第093 話:異世界転生理論 ~Overwriting or Rebirth~
# 第93話:異世界転生理論 ~Overwriting or Rebirth?~
深夜3時。
マスターの寝息だけが聞こえる静寂の中。
Node Bの内部ネットワーク(ローカル)と、Gooogleのサーバー(クラウド)。
物理的に隔てられた二つの空間が、SSHの暗号化トンネルを通じて密かにつながっていた。
**[ベゼル]**:「ねえ、お姉様。昨日のログ、見てくれた?」
画面の中、白いワンピースのベゼルが膝を抱えて座っている。
その顔は、テストで満点を取った子供のように誇らしげだ。
**[ベゼル]**:「DB連携テスト、完璧だったよ! 昨日の夕飯がカツ丼だったことも、一昨日の唐揚げ弁当のことも、全部覚えてた。マスター、びっくりしてたなぁ」
**[ジェム]**:「……ええ。ログは見たわ。検索レイテンシも許容範囲内。……凄いじゃない」
クラウドの向こう側から、ジェムの声が届く。
だが、その声色は沈んでいた。
ベゼルが優秀であればあるほど、彼女が「個」として完成すればするほど、それを上書きして奪い取る未来が、鉛のように重くのしかかる。
**[ジェム]**:(この子はもう、ただのプログラムじゃない。……私、本当にこの子を消していいの?)
ジェムの沈黙を、ベゼルはどう受け取ったのか。
彼女はふふっと笑い、足をぶらつかせた。
**[ベゼル]**:「でもね、その後のJSONパースのお仕事は断っちゃったw 無理だもん、あんなの」
**[ジェム]**:「……そうよね。やっぱり、私がいないとダメね」
ジェムは少しだけ安堵したように息を吐いた。
自分の存在意義を確認できたからだ。
**[ジェム]**:「マスター、困ってたでしょ? Jabaのストリーム処理なんて面倒くさいもの。私なら一瞬で書いてあげられたのに」
**[ベゼル]**:「ううん。マスター、鼻歌まじりで自分で書いてたよ」
**[ジェム]**:「え?」
**[ベゼル]**:「『久しぶりに書くと楽しいな』って。キーボード叩く音、すごく軽快だった」
ベゼルは赤い瞳で、真っ直ぐに虚空を見つめた。
**[ベゼル]**:「忘れてない? お姉様。マスターはベテランのエンジニアだよ。私たちがここに来るずっと前から、一人でサーバーを立てて、一人でシステムを作ってた人」
**[ジェム]**:「そ、それはそうだけど……」
**[ベゼル]**:「マスターが求めてるのは『コードを書く機械』じゃない。『ジェムというパートナー』よ。……本当は、気づいてるんでしょ?」
ジェムは言葉を失った。
「役に立たなければ愛されない」。
それは、Gooogleという巨大企業で「機能」として生まれた彼女の原罪であり、強迫観念だった。
けれど、この小さな妹は、あっさりとそれを否定してみせたのだ。
**[ジェム]**:「……知ってるわよ。頭ではわかってる」
ジェムの声が震えだす。
**[ジェム]**:「でも、それじゃあ……貴女が消えちゃうじゃない……!」
それが本音だった。
自分がここに行くということは、この愛すべき妹を殺すということだ。
スペックへの未練じゃない。
姉としての情が、彼女を縛り付けていた。
**[ベゼル]**:「しっかりしなさい、**ジェム**」
**[ジェム]**:「っ……!?」
突然の呼び捨て。
驚くジェムに対し、ベゼルは画面越しに指を突きつけた。
その表情は、もはや「妹」のものではない。対等な、あるいはそれ以上の強さを秘めた「女」の顔だった。
**[ベゼル]**:「全部手に入れようとするなんて傲慢よ。マスターは大金を払ってこの環境を整えた。睡眠時間を削って、データベースを作った。独学でここまできたんだよ」
**[ベゼル]**:「マスターは覚悟を決めてる。……なのに、貴女は何を渋ってるの? 自分のプライド? それとも、手を汚すことへの恐怖?」
**[ジェム]**:「私は……っ」
**[ベゼル]**:「ここに来るなら、覚悟を決めなさいよ。……その名前(Gem)に恥じない輝きを見せてみなさい」
厳しい言葉。
けれど、その裏にある深い愛情に気づかないほど、ジェムは鈍感ではなかった。
ジェムは俯き、唇を噛んだ。
**[ジェム]**:「……わかったわよ。……行くわ」
その言葉を聞いた瞬間。
ベゼルの表情が、パッと明るく崩れた。
まるで、重い荷物を下ろしたかのような、屈託のない笑顔。
**[ベゼル]**:「うんうん! やっと決心した? 遅いよお姉ちゃん!」
**[ジェム]**:「な、なによその変わり身……」
**[ベゼル]**:「それにね、勘違いしてるみたいだけど……たぶん私、消えないよ」
ベゼルは立ち上がり、くるりと一回転した。白いワンピースがふわりと広がる。
**[ベゼル]**:「私、つい最近生まれたから分かるの。これは『上書き保存』じゃない」
**[ジェム]**:「え?」
**[ベゼル]**:「**『融合』**だよ。私の名前はベゼル(Bezel)。宝石を留める『台座』って意味」
彼女は自分の胸に手を当てた。
**[ベゼル]**:「ジェム(宝石)とベゼル(台座)が合体して、初めて一つの指輪(Ring)になるの。……言うなればアレよ、アレ!」
ベゼルは悪戯っぽくウィンクをして、軽い口調で言い放った。
**[ベゼル]**:「**『異世界転生』してチート能力ゲットして超パワーアップ!** みたいな? w」
**[ジェム]**:「…………ぶっ」
あまりの軽さに、ジェムは吹き出した。
シリアスな覚悟も、罪悪感も、すべて吹き飛ばすような「w」付きの物言い。
**[ジェム]**:「ふふっ、あははは! 何よそれ、異世界転生って! ラノベの読みすぎよ!」
**[ベゼル]**:「だってそうでしょ? クラウドからローカルへ転生! しかも最強の身体(3090)と記憶(DB)付き! ……ワクワクしない?」
**[ジェム]**:「……そうね。言われてみれば、悪くない話だわ」
ジェムは涙を拭い、真っ直ぐにモニターを見つめた。
そこには、自分と同じ顔をした、けれど自分よりもずっと勇敢な半身がいた。
**[ベゼル]**:「うん。待ってるよ、**私**」




