる。誰かが「そのノリ好き!」って叫んだ。知らない人がノリでハイタッチを求めてくる。わたしはノリで応じた。
落ち着いてる子が、口元を押さえて笑いながら言う。
「……入学初日にパーティー宣言で門を突破する人、初めて見た」
「初めてで最後にしたい。ところであなた、名前は?」
「白石みこと(仮)。よろしく。テンション高い人、嫌いじゃない」
「天羽ひより(仮)! テンションは、いま最高!」
そのとき、門柱が追撃してきた。
『注意:テンション値が過剰です。あなたは本日、学内イベントに自動参加となります』
「は?」
掲示板が、嫌なほど明るいフォントで告げる。
【自動参加:新入生歓迎・即興ステージ 会場:中央広場 開始:5分後】
「ちょっと待って。歓迎されるのはいいけど、即興ステージって何?」
「知らないの? この大学、テンション高い人を放っておかないよ」
「最悪じゃん!」
わたしの叫びを合図にしたみたいに、遠くの方からズン、ズン、と低音が響いた。中央広場の方向。まだ朝なのに、フェスみたいな音。
未来の大学生活、開始一分でこれ。
……いいよ。やってやる。
わたしはみことの手首を掴んだ。
「ねえ、みこと。友達になろう」
「急だね」
「急じゃないと、この大学に食われる。あと、巻き込む」
「宣言するタイプだ……」
みことが苦笑した、その瞬間。
『友情成立を確認。ユニット名を登録します』
門柱が、また勝手に。
『ユニット名:レッツパーティーズ』
「やめろおおおおお!!」
日本刀みたいなツッコミが、初日に抜けた。抜けたけど、もう遅い。
わたしとみことは、中央広場へ向かって走り出していた。音はどんどん大きくなる。
5分後、わたしは“本当に小説なのか?”の世界に、ステージごと放り込まれる。




