番外編 箱詰め密室ロックオン♡編 5
「⋯⋯ハイネ。いい加減、動くな」
「えぇ? でも、こうしないと腕が痺れちゃうのよ」
ヴェスパーの広い胸に肘をぐいっと立てて、体勢を変えようとするハイネ。
だが――その動きは、今の状況にはあまりにも刺激的だった。
「⋯⋯っ、っつ、だからって⋯⋯胸、押しつけるのやめろ」
「え? 無理よ。だって、あなたが押し返してくるから⋯⋯ね?」
耳元で囁くような声音。
ヴェスパーの喉がごくりと鳴る。
「⋯⋯からかってんのか」
「ううん。楽しんでるの♡」
悪戯な笑み。
艶やかに伏せられた睫毛。
すぐそこにある唇。
――距離が、近すぎる。
「俺は⋯⋯本当に抑えてるだけで⋯⋯」
「じゃあ、抑えなきゃいいのに?」
挑発するような言葉。
ハイネの指が、ヴェスパーの胸元を軽く撫でた。
「⋯⋯もしかして、あの実のせい?」
「⋯⋯実?」
ハイネはイタズラな笑みを浮かべた。
「リファからもらった、甘くてちょっと変な味のやつ。ほら、セラと一緒に食べたやつ」
「⋯⋯あれを?」
「うん。実はね⋯あの実リファさんに言ってまた買ってもらったんだ⋯
食べてから、なんか体が熱くて⋯⋯気持ちもふわふわしてて⋯⋯
ヴェスパーがこんなに⋯⋯おいしそうに見えるの、たぶん初めて♡」
「⋯⋯おい」
低く唸るような声が、狭い空間を満たした。
「⋯⋯俺をその気にさせたら、責任取れよ」
瞬間。
空気が、変わった。
ズン――と腹の底に響くような圧が、ヴェスパーから溢れ出す。
黄金の瞳が、まっすぐにハイネを見据えた。
「今、ここで、襲われたら⋯⋯」
「っ」
「お前、拒めないだろ?」
(⋯⋯この人、ほんとに、獣だ)
一瞬で空気が張り詰める。
冗談や小悪魔な台詞が、すべて吹き飛ぶような――本気の“圧”。
けれど。
(⋯⋯この人、こんな顔もするのね)
ぞくりとした恐怖と、
それ以上のときめきが、ハイネの胸をかき乱す。
「⋯⋯でも、」
唇が近づく。
「そういうとこ、嫌いじゃない」
――カチン。
ゴゴゴゴ⋯⋯ッ!!
轟音と共に、箱の天井が開いた。
差し込む光の中に、逆光の男のシルエットが浮かぶ。
「!?」
「開いた⋯⋯?」
箱の蓋が完全に開いた時、ふたりはぴたりと固まったまま。
互いの息がかかる距離で、目を見つめ合っていた。
「おう。何やってるんだ、二人とも」
⋯⋯その声は、あまりにも冷静すぎた。
「ギ、ギルマスッ!?」
ハイネの絶叫が箱の中に反響する。
「言い訳は後にしろ。お前ら、耳と顔が真っ赤すぎんだよ」
無慈悲なツッコミとともに、ロープが降ろされる。
「セ、セラとシラノスには言わないでくださいッ!!」
「言ってないけど⋯⋯何か言う必要あるのか?」
ヴァルルドの視線が鋭くなる。
「ぎゃああああああああ!!!」
ハイネは顔を真っ赤にして箱の隅っこで丸くなった。
「⋯⋯悪くないシチュエーションだったのにな」
ヴェスパーがぼそりと呟いたその言葉だけが、ハイネの耳に残った。




