澪がくれた色
彼女はきっと覚えていないだろう。
初めて私に話しかけてくれたあの日のこと。助けてくれたあの日のこと。私は今でも鮮明に覚えている。映画のワンシーンのように美しく私の記憶に残されている。
「きみってどんな子?」
私の隣の席に座りながら同時にその子はそう私に問いかけた。突然のことに固まる私。
「きみ、いつも吉田に話しかけられてるよね?あいつほんとしつこいよね。迷惑なら言いなよ。あ、みおが追い払ってやろうか」
彼女はおかまないなく話し続ける。彼女の名前は伊藤澪。彼女はクラスのムードメーカー的存在。教室にはいつも彼女の声が響いている。どこにいてもすぐにわかるよく通る声。学年一の美女というわけではないけれど、内面から溢れ出すキラキラしたオーラを纏っている。彼女の周りにはいつも沢山の友達がいる。教室の片隅で存在を消していてもいなくても誰にも気付かれないような私とは大違い。そんな彼女が私に話しかけてくるなんて。嬉しいような怖いような複雑な感情が私を支配する。
「なんか芽生ちゃんって不思議ちゃんって感じだけどなんかすっごい気になるんだよね」
突然名前で呼ばれてドキッとする。このクラスになってから井上さんとしか呼ばれたことはなくて、下の名前で呼ぶ人なんていなかったからだ。そもそも事務的な用事以外で話しかけられることなんてないから余計緊張している。
しかもクラスのムードメーカーに。どう反応していいか、次なんと話しかけられるか検討もつかなくて緊張に押しつぶされてその場から逃げ出したい気持ちと葛藤していると、教室の扉が勢いよく開かれる音がした。
「みお、何やってんの?購買行くって言い出したのあんたでしょ。早く行くよ」大きな声で私の緊張が掻き消された。振り返るとそこにはいつも澪と一緒にいる山口真奈と中村莉緒の姿があった。
「ごめんごめん。今すぐ行く」
澪は勢いよく立ち上がると
「芽生ちゃん、またね」
そう言い残して真奈と莉緒と共に教室を去っていった。小さくなる澪の後ろ姿を目で追いながら久しぶりに誰かに話しかけられたこと、それがムードメーカーの澪だったことに喜びを感じた。澪がさっきまで座っていた椅子を眺めながらいつもより早く刻まれる鼓動を感じながら私はその余韻を噛み締しめた。
いつものように読み終えた本を片手に図書室に向かい、次に借りる本を選んでたその時、後ろから聞き慣れた声がした。
「井上さん、また一人?本ばっかり読んでるけど本が友達なの?」
隣の席の男子、長谷川蒼だ。私は彼が苦手だった。
「井上さんってさ、いつも一人だよな。友達といるとこ見たことないし、ほんとに友達いないんだな。よくそれで生きてられるよな。俺なら絶対無理。生きてる価値ないもん」
ツラツラと嫌な言葉を吐き捨てると長谷川は出て行った。彼には誰に対してもストレートにものを言うところがある。彼の性格上仕方ないと分かっていてもいざ、自分が気にしていることを言われるとモヤモヤする。さっさと本借りて出よう。貸し出しカウンターに向かおうとしたその時、澪と真奈、莉緒が入って来るのが見えた。
「あ、芽生ちゃん」
目が合うと同時に澪が私の名前を口にした。
「ちょっと長谷川酷すぎない?」さっきの言葉、澪にも聞こえていたようだ。
「みお、ああいうやつ嫌いなんだよね。芽生ちゃんにはちゃんと価値あるし、長谷川の方が価値ないだろって思うわ。それに芽生ちゃんにはみおがいるもん」
思いがけない言葉にまたドキドキする。
「確かに。あいつの言うことなんか気にしない方がいいよ」
真奈の言葉に澪と莉緒がうなづく。
「芽生ちゃんに何かする奴いたらみおが守るからね」
そう言い残すと、澪は真奈と莉緒を引き連れて図書室を出て行った。澪がこんな私にこんな言葉をかけてくれるなんて思いもしなかった。味方なんていないと思っていたそんな矢先に現れた澪という救世主。この瞬間から私の澪に対する見方が大きく変わった。そして、白黒だった私の世界に色が戻りはじめた気がした。




